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撃滅師物語  作者: ぺぺぺぺぺ
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第三章 結ばれゆく者たち(2)

 夜通しで見張りをするつもりだったが、戦闘の疲労とダメージのためか、冬海時雨はそのまま階段の踊り場で眠りに就いた。浅く短い眠り数回繰り返しながら、それでもそこに居座り続けた。

 朝日が昇り始めると、彼女は〈騎竜〉を身に纏う。直撃を受けた左半身の装甲はべっこりとへこんでいたが、着用に支障はなかった。被害状況は、左腕部の内蔵型ガトリング砲が使用不可。胴体部の損傷状況は、同じところに攻撃を受ければ装甲に圧迫され、高確率で絶命する程度のものだった。要はさきほどは左半身がやられたので、もしものときは右半身を盾にすればいいだけのことだ。

「まだ負けたわけじゃない……」

 彼女は《ヨルムンガンド》に対する闘争心を失ってはいないようだ。今度遭遇した時はどうゆう戦術をとるべきか脳内でイメージしておく。

「なんだ……、あれは」

 窓から外の様子を窺っていると、彼女は敵の不審な動きに気づいた。それは《ブラックハウンド》の群れが一直線にどこかへと吸い寄せられていくかのような光景であり、その先にはなにかがあることは素人でもわかるほどの動きだ。

 彼女はそのことを子供たちに告げた。

「……不自然な動きだった」

「その先に誰かいるかもしれない……っていうことですよね」

「そうだ。だが、そこで戦闘中だという可能性もある。もし仮に味方がいるとしても、その勢力と規模がわからない以上、さきほどの《化身》に襲撃されて全滅したという可能性も否定できない。また、そうでなくとも交戦に巻き込まれるという確率がある。幸いにして、撤退してくる者の姿は発見できなかったが……」

 さきほどの群れを、その味方とやらが撃破したという可能性がある。だが逃げる暇すらなく、全滅したという可能性も捨てきれない。正直、彼女一人のチカラでは、あのデカイ蛇から子供たちを守り抜くことなど到底不可能だった。

味方と合流することができれば大きなメリットが得られる。もし今度あのデカブツに遭遇したら、自分が注意ををひきつけ、その味方とやらに避難誘導を頼むことができるはずだ。時雨たちはこれから、都市中心部にあるモノリスまで向かう予定だ。位置取りの関係から、《化身》の群れの先は向かうことは回り道でしかないのだが、

「諸君らの意見を聞きたい。どうだろうか?」

 北村が落ちついて答える。

「難しいことは僕にはわかりません。けど、行った方がいいと思います。もしかしたら、僕たちみたいに逃げようとしている人たちが襲われているかもしれません。そうだったら、助けることができます」

「諸君らにも危険が及ぶかもしれないのだが」

 こう問いかけられると、奈々が微笑んだ。だいじょうぶだよ。そう言っているようだった。その笑顔が時雨の決断をあと押しした。

「わかった。……わたしの後ろを歩いてくれ。そこが一番安全だ」

《化身》を警戒しながら、彼女らは街中を彷徨い始める。しばらく歩くと、硝煙と血と死臭の入り混じった臭いが鼻をついた。

「おまえたちは目を瞑って、わたしの手を握っていろ。ゼッタイに目を開けるなよ。ロクな大人に育たなくなるぞ」

 この判断は適切だった。

 それから歩いてすぐのところに、死体が転がっていた。およそ一○体ほどだ。それはすべて胴体に大きな風穴を空けられている。さきほど目撃した《グレイハウンド》の仕業だろう。装備からそれが現地自衛軍だとわかったとき、彼女は唇を歪めた。

 それからなにも言わず、両手を子供たちに預けたままで、時雨は足早にそこを立ち去った。北村が不安げに状況を尋ねてきたが、彼女は何も答えなかった。奈々はそのことでなにが起こったのかを悟り、表情を曇らせた。

「これは……」

 次に彼女の視界に入ったのは、独特な倒され方をして、変わり果てた姿となった《グレイハウンド》の姿だった。乱雑に食い千切られたかのような死骸が多く、中に骨だけになった個体もみられた。それはまるで骨付き肉をしゃぶっていたかのような倒し方だ。

「あいつ……か」

 付近にいる味方が誰なのか察しがついて、彼女は口許をゆるめた。

 そして付近に誰かがいる気配を感じた。《化身》の気配とは一線を画す、人間独特の気配だ。彼女クラスの撃滅師になれば、その程度の違いはわかる。にやりと口の端を取り上げると、時雨は肺いっぱいに空気を吸い込んだ。

「この近くにいるはずのオカルト女っ! 困っている! 手を貸してほしいっ!」

 彼女の大声がドラの音のようにビル街に木霊した。

 敵を呼び寄せる可能性もあるが、それもいいだろう。あのオカルト女がいれば、とりあえずこの子供たちだけでも逃がすことができる。

僅かに間を置いて、やまびこのように反響しながら声が聞こえてきた。

「オカルト女ってなによっ! この論理的思考バカ女っ!」

 五感に秀でた彼女にはすぐにわかった。距離はかなり近い。そしてすぐに通りの向こうから人影が見えた。思っていたよりも人数が二人多く、ひとり知らない顔が混じっている。こちらの姿に向こうが気づいたとき、知り合いの男の顔が驚愕に染め上げられたように見えた。

「……奈々っ!」

 そう叫んだのがはっきりと聞こえた。もしかして、わたしの右手に繋がれている少女は、あのロリコンの関係者なのだろうか。

 ソージが疾風の如く駆け抜け、いきなり奈々にとびついた。

「会いたかったぞぉー、愛しの妹よ。いや……、会いたくはなかったんだ。そりゃお兄ちゃんはおまえが無事に避難してる方がうれしいからな。ホントは現実世界に戻ってから、会いたかったぞ。いや。やっぱりこれはなしだ。こんな場所でも出会うことができて、兄としてはうれしいことこの上もない。うんうん。……ああ。そういえば、お腹とか空いてないか。昨日はちゃんと寝られたか。怖い夢とか見なかったか。夜中のトイレには一人で行けたか?」

 などなと、困っている奈々の様子に関係なくひとりで語り始めたため、その場に居合わせ誰もが一瞬言葉を失ってしまう。ここが虚幻世界であり、命が危険に晒される場所だということも忘れてしまったくらいだ。

そのくらい唖然としながら、次に周りの誰もが共通のことを脳内に思い浮かべた。

『シスコンだ、こいつ』

 そして周囲への警戒すら忘れて、居合わせた誰もが額に手を当てて頭を抱えた。

 そんなことお構いなしに、ソージは奈々を思いっきり抱きしめて、ひとしきり危険なお兄さんを演じたあと、奈々の異変に気づく。それは彼が普段丁寧にクリーニングしていた制服が、埃まみれだったことだ。その事実だけで彼は表情を引き締める。ここが虚幻世界であることを思い出したのだ。

「これは、無事だったご褒美だ」

 彼はポケットからお菓子を取り出すと、奈々に握らせた。ポッキーだ。同じものを大量に持ち帰ったため春奈たちには「あんたってお遣いもロクにできないのね」と叩かれてしまったが、うちの奈々ちゃんならそんなことはしない。喜んで食べてくれると確信していた。

だが――

 ポッキーを手渡された奈々はそれを確かめると、血相を変えて時雨のもとへ駆け寄ってきた。どうやら彼女は時雨との約束を律儀にも守ろうとしたらしい。

「……いいのか?」

 時雨はいささかの戸惑いを見せたが、童話に出てくる妖精のように奈々が微笑んでいるのをみると、素直にそれを受け取っておくことにする。

「ありがたく頂いておく」

 どういたしまして、と言うかのように奈々はぺこりとお辞儀した。

 しかしそんな光景を目撃して、この男が黙っていられるわけがなかった。

「時雨っ! おまえ、うちの妹に、なにしたんだっ!」

 ソージは血相を変えて時雨に食ってかかる。

まるで娘を婿にやることに断固反対する親父のような勢いだ。

「やましいことなどしていない。これはソージ妹の好意だ」

「な、なんだとっ! いいのか、奈々。こんなおっかないお姉さんにそれをプレゼントしても……」

 その瞬間。

奈々がひどく哀しい顔をしてしまった。

それはもう本当に心から傷ついた表情だった。

これまでソージが見てきた奈々の哀しい顔の中でも、ランキングトップテンに入ることはかたいだろう。ちなみに一位は、彼女が飼っていたインコの〈みかんちゃん〉が野良猫に襲われて無残な最期を遂げてしまったときだった。

 大事な妹を深く傷つけてしまった彼は、まるで生まれてきてしまったことを後悔するかのように、本当に申し訳ない表情をする。

「そうか……。なら、お兄ちゃんもお礼しないとな」

 彼は時雨に向かって深々と頭を下げた。

 どうやら娘に怒られたとき、この頑固親父は素直で従順になるらしい。

「すまない……、時雨。……妹が世話になった」

「気にするな。わたしもこいつらに助けられたのだからお互いさまだ」

 時雨は奈々の安らかな顔を見つめた。

「……それにしても、おまえの妹にしておくには、惜しい妹だな。なあ、わたしの妹にならないか?」

 ソージが素直に反省したことはもちろんだけど……。一連の流れを傍観していた凛はかなり目を瞬いていた。そんなことよりなにより、時雨が珍しく冗談とも本気ともとれる発言をしたことは、かなり稀なことだ。

 ソージが言う。

「それで、こっちのガキは誰だ?」

「僕は――」

 それからしばし自己紹介の時間が始まった。

 お互いに顔見知りとなっておくに越したことはない。

 なによりもこの面子なら、《ヨルムンガンド》が現れても、なんとかなるかもしれないという希望が抱けるのだから。撃滅師の内訳はAランクがふたりに、Gランク? がひとりだ。

 そのまま全てが上手くいくように思われたが、そうでもないようだ。

時雨と春奈が自己紹介したときにある問題が生じた。

「貴様、あまり見たくない目をしているな」

 そう指摘されて驚く春奈を余所よそに、彼女はしげしげと春奈の瞳を覗きこんだ。

「……復讐なんて虚しいだけだ。やめておけ」

「えっ……。べつに、あたしもう……」

 戸惑いを隠せない春奈。

 まさか初見の相手にまで見透かされてしまうなんて……。

「おまえの瞳には、憎しみがまだ残っている。べつにその感情を持つなと言っているわけではない。憎しみは戦う上で重要な要素だ。憎まずに相手を倒すことなど出来ない。だが、その感情に呑まれると、自分の身を滅ぼすまで戦い続けなければならなくなる。それは貴様の本意ではないだろう」

 時雨には春奈の心の闇が見えているようだった。いや……、はっきりと見透かしていたのだろう。彼女の心の奥底に刺さり続けている憎しみのくさびを。

 沈黙してしまった春奈に対し、さらに時雨は言葉を放り投げた。

「やめておけ」

 過去の自分の姿に重ね合わせるかのように、目の前の長い黒髪の少女を見た。

つやのあるあざやかな黒髪だ。わたしのように憎しみの深いディープブルーに染めるには惜しいくらいに……。

自分の深層心理が初対面の人物に筒抜けになってしまっているのが、我慢ならないのだろう。わなわなと肩を震わせながら春奈が叫んだ。

「なんで、あんたにそんなことがわかるのよ」

「……わたしも、そうだったからだ」

「えっ!?」

「わたしの二つ名は《蒼い死神》。かつて憎しみに支配された復讐者アヴェンジャーだった。おまえにはわからないかもしれないが、《化身》を殺すことで、心に空いた穴を埋めることができると信じていた愚か者だ」

 俯むくと、春奈は再び沈黙してしまう。

時雨の言葉の意味が理解できてしまう、自分自身に嫌悪しながら。

「だが、その愚か者にも気づくことができた。復讐よりも大事なものがあることを。この蒼い髪と瞳は、わたしの罪の証だ。憎しみに支配されて、自分を見失ってしまった罪の証。……ゆえにいまもむかしもわたしは復讐者で《蒼い死神》のままなんだ。もっともその本質は大きく異なるがな」

 言いたいことだけ言うと、ひらりと時雨は背中を向けた。まるで先達せんだつとしての自分の責任は果たしたとでも言うかのように……。春奈に背中を向けたまま、まるでこれから進むべき道を示すかのように、時雨はどこか張りのある声を出す。

「行くぞ。時間が惜しい。……わたしは責任を持って子供たちを現実世界に連れ帰らなければならないのだ」

 まるで悪魔の侵略から人々を守るために存在する正義の砦のように、高々と力強く見えたその背中は、春奈の心に深々と刻まれた。


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