第一章 争奪戦(9)
森崎春奈が自宅に帰宅したとき、そこには誰の姿も見あたらなかった。
部屋に入り、手探りで明かりを灯りをつける。八畳ほどのリビングに、ロフト付きのアパートのようだ。一人暮らしを始めてからもう三年になるが、無人の自宅に帰宅することはいつになっても慣れることはない。
部屋の中は年相応といったところだろうか。お洒落な衣服・小物入れや、女性用のファッション誌、僅かばかりの化粧品に、勉強道具などが散乱している。その中に、医学書の類も見られたのは、彼女の両親の遺品だろう。
彼女の両親も、友達と同様、モノリス・ハザードに遭遇し、それっきり行方不明となっている。彼女が生まれてはじめて襲われたハザードで両親は帰らぬ人となった。ハザードによる犠牲者は、しばらくの間戸籍上は行方不明と扱われてしまうためか、彼女が両親の死を受け入れるまでにはそれなりの時間を要した。
彼女の両親は夫婦揃って街の開業医を営んでおり、蓄えはかなりのものがあった。だが、そんなものどうでもよかった。お金などなくても、両親が生きてくれてさえいれば、それでよかったのに……。
ひとりで生きることになってから、春奈は二度ほど転校を繰り返すことになる。中学三年と、高校一年のときだ。どちらもモノリス・ハザードに苛まれて、仲のいい友達を少なからず無くしてしまった。
ふと彼女は戸棚の上に立てかけてある写真立てに目をやった。それは中学二年生の頃、京都での修学旅行の写真だった。そこに一緒にピースサインをしながら映っている友達は、もういない。行方不明になってしまっている。
両親だけなら、まだ我慢できたのだ。
最初の一回目だけなら、時間はかかったが、そういうものなのだと割り切ることが出来た。しかし、二回目・三回目は話が別だ。こんなこと、そう何度も割り切れるものではない。
森崎春奈は制服を着替えることなく、ベットに横になった。これでやっと敵討ちすることができる。きっと――いや、必ずモノリスはここ数日の間に現れる。やつらは必ず来る。これは絶対確実なのだ。あたしの勘に間違いはないのだから……。
そんなことを考えていると、心が安らいでくる。友達でもいれば慰めてくれるかもしれないが、それは無理だ。高校二年になってから転校した船渡高校では友達がいない。つくらないと決めたのだ。……もう失うのは嫌だから。
復讐をイメージすること――現実からかけ離れた妄想をすることが――彼女にとっての唯一の救いであった。