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撃滅師物語  作者: ぺぺぺぺぺ
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第二章 戦いの幕開け(9)

 お目当ての中学校に辿りついたが、そこには誰の姿も見あたらなかった。

 ハザードに対する避難訓練の講演があったはずだから、生徒がいるなら体育館にいるはずだ、とソージは予想していた。そこで春奈とともに体育館を見に行ったが、多少散らかっていただけでそこには誰もおらず、空振りに終わってしまった。

 奈々は無事に脱出できたのだろうか。

 状況から判断したら、その可能性もないわけではない。だが、校庭に残された足跡の多くは街の中心部ではなく郊外へと続く裏門へと繋がっていた。モノリスとは真逆の方向だ。

念を入れて奈々の下駄箱を調べてみると、彼女の靴箱には、上履きがきちんと納められていた。他の生徒のものは、上履きがなくなっているものがほとんどだ。どうやら奈々は冷静に行動しているらしい。

そしてなによりこれが一番重要なことなのだが、『俺の聡明でか弱く可愛い妹』なら、困っている誰かに手を差し伸べて一緒に遭難する可能性が大きいのだ。これは過去三度の経験により証明されていることだ。

胸のざわめきを抑えつけながら、ソージは安全確認のために校舎の周囲を警戒する。もうすでに陽が落ちかけている。夜中になれば、この街は完全に《化身》の支配下に置かれてしまうだろう。それまでにキャンプを確保しなければならない。

このまま校舎を拠点に据えていいだろうか。そんなことを考えながら、ソージは春奈とともに校舎の周りを巡回していた。

「ねえ、ちょっと」

「どうしたんだ?」

 校舎裏近くの林の辺りを巡回中の出来事だった。

 茂みが唸るのを、春奈は耳にしたらしい。

「うしろの茂み……。なんかヘン」

「さがってろ。おてんばするなよ」

「……もうしないわよ」

 彼女を庇うようにして、彼は音の正体を確かめようとする。

 小型の《化身》である可能性は否定できない。もしそうだとすると、どちらかといえば郊外近いここも《化身》に浸透されてしまったのだろうか。学校をキャンプに据えるのは誤りであったかもしれない。

ソージの脳裏を不安が過ぎった。

「ちょっと……。またガサガサなったわ……」

「わかってるよ。落ちつけ。……拳銃を抜いて待ってろ」

 彼は音源へと近づく。

 そして一気に飛びかかろうとして――

 向こうから声をかけられた。

「あら、こんなところでなにしてるの?」

 茂みの向こうから現れたのは、ポニーテールの少女。神宮司凛だった。彼女は制服姿のままだから、おそらく学校帰りだったのだろう。

 どこか面食らった顔をしながらソージが言う。

「おまえこそ、こんなやぶの中でなにしてんだよ?」

「〈シャーリーン〉を植えてたのよ。ほら、学校裏に神社あるでしょ。そこは神宮司家の管理してるところだから、あたしはそこにキャンプすることにしたの。《化身》の夜襲に備えてトラップを設置しながらね」

 どうやら、学校よりも安全な場所を確保できそうだ。

「ソージこそ、なにしてるのよ?」

「妹の安全確認だ」

「つまり、人捜しね……。ソージの妹ちゃんもこの学校なの?」

「そうだけど。……凛って妹いたのか?」

「ちがうちがう。斡旋してた避難訓練のインストラクターの件、覚えてる?」

「ああ。それなら覚えてるよ」

「それがこの学校だったから、あたしも気にかけていたのよ。もし何かあったら、神宮司家の面子にかかわるからね。……とりあえず郊外に逃げた生徒たちは、あたしが責任を持って現実世界に送り届けておいたわ。まあ、あんたの妹も多分大丈夫でしょ」

 凛の細やかな心配りは行き届いていたが、妹が冷静に状況を判断して動いていたとソージは確信しているので、この発言では安心できなかった。また、彼らは凛に誘われるがままに、神社へと招待されていた。

 校舎裏の林――鎮守の森を抜けた先には石段と鳥居があり、その先に本殿があった。

 歴史と伝統ある神宮司家が管理しているそこは、本殿の裏に神主専用の住居があるという一風変わった造りになって、彼らはそこで一晩明かすことにした。

本音を言えばソージは奈々の捜索に行きたかったが、夜が危険であることは否定しようがない。それに春奈のことも悩みの種であった。

 ソージが意外そうに話しかける。

「それにしても珍しいな。おまえのチカラがあれば、最初から大物狙いで《守護獣》の方を叩くと思ってたんだけどな」

彼は台所の冷蔵庫を漁ったあと、中身が空っぽであることに失望しながら、居間の座布団を尻に敷いていた。畳が敷いてあり、質素な卓袱台ちゃぶだいが置いてあるそこに、みんな集まった。

「へっへーーんだ。……じつはお察しの通り倒しに行ったんだけど、相手を観察して勝率が低そうだから、そのまま背を向けて逃げてきたのよ」

 凛はとりあえずといった様子で灯りを確保していた。

すでに陽が落ちて辺りが暗くなっている。虚幻世界では電力供給が断たれているので、蛍光灯は使えない(ガスと水道なら問題ないのだが)。彼女が灯りをつけているのは蛍雪草ほたるゆきぐさという、魔力で生み出した植物の一種で、葉の一枚一枚が幻想的な灯りを放つことができた。ローソクの灯りに負けずとも劣らない、優しく包み込むような明るさだった。

「今回はどんな獲物なんだ?」

「《ヨルムンガンド》って呼ばれてる、おっきな蛇のバケモノ。正直言って、あたしひとりじゃキツいわ。だからお手伝いさんを募集してたところ。ここの世界に来た撃滅師たちも足並み揃えて帰ったらしいわ。残ってるのは、自衛軍だけっぽい。……ねえ、臨時であたしに雇われない? 報酬はたんまり弾むわよ」

「げ……っ! 噂のアイツかよ……」

 それならソージも耳にしたことがあった。

 凛が尋ねた。

「知ってるの?」

「ああ、ED種に指定されている。かなり厄介なやつらしい。なんでもデカイ図体してるくせに、人間並みに頭が回るんだとか。ふつうは大きくなるにつれて知性が低下していくもんなんだけど――」

「なによ? ED……って?」

 それまで黙っていた春奈が口を挟んだ。

彼女の瞳には、まだどこか闇がくすぶっているようだった。

少なくとも、ソージにはそんな風に見えた。

彼は様子を窺いながらさりげなく話す。

「Extremely Dangerous――の頭文字をとってED。超危険っていう意味だ」

「あんたも勝てないの?」

 春奈は興味がそそられたようだ。

「戦い方によるな。ぶっちゃけ、正面から戦ったなら、軍隊でも全滅必至だろうな」

「そ、そんなにヤバいやつなの……っ!」

 驚いた顔をする春奈。

 でも、そんな彼女とソージは約束を交わしてしまっていた。

 ここの《守護獣》は俺が倒す、と。

 凛がなにやら視線をソージに送ってきたが、彼は首を傾げた。

 仕方なく凛は口を開いた。

「ねえ、ソージ。あんたの隣の彼女、あたしに紹介しなさいよ」

「そういえば初対面だったな……。こいつは森崎春奈。俺のクライアントだ」

「森崎春奈……。どこかで聞いたことがある名前ね」

「なんだよ。もう忘れちまったのか。……ほらっ。例の《悪魔憑き》だよ」

「ああ。それよ、それっ。……どっかで聞いたことがあると思ったわ」

 ソージに指摘されて手をぽんと叩き、スッキリした表情をする。

 しかし、その直後――

「ねえっ! それって超絶不幸体質の生きる都市伝説じゃないのよっ!」

 彼女は大きな声で怒鳴りつけた。祓魔師の彼女はオカルト関係の噂には敏感のようだ。

 言い訳がましく訂正するソージ。

「だからそれは、あくまで神話だって……」

 凛に馬鹿にされたことで春奈が腹を立てる。

「いきなり都市伝説とか、失礼じゃないですかっ!」

 初対面に『超絶不幸体質』と言われるとは……。

 今日はあたし、こんなのばっかだ。

 彼女は募らせていた不満を爆発させる。

「あたしだって、『都市伝説』とか『悪魔憑き』とか『汚物女』とか呼ばれて、さんざん傷ついてるんですよっ! それに今日は、その汚名を返上するためにここにいるんです。その《ヨルムンガンド》とかっていうエラそうな名前の《守護獣》は、あたしのパートナーが葬りますっ!」

「だそうだぜ。俺も約束しちまった以上は、相手がなんであれ、倒さなけりゃならないんだ。俺はこれから凛とパートナー契約して、共闘してソイツをぶっ倒すことにするけど、なにも問題ないよな、春奈」

「かまわないわ。相手がなんであれ、倒してしまえば、あたしの気持ちも晴れる。友達がやられたまま、ひっそりと暮らしていくのは、あたしの主義に反するのよっ! やられた分はやり返す。そうしてからなら、いくらでもそしりを受けてやるわっ!」

 その言葉を受けて、凛が上機嫌な顔をする。

「気に入ったわ」

生きる都市伝説と聞いて警戒していたが、思っていたほどでもないようだ。それになにより内気そうにも関わらず、ビシっと自分の意見を述べたところを凛は気に入っていた。

「あたしもそういう前向きな思考は嫌いじゃないの。やっぱりやられた分だけ、やり返さないといけないわ。泣き寝入りなら、誰でもできるもの。……そんなことより、『汚物女』っていうのは、どんな都市伝説のことなの? それって本当に汚名よね。《悪魔憑き》よりも不吉な都市伝説なのかしら?」

「それは……。えーっと……」

「いや、喋りたくないならいいわ。たぶん、とても大変な苦労を伴ったのよね」

 凛が透き通った瞳で春奈の顔を見つめながらそう言った。

 さらに彼女は言葉を続ける。

「ソージ、今日はもう陽が落ちるわ。あんたはオトコなんだから、ガンバってコンビニのひとつでも探してきなさい。クライアントからの最初のお願いよ。夕飯になりそうなものを調達してきて。あたしはおいしいものならなんでもいいけど、春奈はなにか希望ある?」

「えっ、あ、あたし? あたしは特にないけど……」

 突然話を振られて戸惑う春奈。

「ということよ。ここにいる美少女二人分の食料をゲットしてきてちょうだい。でも、あたしも春奈もまだお腹が空いていないから、ゆっくりでいいわ。あんたは自分の行きたいコンビニまで行ってきなさいな。それまで、あたしたちは時間を潰してるから」

「……いいのかよ?」

「あたしと会ったときから、ずっと落ちつかない顔をしてるわよ。あたしの誘導した生徒数は、当然のことながら全員ではないわ。途中でぐれてしまった人たちも大勢いる。あんたの妹もその中のひとりだと思ってるんでしょ。だから、そんなそわそわしてる」

 半分は正解で、もう半分はハズレだ。

 奈々のことはずっと気にかかってはいたが、春奈のことも気になる。凛がどの程度事情を察しているかはわからないが、春奈のことは手に余っていた。ソージには憎しみの支配から彼女をどう助け出せばいいか、まるでわからないのだから……。

 わからないことは……誰かに任せてしまえばいい。

ふとソージはそんなこと思った。

 まあ、凛が春奈のことをなんとかしてくれるのは、棚からぼた餅みたいなもんだろうけど。でも凛はなにげに洞察力が高い。だから俺の表情の変化にも気づいた。もしかしたら……。そんなことを考えながら、彼は家主から勝手に拝借した懐中電灯片手に、夜中の街へと潜入することを決意した。


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