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撃滅師物語  作者: ぺぺぺぺぺ
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第二章 戦いの幕開け(5)

 ソージと春奈は路地裏を歩き回りながら、奈々のいる中学校を目指していた。

「あーもう、どうして堂々と道路の真ん中を歩かないのよっ!」

「言っただろ。《化身》に見つかったら、それこそ面倒なことになるんだって……」

 既にこの街は人類のものではない。《化身》のものだ。

 戦闘力の優れた撃滅師なら、袖を振って大通り歩くこともできなくはない。だが、ソージはそれほど自信過剰ではない。むしろ最小限のチカラで最大限の成果を狙うはいブリットな人間だ。

それに通りにはまだ逃げ遅れた市民の姿があった。

それでも誰かが気を利かせて空に信号弾を放ってくれたおかげで、モノリスの所在地は判明している。都市の中心部の方だ。どうもモノリスは人口密集地に出現する傾向があるようだ。

「出し惜しみなんかしないで、超能力でばっさばっさと切り倒して進みなさいよっ!」

 どうも春奈はこのうす汚れてジメジメした道が不満のようだ。あちこちにゴミが散乱しているし、日当たりが悪く、道幅もやっとひとり通れるくらしかないもんだから、女子高生には受け入れがたいだろう。

彼女は強引にソージに付き添っておきながら、一人前の口をきいてくる。彼としては依頼内容に則り護衛しながら、現実世界へ帰すつもりだったのだが、それは急遽変更となった。

春奈が「ソージの妹を確認してからでないといやだ」と主張したのだ。

それは彼にとって願ってもない申し出だったのですぐに承諾したのだが、まさかこれほどわがままだとは思わなかった。いま考えれば、あのときに肯定の返事を返すべきではなかったのかもしれない。

ソージが心外そうに言う。

「これでもおまえがいるから、気を遣ってる方なんだぞ。俺がその気になったら、むしろ遭遇率を極限まで減らすために、下水道を使って目的地まで進むことだってあるからな。もっとも今回はうちのかわいい奈々ちゃんの安否を確認しに行くから見送ったけどな。……ヘドロ臭いお兄ちゃんなんて嫌われちまうだろうし」

「ちょっと待ちなさいよっ! それって、あたしと一緒でも、そんな汚物臭い場所に行く可能性があるっていうことよね! はじめに断っておきますけど、あたしはゼッタイにムリっ! いくなら、あんたひとりで行きなさいよ」

「断るっていわれてもなあ……。だって、帰れっていったのに、おまえ、帰ろうとしなかったじゃん。それで勝手についてきといて、あれもやだこれもやだって騒ぎ立てるのは、反則じゃね?」

「うっさいっ! ……反則ジョートーよっ!」

 そう喚き散らす春奈に対し、ソージはどこか冷めた調子で言う。

「……なあ」

「なによっ!」

「どうして依頼内容を変更したんだ?」

 まさか見ず知らずの妹の無事を配慮してのことではあるまい。ほかになにか目的があるとソージは踏んでいた。

 まるでなにかを隠すかのように、さらに春奈は喚くように言う。

「ここまで巻き込んでおいて……、あんたが死んでたら、寝覚めが悪いじゃないの。っていうか家に帰ってもゼッタイに寝れないわ。また誰かがあたしのせいで死んだっていう事実に苛まれちゃう。あたしはそんなのゼッタイにいやっ!」

「なんかよくわかんねーけど、俺が死ぬ可能性とか考えちゃってるわけか。……いやいや、それはないぞ。おまえにはまだ俺の実力を正確に把握していないから、不安かもしんねーけど、俺は素人じゃなくて、これでも《ハイエナ》という二つ名まである撃滅師だ」

「そんなに偉いなら、こんなとこをこそこそ進むんじゃなくて、大手を振って表通りを歩きなさいよっ! あーもう、なんかヘンなの踏んだっ! …………げぇーーっ! すごい汚臭がするんだけど……。ちょっと、どうしてくれんのよっ! これって、あんたの責任よっ!」

 春奈の足が『ぬちょ』という粘着質のいやな音を立てた。

 なにを踏んだか定かではないが、ロクなものではないことはたしかだ。

「ホントだ。すっげー臭い。おまえって、鼻が曲がるような体臭がするんだな。ああ、当然のことだけど、俺には近寄るなよ。妹に会ったときに、俺の体から汚物の香りが漂っていたら、嫌われちゃうからな。……これでおまえも晴れて二つ名を獲得したな。よろしく頼むぜ、汚物女」

 微塵の名誉も感じられないひどい言いようだ。

「ひとを産業廃棄物のような名前で呼ぶなっ! 汚らわしいっ! あんたっていったいどういう神経しているのよ。後ろを歩いているのはね、繊細な心をして、路傍に咲いている一輪の花に心躍らせてしまうような、純粋な心を持った純情女子高生なのよっ!」

「かわった解釈だな……。俺に言わせれば、頼んでもないのに俺の妹の安全を確認しようとして、自分は安全に脱出する機会を逃すという愚行を現在進行形でしていて、しかも、汚臭を漂わせた風変わりなクライアントなんだけど……」

 やっとのおもいで狭い裏通りを抜けると、今度出た場所は……ゴミ捨て場だった。

 またこいつの愚痴を聞くことになりそうだなと思いながら、ソージは周辺を警戒する。そこは立ち並ぶ高層ビル群のすき間にぽつんとできたような場所で、少しばかりひらけ過ぎている。見通しがいいということは、《化身》からも発見しやすいということだ。

「待ってろ、汚物女」

 ソージは軽口をとばしながらも、しっかりと警戒する。

 いまだに狭い裏道でまたされている春奈は、その指示に我慢ならなかったようで、無視しながら、それでいてどこか恐る恐る後ろをついてくる。

「ソージ」

「なんだよ?」

「これもってきたんだけど……。今度ヘンなこと言ったら、あんたの頭をふきとばしてやるわよっ!」

 彼女の手に握られていたのは、自動拳銃であるオートマグⅢだ。どうやら先程の問題発言が、余程お気に召さないらしい。

「うわーー……。ついに窃盗の現行犯まで働きやがったよ、こいつ」

「虚幻世界のモノを盗んだりしても、犯罪にならないっていうのは確認済みよ。残念だったわね。……そういえば、あんたも《化身》を倒したりするんじゃなくて、紙幣を盗んで現実世界に帰ればいいじゃないの。そうすれば、奈々ちゃんとリッチな暮らしが送れるんじゃないの?」

「あほか。紙幣は製造番号が記載されているから、ヘタしなくても警察に捕まっておじゃんだ。それに加えて、政府は非公式に虚幻世界から持ち込まれた産物を取り締まったりすることがあるんだ。だからおまえの確認したのは、政府のプロパガンダ。素人の判断でなにかやらかしたりなんかするなよ」

「へえー。そういうことがあるんだ。……でも、これは大丈夫なのよね」

 法律・倫理上の観点からすれば、女子高生が街中で自動拳銃を持っていることは大問題なのだが……。

「まあな。どうせマスターも気にはしないだろうし。……でも俺としては、おまえがこれで味を占めないか不安だよ。現実世界でやったら犯罪者だからな」

「そんなこと、わかってるわよ」

 自動拳銃をその手に握りしめた春奈が、ソージについでゴミ捨て場に足を踏み入れようとしたとき、冷静な声が響いた。

「待て!」

 彼女の足は、その一言でピタッととまった。

 虚言世界で『待て!』と指示を出すときは、彼女の知識ではひとつしか思い当たらない。春奈は一度止めた足を、忍び足の要領で音をたてないようにしてソージに近づいた。そしてその視線の先にあるものを見て、彼女の暗闇をびた瞳がやけに鈍い輝きを発した。

「あれが……《化身》!?」

 それは生まれて初めて目にする、人類の捕食者の姿だった。

 彼女が視界にとらえたのは、《グレムリン》と呼ばれる小型の《化身》だ。

浅黒い褐色の肌で小学生くらいの小柄な容姿。人型を模した姿をしているが、切れ味の鋭そうな爪と牙を有している。もし人間が刺されでもしたら、容易く深手を負ってしまうことだろう。

そしてそのとなりには、血まみれに倒れたまま動かなくなっている、スーツを着た男性の姿もあった。おそらく犠牲者だろう。

彼女はその遺体に目にしたとき、一瞬だけ呼吸が詰まった。悲鳴を上げようとする咽喉のどの働きを、唇を噛みしめて必死に我慢する。グレムリンはこちらへ気づいていない。いまは絶好の復讐の機会だ。

彼女は無自覚に《グレムリン》へと銃口を向けた。

ソージが小声でなにかを囁き咎めているようだったが、それは耳に入らなかった。

やつを殺せ――それが彼女の心の意志だ。

《化身》を殺すことが、あたしに至高の幸福をもたらす。

死んだ友人の敵を討つことが、ここにいる目的だ。

 魂の根底からの叫びが、あたしが復讐者となることを望んでいる

正義の鉄槌を下すことを、望んでいるのだ。

 やつの醜い姿を見ろ。まるで人類の敵そのものではないか。

 殺せ、殺せ、殺せ――

 春奈はソージの制止の声に耳を傾けず、ただ感情の赴くままに照準をつけ、その暗闇の瞳をより深淵なる闇に染めながら、引き金を絞った。


「……友達の……かたき――っ!」


 銃声が路地裏に轟く。銃弾を受けた《グレムリン》はその場に伏した。

 死んだの……?

 あっけない。なんとあっけない敵なのだろう。

 こんな取るに足りないザコに、あたしは運命の歯車を狂わされたのか。

 足りない。これでは、殺し足りない。

 あたしが求めているのは、もっと血みどろの残忍な殺し合いなのだ。

 生まれてきたことを後悔させるように、やつらを駆逐し、蹂躙し、死を撒き散らす。

 それなのに……。この程度じゃ、なにも満たされない。

 森崎春奈の心は血に飢えていた。そしてそれを欲していた。

「お、おい……っ!」

 いまだ硝煙を上げている拳銃を構えたまま動けずにいた春奈を溶かしたのは、ソージの切迫した声だった。

「気づかれた……っ! 逃げるぞっ!」

「……逃げる? どうしてよ。ちゃんと当たったじゃない」

 狂気に取りつかれた彼女は、どこか増長しているようだった。

 彼はそのことに気づいて思うところもあったが、顔には出さなかった。

「……そいつが単体なら問題ないんだけどな」

 それに応えるようにして、《グレムリン》の群れが姿を現した。

 二体三体どころではない。少なく見積もっても三○体以上はいるだろう。それらが血の滴ったような赤い瞳をぎらつかせながら、こちらへむかってくる。春奈はそれにむかって数発の拳銃弾を放ったが、焼け石に水だった。物量が違い過ぎる。

 そんな彼女の頬に不意に痛みが奔った。ソージが平手打ちしてきたのだ。うっすらと心が戻り始めた春奈の手を彼は精一杯引っ張った。痛い。そんなに引っ張らないでよ。ただ単に復讐相手が向こうからやってきてくれただけのじゃないの。もはや春奈は茫然自失のていであり、周りがまるで見えていなかった。

「ビルの中に隠れるぞ。なるべく高い所に逃げるべきだ」

 ソージは裏口のドアを蹴破って、彼女を建物の中へと押し込んだ。そしてすぐ後ろに肉薄していた《グレムリン》の群れに向かって、右手をひと薙ぎする。かまいたちが群れごとグレムリンを引き裂く。像がずれたかのように崩れ落ちる肉片。深紅色の体液が散乱する。一撃で数十体の《グレムリン》の息の根を断ちきった。

路地裏の狭く細い通路に、やつらに逃げ場はない。その条件も計算済みだ。だが、数の劣勢だけはどうしようもない。ソージはビルの中へ駆け込む。またすぐ敵が押し寄せてくるだろう。虚ろな春奈を連れて、彼は発見されにくい高所へと避難した。


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