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撃滅師物語  作者: ぺぺぺぺぺ
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エピローグ

   プロローグ


 登校したての生徒たちがせわしなくお喋りを始める教室の中で、ソージと春奈は銃火器の特集が組まれた、非合法の通販カタログに目を通していた。春奈がそのうちのひとつをゆび指す。

「ソージ、これは?」

「ダメだな。……おまえの手には大きすぎる。っていうか、拳銃でいいのか。そっちの方にイタリア製の高性能サブマシンガンとか、お手頃な価格であるぞ」

「初心者なんだから、どれがいいか、わかるわけないでしょ」

「……それもそうだな」

 ソージは腕を組んで、目を瞑りながら考え始めた。

 春奈は銃器の特徴を知らない。たとえば複数で襲いかかる敵に対して、ハンドガンよりもマシンガンが有効であるとか、九ミリのパラベラム弾が一発当たり五○セントで売られていることなども、まるっきり知らないのだ。

 そんな彼女に、どんな火器を携行させるべきなのか。いや。そもそも彼女は、撃滅師バスタードを志すべきなのだろうか。ここで彼女を諫めるべきなのではないか。ソージは思案に暮れる。

 そんなとき、彼らと同じく非合法のカタログ持参で声をかける者がいた。

「なら、これはどうだ! 歩兵用の携行ミサイルだ。威力・命中率ともに申し分ない。持ち運びが少々ネックだが、訓練次第でどうにかなるだろう。わたしと共同購入することで経費削減をすることもできる」

 わずかな沈黙を打ち破ったのは、碧髪碧眼の少女だった。彼女は最近になって興味を持たざるを得なくなった経費削減に対して、奮闘の真っただ中にあった。

 ソージがどこかなげやりに言う。

「持ち運びはどうともならねーよ、時雨しぐれ。……春奈のことを思うなら、強襲汎用装甲服の一着でも横流ししてやれ」

「出来るわけないだろう。あれは国家機密だ。そんなことをしたら、間違いなくわたしのクビがとぶ」

 時雨という少女は咎められて気難しげに唸った。

 その間隙を縫うようにして、また乱入者が訪れる。今度は頭にお団子をひとつ結わえたポニーテールの少女――神宮司凛だった。

「なら、あたしの出番ね。春奈ならすこし修業すれば、魔力を扱うことが出来ると思うわ。これからはあたしと一緒に、祓魔師ふつましとして活躍しない?」

「いや……。あたしは魔力ないから……ムリ」

 丁重にお断りする春奈。

 せっかくのオファーだが、こればっかりはどうしようもない。

 魔力か。あたしも魔力を使えれば、そこそこやっていけるかもしれないんだけどな。春奈は手のひらを見つめながら、魔力が使えるかどうか、念じてみたが徒労に終わった。そもそも魔力ってどんなものかよくわからない。ふつうの人でも、目で見ることが出来るんだろうか。

春奈がどこか誤った考えに捉われていると、ソージが口を開く、

「そんなことよりもおまえら、今日はうちの可愛い妹のお誕生日会なんだぞ。来たいやつを断る理由はないが、奈々が喜ぶプレゼントじゃないやつは帰ってもらうからな」

 そうだった。

今日はいままで延期になっていたソージの妹の誕生日会なのだ。

 誕生日プレゼントは……まだ用意していない。春奈はなにをプレゼントしたらいいか思索する。その子はまだ中学生だが、それでも思春期真っ盛りの年頃の乙女だ。それになにより、ソージの妹とは思えないくらい、かわいげがある。自分としては、すこし大人びたプレゼント贈りたいものだ。

「ちなみにあんたは、なにを送るのよ?」

 まずは、このロクでなしの兄さんがなにを送るか確認しておかなければ……。そう思った春奈は、ソージのプレゼントを訊き出そうとする。ソージの妹に対する心遣い・気配りはホンモノだ――ホンモノのシスターコンプレックスだ。

「最近、あいつにつきまとう生意気な中房ちゅうぼうがいるからな。どうにかして処理しないといけない……。そう考えて俺は、ラージサイズのいぬのヌイグルミと抱き合わせて、痴漢撃退用のスプレーをプレゼントしようと思ったんだが、どう思う?」

「……サイアクね」

 いぬのヌイグルミなら、間違いなくソージの妹――奈々ちゃんは喜ぶだろう。天使のような優しい笑顔をふりまくことこの上なしだ。だが、そのイヌが痴漢撃退用のスプレーを咥えていたなどしたら、奈々ちゃんは首を傾げるに違いない。

 春奈の否定的なコメントを受けて、なぜか時雨が驚いた顔をみせた。

「まさか、時雨も考えてたの?」

「い、いや……そんなことはないぞ。わ、わたしは……、そ、そうだっ! わたしはソージ妹にスミス&ウエッソンのM29でもプレゼントしよう。最強の拳銃として名高いあれならば、いつ痴漢に襲われても安全だからな。四四口径のマグナム弾でどんな痴漢も一撃で撃退させることができる」

「………………」

 ゆっくりと肩をすくめた春奈は、内心でおおきなため息をつく。

時雨もソージと同様に、いっぱいお世話になったけど……。こればっかりはどうしようもない。彼女の悪癖だ。戦いに身を置くことに慣れ過ぎてしまっているせいか、どうしても日常生活の適応力が欠如している。それでも、ここに至るまでの道のりで世話になったのだから、どうにかして傷つけないようにいい方向へ導かなければならなかった。

時雨がずれていることは、ここにいる誰もが承知のことだった。しかし、それを好機とみなすのが、ここにいる春奈を除いた全員だった。

凛がここぞとばかり声を張り上げる。

「なら、あたしは誕生日ケーキを用意させてもらうわ。これでも料理には自信があるのよ」

 時雨は明らかに失策だ。

拳銃などでは、女子中学生の心を掴むことは出来ないとしったうえで、それを修正しようとはしない。凛はライバルが一人減ったと内心で小躍りしていることだろう。

「……なあ、凛。みんなが食べるものだから、毒とか入れるのは禁止だぞ」

 ソージが凛に探りを入れる。

 彼女はひどく心外そうな顔をしながら、

「し、しつれいねっ! ……そんなもの、少ししか入れないわよ」

(……い、いれるんだっ!)

 察しがついてしまった春奈が表情を歪める。

 凛はどうやら気づかれしまったと判断したらしく、

「幻覚作用をすこしだけもたらすキノコを使用するつもりよ。惚れ薬みたいなもんね。そして、奈々ちゃんのハートを鷲摑みに――」

 と自供を始めた。すかさずソージが、

「うちの妹のハートの手綱は、ずっと俺が握っているんだ。誰にも譲らないぞ」

 とシスコン発言をする。

 大袈裟に首をすくめてみせた凛は、調子を取り戻し尋ねる。

「春奈はどうするの?」

「うーん……。あたしはね……そうだな。やっぱり、年頃の女の子の喜びそうなものだから、お洒落なネックレスとかかな。ほかにもビジュアルを意識した腕時計とかも捨てがたいんだけど……」

 春奈が自信なさげに発言すると、周りから驚嘆の声が上がった。

 あたしがなにも言わなかったら、みんな、一体なにを贈るつもりだったんだろう。春奈は小首を傾げた。このメンバーの中で、比較的まともなプレゼントが出来そうな人は……自分以外は見当がつかなかった。

「わ、わたしは……。やっぱり変更だ。……その腕時計とやらにする」

 時雨が慌ただしく贈り物を変更する。

「断っておくけど、Gショックとか、サバイバルウォッチじゃダメだからね」

「……そ、そうなのかっ!」

(やっぱり……。こんなことだろうと思った)

 春奈は額に手をやり、がっくりとうなだれる。そのあとすぐに、むくりと頭を起き上がらせて、

「わかったわ……。今日の放課後、あたしがプレゼント選びに付き合ってあげる」

 と、フォローすることを決意する。

「感謝するっ!」

 間をおかずに、ややほころんだ表情を洩らしている時雨をみたら、春奈はいいことをしていると元気が湧いてきた。

「じゃあ、あたしは巫女さんのコスプレにするわね」

 凛が流れを読めているのか、読めていないのか、判断が曖昧な発言をした。

「……それって空気読んで、変更したの!?」

 いささか戸惑いの表情を見せる春奈。そこにソージが口を挟んだ。

「いや……。俺もそれは悪くないと思う。うちの妹に似合わない衣装なんてないからな」

「オッケー。じゃあ、あたしはそれで決まりね」

 という流れで、巫女さんコスプレが許可されてしまった。

「ホントにいいの? ソージ」

「ああ。奈々のかわいいコスプレ姿を観ることが出来る絶好の機会だ。お兄ちゃんとしては認めざるを得まい。ふっふっふっ……ふーふふふふっ――」

 大きく肩をすくめたあと、春奈はがっくりとうなだれた。

 そうだ。やっぱり、この男はロリコン野郎だ。どうしようもないヘンタイだ。でも……あたしより強いし、危険なときに幾度となくお世話になった。

気を取り直した春奈はどこか羨ましそうな、それでいてどこか憎たらしそうな人間を観る目で、ソージを眺めた。その視線に気づいたソージが彼女の方を振り向く、

「それと……。おまえは本気で撃滅師を目指すのか?」

 彼は真剣味を帯びた声で春奈に告げた。

 どうやら贈り物の話題は、一旦中断のようだ。

まあ……、いいわ。贈り物なら放課後まで考えておけば、なにも問題はない。それよりも、この話の方がいまは重要だ。こっちの話題はあたしの人生や、将来に関わる大事な話だから。

「……うん。何度も考えたんだけど……」

 とある事件以来考え続けてきた一件だが、いざ覚悟を問われると、どこか不安になってしまう。あたしもこの人たちのように、何かを守ることが出来るだろうか。

「あたしもみんなと一緒に戦いたい」

 それでも春奈ははっきりとそう口にする。

 なぜかわからないが、ココロの奥底から込み上げてくる感情が、彼女の決断を後押しするのだ。その感情がどんなものであるのか、いまの彼女にはわからない。

 ソージが真顔になる。

「だけど、正直キツいぞ……。この前みたく、みんな仲良く戦うことなんて滅多にないんだからな。それぞれの思惑ってやつがあるから、命懸けの争奪戦が勃発することだってあるんだぞ。それに敵はなにも〈モノリスの化身〉だけとは限らないぞ」

 流石に経験豊富なベテランのだけのことはある。自分と違って、もっといろいろな体験をしているのだろう。……それにしても、このまえは本当にみんな仲良く戦っていただろうか。もしかして、あれでも仲がいい方なのか?

「……でも。あたしってほら――」

 そう言いかけて、春奈は口をつぐんだ。

 あまり口にしたくない想い出だ。胸の奥に楔のように打ち込まれたそれは、まだ自分の中にわだかまりとなって少しだけ残っている。もはや残滓となっているので、完全に溶け出すのも時間の問題だが、それがどれだけ時間を要するのかは定かではない。

 春奈の異変に気付いたソージが、さりげなく告げる。

「あの噂ならなにも問題ないだろ。根も葉もない風評であることが証明されたんだから」

「……そうじゃないの」

 ソージにフォローされても、春奈の心の中は冴えない。

 むしろ気を遣われたからこそ、彼女の心の内でもやもやが濃くなっていく。

 またみんなに助けられてしまっている。あのときは足を引っ張ることしかできていなかった。それでも、みんなは暖かく接してくれていた。それはこのシスコンにしてもそうだ。あたしは、お荷物でしかなかったのに……。結局最後は――

 春奈はあの過ぎ去りし日々に思いを巡らしながら、

「あのときは……。いっつもいっつも、みんなに助けてもらってた」

「べつに誰も恩着せたりはしないぞ」

 ソージは知らん顔をして言う。

 それでも春奈は、

「ちがう……。今度はあたしが誰かを助けたいのよ。どこかの誰かを助けるために、あたしは撃滅師になりたいの。あのときだって、みんな、なんだかんだ理由をつけて助けてくれたでしょ。そういうのが、ものすごくうれしかった。だから、わたしもそんな人になれたらいいな、って思ったの」

 どこかの誰か――自分と似たような境遇の人を救うためにチカラがほしかった。

そのチカラは、決して驕ることなく、紛うことなき誰かを守るためのもの。絶望の地獄の中で繰り広げられたあの死闘の中で、艱難辛苦を伴いながらも、誰かを救うことが出来た勇気あるチカラ――

 友情といえば、それまでかもしれない。

けど、そんな高尚こうしょうなものではない気がする。

 あのときはまだみんなとは、本当の意味では、友達ですらなかった。

 そしてみんなは、ただ自分の目的のために戦ったと口にする。

 けど、それもなにかが違う。

 次に戦いの嵐に巻き込まれたときは、その答えがわかるような気がした。


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