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撃滅師物語  作者: ぺぺぺぺぺ
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第二章 戦いの幕開け(8)

 虚幻世界から逃れようとする避難民の姿はすでにまばらになっていた。

 それと入れ違うようにしてこの世界へ姿を現した者たち――顔の知らない自衛軍、モノリス出現の知らせを受けて駆けつけてきた撃滅師たち、そして人類の天敵である《化身》――その三者によって繰り広げられる死闘の数々。

まるで地獄の蓋が外れたかのような光景が広がった街中を、冬海時雨は駆け回っていた。

大通りを移動中にグレムリンに襲われている自衛軍を目撃した。歩兵戦闘車両を盾にするようにして兵士たちが小銃を発砲するが、グレムリンは敏捷な動きでそれを回避し、その鋭利な爪の間合いに入ってしまう。

「装備が充実してるなら、戦車でも持ってくるべきだろうに……」

仕方なく時雨は、カービン銃の狙いを定めて引き金を引く。数発の銃弾がグレムリンに命中し、それを無力化させる。短めに区切った鋭い射撃を繰り返しながら、敵の数を減らす。どうやら内蔵火器は温存するようだ。

「……邪魔だけはしてほしくないものだな」

 呆気にとられた自衛軍を尻目に、時雨はさらに進撃する。東西奔走する彼女の狙いはただひとつ、この虚幻世界の《守護獣》だ。グレムリンのような小物とはあきらかに違う体躯をしているはずなので、見ればそれだとすぐにわかる。

 街中を駆け巡っていると、不意に異臭が鼻をつく。

形容しがたい臭いだ。好ましくない。バキューム車の放つあの臭いをさら煮詰めてつくりあげた劇物とでも言うべきだろうか。時雨はおもわず吐き気を催した。しかしすぐに気を取り直すと、その原点へと向かった。そこには大物がいるはずだ。

 彼女が辿りついた先は、モノリスの出現地点である、街の中心部のすぐ近くにある雑居ビル街だった。そこにやつの姿があった。

「ずいぶんと大きい蛇だな」

 視線の向こうにあるのは、五階建てのビルぐらいの高さがある――全長約ニ○メートルの巨大な漆黒の大蛇だった。そのあまりの大きさに、一瞬彼女は林立するビル群の一部と見まちがえてしまったくらいだ。

しかし、その巨躯のシルエットは揺れた。おそらく自衛軍か撃滅師が戦闘していたのだろう。だがその大蛇が大きな口をあけて、地面を舐めるようにして全てを呑み込んでしまった。跡形もなく、だ。

「《ヨルムンガンド》……か」

 時雨はおもわずその名を口にした。

実際に目にするのは初めてだが、その容姿と名前だけ知っていた。撃滅師のサイトで一時期有名になった《守護獣》だ。その場に居合わせた撃滅師たちは手も足も出ず、モノリスの次元圧縮爆発を招くことになった原因だ。最近は出現が確認されていなかったが、まさかここで遭遇することになるとは……。だが、ここはわたしの地元だ。好き放題させるわけにはいかない。

「一気に片付けてやるっ!」

 そう言って自分を鼓舞しながら、彼女はカービン銃を精一杯発射する。

 だがこの巨体に対してでは、銃弾は豆鉄砲と同じようなものだったのだろう、《ヨルムンガンド》の頑強な強皮のまえに弾かれた。虚しく咲いたオレンジ色の火花は、その漆黒の鱗にごく僅かなキズをつけたに過ぎない。かすり傷ですらないだろう。

「…………っ!」

 狡猾な悪魔のような赤い二つの眼が時雨の姿を捉えた。《ヨルムンガンド》はその巨大な鎌首を急降下させるようにして、彼女に襲いかかった。巨大な質量の割に、その動きはまるで鈍重さを感じさせないどころか、しなやかなものがあった。

時雨は〈騎竜〉の機動力を最大限に活かした跳躍で、回避しようとする。避けながらも片手でカービン銃を乱射するが、漆黒の背景にオレンジ色の虚しく無意味な火花が散るだけで、すべて弾かれてしまう。

時雨は歯噛みしながらひとりで毒づく。

「たかが蛇の分際で、わたしの攻撃に耐えるとは……。少しは評価を改めてやろう」

 きりっと引き締まった口元が、さらにきつく結ばれる。《ヨルムンガンド》はまるで自身の優位性を勝ち誇るかのように、蛇頭へびがしらを小刻みに左右に振った。ゆらゆらと揺れるその巨躯。威嚇とも挑発ともとれるその行動のあと、やつは突っ込んできた。

「馬鹿のひとつ覚えめっ!」

 まるで家を一軒丸ごと飲み込めそうな大きな口が、彼女の視界一杯に広がった。蛇舌へびじたと巨大な牙が津波のように迫ってくる。咥内こうないには光の届かない闇黒の世界が広がっていて、白い牙がまるで地獄から死者を迎えに来る堕天使のようだった。

 ぎりぎりまで引きつけたあと、時雨はそれをふたたび跳躍で回避する。

どうやら知能はそれほど高くないらしい。攻撃がワンパターンだ。巨大な《化身》には頭の悪いやつが多いから、こいつもそうなのだろう。

「く……っ!」

 だが、そうではなかった。

少なくとも《ヨルムンガンド》(神々に恐れられた存在)なだけはあった。

岩雪崩いわなだれのように眼前を通り過すぎていく黒い体躯の最後には、こちらを捉えようと機敏に迫ってくる大蛇の尾があった。いま彼女の姿は空中にあって、身動きすることはできない。

慣性の法則は、時雨にとってひどく無情に働いた。

まるで巨大な鉄槌を叩きつけられたかのような衝撃が押し寄せた。〈騎竜〉の蒼い装甲がおおきくへこみ、全身が圧迫される。激しい痛み、目眩めまい、吐き気――。意識がぎ取られそうになる。だがそれでも、強靭な彼女の精神力はなおも自我を保ち続けた。しかしその反面、強烈なGを浴びせられたかのように悲鳴を上げる体とも、戦い続けなければならなかったが……。

不幸なことに、さらなる衝撃が時雨を襲った。

三○メートルほど吹き飛ばされた彼女の体が、近くのビルのコンクリートに激突したのだ。ぱらぱらと音を立てて崩れ落ちるコンクリート。そのまま十五メートル落下した彼女の体。腹の中からなにかが漏れ出てきたので、素直に吐き出してやると、それは血の塊だった。

わずかに遅れて彼女の意識が遠退とおのき始める。〈騎竜〉を纏っていなかったら、最初の一撃で即死だったろう。もしかしたら、そちらの方が幸せだったかもしれない。

彼女が最後目にしたのは、血を吐き倒れている自分の姿を、怯えた表情で遠巻きに眺めている、中学生くらいの少年と少女の姿だった。


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