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撃滅師物語  作者: ぺぺぺぺぺ
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第三章 結ばれゆく者たち(1)

 虚幻世界に来てから、二日目の朝を迎えた。ソージたちは街の中心部に向けて移動を開始しする。大通りを避けながら、とりあえずモノリスを目指すことにした。奈々が安否不明な以上、一度現実世界に戻ることにしたのだ。どうやら《ヨルムンガンド》討伐は後回しにしたらしい。

「うげーーっ。なんか体のあちこちが痛むんだけど」

 昨日はナイフを投げられまくったあと、〈シャリーン〉を召喚され、それに必死に抵抗して力尽きかけたところを、春奈と凛に容赦なくしいたげられた。

「それは当然のことよっ! ね、春奈」

「そうよ。ヘンタイが当然の報いを受けただけっ!」

「ヘンタイじゃない、シスコンだっ! ……間違えた、妹想いだっ!」

 ソージがバツの悪い顔をする。

「おまえらが何回も言うせいで、間違えちまったじゃねえかっ!」

 そう怒鳴り散らすが、返ってきたのは二人揃って冷たい視線だった。

 彼女らの間で何があったかしらないソージは、はたった一晩のうちに随分とうちとけたものだなと感心してしまう。

 そんなとき、ふと春奈が足をとめた。

「あれって……。なんなの?」

 その視線の先にあったのは《化身》ではなく、自衛軍だった。

野戦服はところどころ食い千切られ、体中のどこかしらに裂傷があり、兵士たちの顔はただ下を見るばかりだった。まるで戦争に敗れた敗残兵のような集団だ。

ソージが声を潜めながら、

「(……さりげなく気づかないフリして、通り抜けるぞ)」

「(厄介事はごめんだわ。……でも、あたしは神宮司家だから、こそこそするのいやよ)」

「(そう言いながらも、忍び歩きしてるじゃねーかっ!)」

「(……これは協調性の現れよ)」

 凛がすかさず言い訳をする。

 どうやら絡まれることに関して、この二人は敏感らしい。

 ソージは念のために春奈にも声をかけておく。

「(……春奈、声をかけられない限りは、さりげなくしていろよ)」

「(……う、うん。わかったけど……)」

 なにか言いたげな春奈を抑えながら、ソージたちはさりげなく薄汚れた自衛軍のわきを通り抜けようとする。

撃滅師である彼らと、自衛軍とはあまり仲が良くなかった。お互いに《化身》を倒すことが目的なのだが、大義のために戦う自衛軍と、依頼として請け負う撃滅師とではそれも当然のことと言えるだろう。

「貴様ら、そこでなにしてるっ!」

 やけに偉そうな二重あごの中年男性が、ソージらを厳しく詰問してきた。襟元に大尉の階級章をつけている。おそらくこの部隊の隊長だろう。

 凛が露骨にイヤそうな顔をする。

「(ウザそうなやつがきたわね)」

「(あれは俺の専門外だ。……神宮司の跡取りに任せる)」

 面倒ごとはごめんとでもいわんばかりだ。

「(断るわ……。神宮司家の跡取りは、アホと会話できないの。理由はバカが伝染うつるから)」

「(あの、それなら……。あたしが説明、しようか?)」

 善意から申し出る春奈。

 そのことを憐れんだのだろうか、凛がこう告げた。

「(ほら、そこのパートナー。あんたの大事なクライアントがウザそうな奴を相手にしていようとしているわよ。助けてあげないさいよ。これじゃ、何も知れない野ウサギが凶暴なオオカミに食べられに行くようなもんよ)」

「(……しょうがねーな)」

 内心で舌打ちしながら、それでもソージは心にもない笑みを浮かべてみる。さらに手を頭の後ろに当てて、相手に対しへりくだるのも忘れないのは、彼の処世術のひとつだろう。

「いやあ、どうもどうも……。このたびは、大変な目に遭ったようですね」

 なるべく愛想よくソージは話しかけた。

 怪訝顔をする二重あご。

「なぜ貴様にそんなことがわかる?」

「いやー。わかりますよ。これでも一応、撃滅師ですし……」

「貴様のような小僧が撃滅師だとっ! 冗談も大概にしろ。学生は勉強だけしていればいいのだっ!」

「それもそうですよね。学生は学生らしく勉強していないと。あははは(棒読み)」

「へらへらすれば、それで許されると思っているのか。この金の亡者どもめっ! 貴様のような撃滅師が命惜しさに退いたせいで、我が自衛軍は大きな損害を被ったのだぞ。どうしてくれるんだっ!」

 撃滅師を目の前にして、激昂する二重あご。

 その発言内容のあまりの身勝手さに、ソージの眉がぴくぴく動く。

「大体、撃滅師ならチカラを貸したらどうなんだ! 貴様ら撃滅師が適当にこのフィールドを弄くり回してくれたお陰で、我が隊は迷惑を被っているだぞ。そこの仲間二人と一緒に本官の指揮下に入れ。そうすれば、貴様の同業者の罪は帳消しにしてやってもよい」

 一方的にがなりたてる二重あご。

 愛想笑いを浮かべていたはずのソージの眉が、ばこんと動いた。

「うるせーなっ! おっさんみたいに、失敗を他人のせいにするような無能な指揮官だから、そんな充実した装備を備えているのに負けちまうんだよ。見ろよ、あんたの部下たちの顔。いまにも泣きだしそうな顔してるぜ。それに部隊は規定人数の半分も満たしてないじゃねえか。この辺りには《バジリスク》が出現するっていうしらせもある。もしかして遭遇しちまったのか。それに学生とか、撃滅師とか、見下す態度がいちいち癪に障るんだよ。この太っちょっ!」

 おもわず言い返すソージ。

 そんな光景を遠巻きに見守っていた凛はおもわず、

「(あの馬鹿……っ!)」

 そうつぶやくと春奈の手を引いて、足早にその傍らを通り過ぎようとする。どんな角度から見ようとも、ソージが不興を買っているのは明らかだった。

「(どうしたの?)」

「(ソージのやつ、あの指揮官のやつがエラそうな態度をとっているのが、相当気に入らないらしいわ。敗戦して気が立っている指揮官に向かって、ボロクソに言ってる)」

「(あちゃーー……。ソージは火に油を注ぐの得意そうだもんね)」

 額に手をやりながら天を仰ぐ春奈。

「(人選を間違えたわ。めんどくさがらないで、あたしが行くべきだった……)」

 そんなとき、すぐ後ろから銃声がした。

 ふり向くと、二重あごの大尉がソージに向かって発砲していた。彼は『おちつけ』と言わんばかりに手のひらをやんわりとむけている。

「もう後悔しても遅いから、とっととズラかるわよっ!」

 すぐさま凛は駆け出した。

 言われるがまま、春奈も彼女のあとを追う。

「その……。凛……っ!」

 切羽詰まった春奈の声。

「どうしたのよ?」

「ソージがこっちに向かって走ってくる。しかも、銃弾に追い立てられてっ!」

「他人のフリしなさい、他人のフリ」

「ちょ……、待てって。仲間だろう。置いてくなよ!」

 彼はまっすぐに仲間のもとへと突っ込んできた。

 その後方では、大尉が顔を真っ赤にしながら、自動拳銃を発砲している。

 銃弾に追い立てられながら逃げてきたソージに、追いつかれてしまった春奈がわめき散らす。

「ちょっと! あんたがこっちに来たら、あたしまで危ないじゃないの。クライアントの安全を確保しなさいよっ!」

「うるせー。クライアントなら、クライアントらしくパートナーを守れっ!」

「それって逆でしょーーっ!」

「もちつもたれつだっ! 汝の隣人を愛せよだっ!」

「お金払ってるじゃないのよっ!」

「じゃあ、ボランティアの助け合いの精神っていうことで」

「……なら、報酬払わないわよっ!」

 不意に銃声が止んだ。

「どうしたのかしら? 急に銃撃が止んで――」

 いや、一瞬だけ静かになったと思ったら、今度はもっと激しく荒らしくなった。

 春奈がおもわず声を荒げる。

「《化身》……っ!?」

 その言葉通り、さきほどの部隊が狼のような《化身》に襲われていた。

 もともと士気が低下していたこともあってか、一度だけ激しく銃撃を加えて間もなく、その部隊は沈黙したようだ。抵抗らしい抵抗もしないまま散り散りになって逃げだそうとし、《化身》に蹂躙されていく。……どうやら二重あご大尉が場所をわきまえず発砲してしまったため、呼び寄せてしまったらしかった。

後ろを振り返りながら、凛が叫ぶ。

「こっちにも追ってきてるしっ! ソージ、なんとかしなさいよっ!」

 角の生えた灰色狼のような《化身》――グレイハウンド――が迫っていた。ニメートルを越そうかという体長は成人男性よりも殊更ことさら大きく、その体重は大型の肉食動物に匹敵するだろう。さらに特筆すべきは、巨大なフォークを連想させる、放射状に伸びた五本角だった。

 逃げながら、春奈は泣き言を口にする。

「あんなので突き刺されたら、一発で死んじゃうじゃないのよっ!」

「そうだろうな。……見ろよ。角から血が滴ってるぞ。もう何人かやられちまってるみたいだな」

「そんな冷静に分析なんかしてんじゃないわよっ! どうにかしなさいよっ!」

 春奈はいまにも泣き叫びそうになる。その反応を見て、ソージはわずかに頬を緩めた。

 ソージの知る限り、春奈はこのような状況下では、狂気に突き動かされ、狂乱しながら敵を殺そうとすると思っていたからだ。しかし彼女はそんな仕草はみせなかった。懐にある自動拳銃を抜こうともしない。

ソージはすこしだけ自分のクライアントのことを見直した。

「なにひとりで納得顔してるのよっ! まさかあんた死ぬ気じゃないでしょうねっ!」

「なわけあるかっ! ……さっきは俺がやったんだから、今度は凛に頼めよ」

 交渉に失敗しときながらも、口だけは一人前だった。

「仕方がないわね。……あんたを行かせた、あたしにも責任があるし」

 凛は足を止めると、ポケットに手を突っ込んで植物の種子を取り出し、それを放り投げた。彼女の魔力に反応して急成長した〈シャーリーン〉は、猛獣の如く《ブラックハウンド》に襲いかかった。

そこから始まる光景は一方的なものだった。

〈シャリーン〉はツタの葉をもちいて、敵の突進を軽くいなすと二枚貝のような捕食器で挟み込むようにして喰らいつく。そして《化身》の体液を撒き散らしながら、さもおいしそうにむしゃむしゃと『食事』を始めた。骨が砕けるバリバリという音と、グロテスクな食事の光景が広がる。

「うっげー。なんか俺、見ちゃいけねーもんを見ちまった気がする」

「ああ。なんかあたしもそんな気がするわ」

「なんだよ、初めて春奈と気が合ったな」

「これを意気揚々と見れたら、異常者よ」

 『ギシャーー』と、まるで勝ち誇っているかのような奇声を〈シャリーン〉が発した。その傍らに付き添っていた凛は、人喰い植物をさも大事そうに撫でまわし始めた。なにやら労いの言葉までかけているようだ。

圧倒的なまでの力量の違いを披露した〈シャリーン〉が、ゲップしたかと思うとなにかを吐きだした。深紅色の宝石のようなもの。《核石》だ。ソージはすぐさまそれを拾い始めた。

「ラッキー。儲けもん」

 こんなときでも守銭奴根性丸出しだ。

 上機嫌な顔で拾い集めていたが、ふと凛の方へと目をやる。どうやら彼女の取り分が気になったようだ。

「べつにあたしは要らないわよ。ほしいなら、どんどん拾いなさい」

「いいのか? このまえはあんなに必死になってたのに……」

「あたしは《守護獣》の《核石》以外に興味はないの。そんなちっちゃいのは、あんたにくれてやるわ」

 彼女の指摘通り、このまえ争奪戦を繰り広げた《核石》と比べて、そのサイズは遥かに小さい。せいぜい小石程度の大きさだろう。サイズが小さいものは含まれている『情報』の量も少ないため、価格が極端に安くなる傾向にある。

「なにしてんのよっ! 妹さんを探すんじゃなかったのっ!」

 春奈が剣幕を含んだ声で言った。

「あんたはこんなところでキレイな石ころを拾ってるつもりなのっ! 大事な妹さんを探しに行くんじゃなかったのっ! すこしは見所のあるやつだと思っていたのに、結局は金の亡者だったのね。妹さんのことなんか、ホントはどうでもいんでしょ。この守銭奴っ!」

 自分でもなにがなんだかわからなかったが、彼女は急に腹の虫の居所が悪くなってしまったのだ。もしかしすると、何かが変わりつつあるのかもしれない。だがそれでも《化身》に対する憎しみの感情はくすぶっているようだ。彼女の瞳には、まだ黒々としたよどみが見受けられる。

 ソージが言った。

「俺の妹は聡明だからな、こんなところで死ぬようなやわなやつじゃない。少なくとも俺はそう信じてる。もっとも信じていても、俺は大事な妹の安否を気遣わずにはいられないほどには妹想いだがな。……それとだ。この世界で生きていくには、どうしてもお金が必要だ。たしかに俺はどうしようもない守銭奴だが、同時にそのことに誇りをもっている。だからこそ、俺と妹は今まで二人で暮らしてこれたんだからな」

 そのまま彼は手を動かし続けた。しばしの間、春奈は押し黙ったままで彼の背中を眺めていたかとおもうと、自らもしゃがみ込んで《核石》を拾い集め始めた。そしてそれを彼に手渡す。

「……これ」

「いいのかよ。おまえだって貰っていいんだぞ」

「あたしはあんたほどお金に困ってないから大丈夫よ。大体にして、これってなんなの? なんとなく高価なものだっていうのはわかるけど、それ以上はわかんないわよ。あたしにとっては無価値ね。そこいら石ころと同じようなもんよ」

「でもよ。高価だっていうことぐらいはわかるんだろ」

「なんとなくよ。な・ん・と・な・く。……そういえばいま見たら、高価かどうかも怪しくなってきたわ。これは……あ、あんたの妹さんのために使いなさいよ」

「……ありがたく受け取っておくよ。サンキューな」

 《核石》を拾い上げるのを中断して、ソージが春奈の方を向いた。

 彼の表情には、複雑な感情が見え隠れしていた。本当はいますぐにでも探し人の所へと飛んでいきたい。そんな風に書いてある気がした。だがそれとともに、あたしのクライアントである以上、あたしの安全も確保しなければならない。そんな責任感も垣間見えた。

 さらにこのときの彼の表情は、陽気な軽口を言ってのける普段のものではなくて、もっと真面目で引き締まった険しい表情をしていた。こういう顔もできるんだ。彼女は少しだけその表情に見惚れてしまう。

「べ、べつに……。あ、あんたのために、やってるわけじゃない……わよ」

 春奈はすこしだけ自分が恥ずかしくなった。

自分の浅慮と彼の真剣な表情に惹かれたことに気づいたからだ。これ以前にも、ソージの真面目な表情を見る機会はあったのだが、自分のことを考えることに精一杯でそんな余裕がなかったのだ。そしてふと彼女は首を傾げる。そういえばいつからソージは、こんな複雑な感情の入り混じった顔をしていたのだろうか。

気を取り直して春奈が言う。

「断っておくけど……。あたしは、あんたの妹さんのためを想って、手伝っているんだからね。ついでに言うと、手持無沙汰だからよ」

「……べつにニ回言わなくても、知ってるけど」

 しれっとした顔でそう口にするソージを、すこしだけグーで殴りたくなった。


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