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撃滅師物語  作者: ぺぺぺぺぺ
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第二章 戦いの幕開け(12)

 鷹鶴宗司かくよう・そうじがコンビニ辿りつくには、相当時間がかかった。

 どちらかといえば郊外の辺りから、街中に向かったので、距離的に仕方がない点もあるだろう。だがそれ以上に、今回は妹がいないか捜索していた要因が大きい。普段なら、ほかの撃滅師のキャンプがあちこちにあり、そこを巡って妹がいないかどうか確かめればいいのだが……同業者は早々に撤退してしまったようだ。

「見つからない……か」

 警戒しながら夜道を進んだが、妹を見つけることはできなかった。だが《化身》に遭遇することはなかったので、そのことは不幸中の幸いだとえるだろう。

 本当はいますぐにでも大急ぎで妹を助け出したい。

妹のためなら感情的に行動してしまうのが彼の本性だ。しかし撃滅師としての経験がそれを抑制していた。それでも春奈たちと離れてひとりになると、抑えていた感情が暴れ出そうとする。

 もっとも妹の遭難が思い過ごしであるという可能性も否定できない。単に兄としての感と妹が三回中三回遭難しているという実績があるだけだ。

「……だからだな」

 そう。だからこそ、兄としては妹が遭難していると仮定して動きまわっているのだ。

 ソージはコンビニの裏口の方から、店内へと侵入する。

 そして買い物かごを手にとって、彼はお店の中のものを適当にみつくろう。お総菜コーナーの前に立ったとき、ふと彼の足が止まった。その視線の先には、チーズのかかったグラタンが並べられていた。自分の手作りのグラタンを頬張っていたときの、大事な妹の天使のような頬笑みが心に浮かんだ。

「……食ってやるっ!」

 行方不明の妹の分もグラタンを食い尽してやる、と決心した彼は棚にあったグラタンを全て買物カゴへと放り込んだ。今度妹に会ったときは、必ず俺の手料理のグレードアップしたグラタンを編み出してやろう。これはシスコンのささやかな暴走だった。

 つぎににソージの足はお菓子コーナーでもとまった。

 ソージは妹の好みのお菓子ならすべて把握しているし、妹の成長日記にもメモしている。

だが、ほかの女性の好みなどは興味を持ったことすらなかった。

「そういや、時雨がポッキー、かじってたな……」

 いつの頃だったか、クラスメートが教室で甘い香りを漂わせてことを想い出した彼は、とりあえずレギュラーのポッキーをおさえておく。あとはどうするか。いや……、うちの妹でもないやつらのことならどうだっていい。それに選ぶのも面倒だ。彼は買い物かご一杯にレギュラーのポッキーを放り込んだ。在庫なし。買い物終了(といってもお金を払うわけではないが)。そのまま店を出て、夜道を慎重に進んだ。

「帰ったぞ」

 キャンプに帰った頃には、三時間以上経過していた。時間は……午後十時に差し掛かっている。それでも彼にしたら急いで帰ってきた方だ。

「なんだよ。……誰もいないのかよ」

 ふすまを開けたが、居間には誰の姿も見あたらなかった。どこかへ行ったのだろうか。ソージは耳を澄ました。ばしゃばしゃという騒音が聞こえてきた。彼は何気なくそちらの方へ足を進める。廊下に出て、北側に向かってまっすぐだ。

辺り一面から、凛の蛍雪草の幻想的なあかりが漏れていた。すでにこの家に寄生しているようで、壁や廊下にもへばりつくように根を生やして、あちこちから照らし出している。人の気配を感じたソージはおもむろにそのガラス戸を開ける。

「んっ!」

 戸を明けた先にあったのは、なにやらバケツと格闘している半裸の少女の姿だった。

春奈が身に纏っているのは、おそらくこの家の持ち主のものであろう、バスタオル一枚のみ。白くきめの細かい肌と光沢を放つ艶やかな長い黒髪は、見る者を虜にしてしまいそうなほど煽情的だった。

「なっ……、ななな、なんで、こ、ここに来るのよっ!」

 それ以後は声にならないようで春奈は口をパクパクさせる。

はっとした彼女はバケツでちょうど水洗いしていたものを、こちらへ放り投げてきた。ベタっ。水気を帯びた黒いパンツがソージの顔面に直撃する。新種の《化身》を見たかのように硬直していたので、彼にしては珍しく避けそびれてしまった。

 どうやら、ここは脱衣所のようだ。

 じんまりとした空間に洗濯カゴや、水道なども備えられている。洗濯機が使用できないので、春奈は手洗いで衣服を洗って乾そうとしていたのだろう。

 頬を朱色に染めた春奈は、濡れて薄くなった髪を掻きあげ、もう一度ソージの姿を認めると、大きく息を吸い込んだ。

 そして――

「きゃゃゃああああああああ―――――っ!」

 甲高くヒステリックな悲鳴が脱衣所に反響する。

 それがあまりにもうるさく、耳を塞ぐソージ。

 さらに浴室のドアが勢いよく開き、凛が顔を出した。

「どうしたのっ!」

 こちらは当然のことながら、一糸も纏わないありのままの肢体だ。普段は結わえてあるうららかな黒髪が首から胸にかけて彼女に巻きつくようにしている。加えて湯気が伴って際どいところで要所を隠していた。

「あ、あんた……。そ、それっ!」

 凛がソージを指さし、そして硬直した。

 肝の座った撃滅師である彼女が言葉を失ってしまうとは、余程のことだろう。

それもまあ仕方のないことであった。

 平然とした顔でソージが拾い上げて、嫌がる春奈に強引に手渡そうとしているものは、彼女の所有物なのだから……。

 そして怒りに紅潮した頬で、凛は念には念を入れて脱衣かごの中に忍ばせていた、毒投げナイフを取り出し、必中必殺の願をかけて放り投げた。

しかし、惜しい。

惜しいことに、こればっかりはソージに避けられてしまう。

「ば、馬鹿っ! あぶねーだろ。なにすんだよっ!」

「うっさいっ! あんたが掴んでるのは、あたしの下着よっ! それに人様の裸を見といてその被害者の態度は何様のつもりっ!」

 バスタオル片手に春奈が赤面しながら訴える。

 それでもソージは、

「べつに見ても減るもんじゃないだろう。うちの奈々の場合はべつとして――」

 神技ともいえる手際のよさで、シスコンに二本目のナイフが投擲された。


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