夫婦同然の円満な二人 〜浮気なんてないはずよね?〜
ハッピーエンドなので心配しないで下さい!!!!
書きながらホッコリしていました( ◜ω◝ )
朝、窓から差し込む光でアリスは目を覚ました。
以前なら、決まった時間になると侍女がカーテンを開けに来ていた。着替えも、髪を整えるのも、一人でやることはほとんどなかった。けれど今は違う。アリスは自分で身体を起こし、自分で窓を開ける。
春先の柔らかな風が部屋へ流れ込んできた。
「……いい天気」
小さく呟きながら部屋を見回す。公爵家の屋敷に比べれば、この部屋はずっと狭い。天井も高くないし、豪奢な調度品もない。けれどアリスは、この部屋が好きだった。自分の手が届く場所に生活がある。それが、不思議なくらい落ち着くのだ。
隣を見ると、エドワードがまだ眠っていた。アリスの髪に手を乗せたまま静かな寝息を立てている。
婚約してから数年が経っていた。本来なら、正式に婚姻を結ぶ前に同じ家で暮らすべきではない。だがウェールズ家を出たアリスに戻る場所はなく、ロイド家も「今さら形式を気にしても仕方ない」と受け入れてくれた。その結果、こうしてエドワードとの生活が始まっている。
最初の頃は緊張でまともに眠れなかった。朝になれば好きな人の顔が見えて、食事を共にして、「いってらっしゃい」と「おかえり」を交わして、夜には同じ家で「おやすみ」を言う。そんな当たり前の生活が、自分にも訪れるのだと、なかなか実感が湧かなかった。
アリスはそっとベッドを抜け出すと、髪を簡単にまとめて台所へ向かった。
ロイド家の朝は早い。パン屋の店を開ける準備があるため、皆かなり早く起きる。最初はその生活に合わせるだけで精一杯だったが、最近は少し慣れてきた。
台所へ立ち、昨日の残りのスープを温める。パンを切り、卵を焼く。
最初は散々だった。火加減が分からず卵は黒く焦げ、スープは吹きこぼれ、鍋を駄目にしかけたこともある。そのたびに落ち込むアリスへ、エドワードは呆れるでもなく言った。
「アリスが無茶して作らなくて良いよ。僕も手伝うから」
「ありがとう!でも私も作ってみたいのよ」
アリスがぱっと顔を上げて言うと、エドワードは少しだけ目を瞬かせ、それから笑った。
「君がそう言うなら……一緒に作ろうか」
「うん!」
途端に機嫌が良くなったアリスは、勢いよく木べらを握る。
以前なら考えられない姿だった。
公爵家では、台所へ立つことなどほとんどない。料理人が作ったものを食べ、侍女が紅茶を淹れ、使用人がすべて整えてくれる。
だからアリスは、最初まともに卵すら割れなかった。力加減が分からず握り潰したこともあるし、殻が丸ごと入ったこともある。
けれど今は、少なくとも“食べられるもの”は作れるようになっていた。
「ねえエドワード、見て。今日は綺麗に焼けてるわ!」
「本当だ。上手くなったね」
「でしょう?」
褒められるとすぐ嬉しくなる。アリスはにこにこしながら鍋をかき混ぜた。
こういう時間が好きだった。
豪華な食事ではないし、格式ある晩餐でもない。ただ二人で台所へ立って、朝ごはんを作っているだけ。
それなのに、とても楽しい。
「私、最初は不安だったの」
ふと、アリスが呟く。
「ちゃんとできるかしらって。普通の暮らしなんて何も知らなかったし、迷惑かけるんじゃないかって」
洗濯の仕方も知らない。
掃除の順番も分からない。
買い物ひとつ、自分でしたことがなかった。
公爵令嬢として生きてきたアリスにとって、“普通の暮らし”は未知のものだったのだ。
「でも今は、毎日すごく楽しいわ」
アリスは笑う。
「失敗しても、次は上手くやろうって思えるの。昔は失敗するのが怖かったのに」
エドワードは静かにアリスの話を聞いていた。
無理に励ましたり、大げさなことを言ったりはしない。ただ自然に隣へ立って、同じ鍋を覗き込む。
その距離感が、アリスには心地よかった。
その距離感が、アリスには心地よかった。
「ねえ、エドワード」
「ん?」
「私、あなたと婚約できて本当に良かった」
アリスが真っ直ぐそう言うと、エドワードは少しだけ照れたように目を逸らした。
窓の外から朝の光が差し込む。小さな台所にはスープの匂いと焼きたてのパンの香りが広がっていた。
きっと夫婦円満の秘訣というのは、こういうことなのだろう。
特別な何かではなくて、一緒に笑えて、一緒に暮らして、“また明日もこうしていたい”と思えること。
アリスはそんな当たり前の幸せを、今日も大事そうに胸へ抱えていた。
◇
アリスには気の知れた友人がいた。
公爵令嬢のセシリア・リンドベル。
侯爵家の令嬢、リーザロッテ・ヴァルナー。
快活で思ったことをすぐ口にするセシル・ハインズ。
そして親友のエレノア・フェルト。
四人とは、まだアリスがウェールズ家にいた頃からの付き合いだった。
身分も立場も性格もばらばらだったが、今でも週に一度ほど王都へ集まって、お茶を楽しむ仲になっていた。
いつもなら茶会は王都の喫茶店で開かれるのだが、今日は、エドワードの許可を得て四人を家へ呼ぶ事にした。
それはアリスが皆に披露したい事と相談したい事があったからだ。
披露したい事――それは、自分の料理の出来だった。
エドワードと一緒に台所へ立つうちに、少しずつできる事が増えていった。今日はその成果を、どうしても皆に見せたかったのだ。
やがて、家の前に見慣れた四人の姿が見えた。
「あっ、来た!」
アリスはぱっと表情を明るくし、そのまま玄関へ駆けていく。扉を開けた瞬間、最初に前へ出てきたのはエレノアだった。
「アリス〜」
柔らかく笑ったかと思うと、そのままぎゅっと抱きしめられる。
「わっ」
「元気にしてた?」
アリスは少し驚いた後、すぐ嬉しそうに笑う。
「うん!元気よ!」
「良かったぁ……」
エレノアは安心したように頬を緩めた。
その後ろで、セシルが家を見回しながら口を開いた。
「珍しいわね、アリス。貴方の家で開くなんていつぶりかしら?」
「……確かに」
アリスは少し照れくさそうに笑った。
公爵家にいた頃、自室へ友人を招くことはあっても、“家へ呼ぶ”という感覚はほとんど無かった。あの屋敷は、自分の家というより“ウェールズ公爵家”そのものだったからだ。
けれど今は違う。ここは、自分とエドワードが暮らしている場所だった。
「今日は皆に見て欲しいものがあるの!」
アリスがぱっと顔を輝かせて言うと、リーザロッテが勢いよく身を乗り出した。
「という事は、今日は特別なお茶会なんですの!?」
「そうよ!今持ってくるからちょっと待っててね!」
そう言い残すと、アリスはぱたぱたと台所へ駆けていった。
残された四人は顔を見合わせる。
最初にくすっと笑ったのはエレノアだった。
「アリスったら最近ずっとあの調子よね」
するとセシリアも小さく肩をすくめる。
「でも何か良いですよね。エドワードさんと良好な関係を築いていらっしゃるみたいだし」
「そうよねぇ、早く結婚しないかしら?」
セシルが頬杖をつきながら言う。
リーザロッテもぱっと顔を輝かせた。
「分かりますわ!もう完全に新婚夫婦みたいなんですもの!」
四人の間に、自然と笑いが広がる。
アリスがエドワードと出会った頃のことを、皆覚えていた。
最初は全員が戸惑っていたのだ。
公爵令嬢として生きてきたアリスが、本気で平民の男性へ恋をしている。
それは貴族社会では決して簡単な話ではなかった。けれど、今のアリスを見れば分かる。あれが間違いではなかったことくらい。今日ですらも皆が分かってしまう程に朝からずっと浮かれていた。
そんな姿を見られるようになったのは、きっとエドワードのおかげなのだろう。
「お待たせ〜」
明るい声と共に、アリスが戻ってくる。
両手には大きな皿が抱えられていた。
「ちょ、ちょっと重かったわ……!」
そう言いながらも、表情はどこか得意げだ。
テーブルへ次々と並べられていくのは、昼食用の料理だった。
焼きたてのパンに温かなスープ。彩りよく盛り付けられたサラダ、そして香ばしい匂いのするキッシュ。
どれもアリスの手作りだった。
リーザロッテがぱちぱちと瞬きをする。
「……えっ」
セシルも思わず身を乗り出した。
「これ、本当にアリスが作ったの?」
「そうよ!」
アリスは誇らしげに胸を張る。
その反応が欲しくてたまらなかったのだろう。
「今日は自信作なの!」
その声は弾んでいた。
エレノアが驚いたように目を丸くする。
アリスは嬉しそうに何度も頷いた。
「そうなのよ!最近エドに料理を教えて貰っていて、簡単な物は作れるようになったのよ?」
その言葉に、リーザロッテが感動したように両手を合わせる。
「まあ……!何て素敵なの……!」
「そんな〜大袈裟よ〜」
そう言いながらも、アリスはどこか照れくさそうだった。
セシルは改めて料理を見回す。
少なくとも、昔の“炭を量産していたアリス”とは別人だった。
「……普通に美味そうなんだけど」
「でしょう!」
褒められた瞬間、アリスの表情がぱっと明るくなる。
その様子を見て、セシリアがくすりと笑った。
「そう言えば、エドワードさんは……?」
「エドは、今日は外出中よ。用事があるみたいで夕方に帰ってくるらしいわ」
アリスはそう答えながら席へ座る。
どこか自然に“エド”と呼んだことに、四人はちらりと顔を見合わせた。
――これは、もう結婚も近いのではないか。
「ほら、冷める前に食べて!」
アリスは嬉しそうに皿を勧める。
四人は顔を見合わせながら、それぞれ料理へ手を伸ばした。
最初にスープを口にしたリーザロッテが、ぱっと目を輝かせる。
「美味しいですわ!」
「本当!?」
アリスが勢いよく身を乗り出した。
続いてセシルがキッシュを一口食べる。
「……あ、普通に美味い」
「普通にって何よ!」
「ごめんごめん、アリスがここまで上手とは思わなくて」
セシリアもパンをちぎりながら小さく笑う。
「でも、本当に上達したわね。ちゃんと料理になってるもの」
「前は“挑戦的な味”だったよね……」
すると、リーザロッテが感心したように言う。
「でも、エドワードさん凄いですわね。ここまでアリスを育てるなんて」
「私、人みたいに言われてない?」
「実際かなり成長してると思う」
セシルが頷いた。
アリスは少し得意げに胸を張る。
「最近は朝食なら一人でも作れるのよ?」
「へえ?」
「まあ、まだエドが隣にいること多いけど」
その言い方があまりにも自然で、セシリアがくすっと笑った。
アリスはそんな反応に気づかないまま、少し迷うように視線を落とす。
そして、スープ皿を見つめながらぽつりと言った。
「……ねえ、皆」
「ん?」
「実は今日、相談したいことがあったの」
その瞬間、四人の視線が一斉にアリスへ集まる。アリスは少し言いづらそうに視線を泳がせた。
さっきまであれだけ嬉しそうにしていたのに、今はどこか落ち着かない様子だ。
「……結婚式のこと、じゃないの?」
エレノアが首を傾げる。アリスは小さく首を振った。
「ま、まさか!まだ早いわよ!その前に、ちょっと聞いてほしいことがあって」
その言い方に、セシリアがふっと表情を変える。いつもの軽い雑談ではないと察したのだろう。
「何かあったの?」
アリスは少し迷ってから、ぽつりと言った。「……最近、エドの様子がおかしいの」
リーザロッテがぱちぱちと瞬きをした。
「おかしい……?」
「うん」
アリスはスプーンを持ったまま、小さく頷く。
「何て言えばいいのか分からないんだけど、最近ちょっと帰りが遅い日が増えてて……」
「仕事じゃなくて?」
セシルが聞く。
「それならいいんだけど……何か、変なの」
アリスは眉を下げた。
「この前なんて、帰ってきた時に、すごく良い香りがしたのよ」
「香り?」
「うん。花みたいな香水の匂い」
その瞬間、リーザロッテが息を呑む。
セシルは片眉を上げ、セシリアは静かに紅茶へ口をつけた。
「……それは確かに気になるわね」
セシリアがゆっくり言う。
アリスは慌てて続けた。
「でも! 別に決まったわけじゃないのよ!? ただ、何となく気になってるだけで……!」
「アリス」
エレノアが優しく声をかける。
「貴方、もしかして不安なの?」
その言葉に、アリスは少しだけ黙った。そして小さく俯く。
「……浮気、とか」
口にした瞬間、自分でも傷ついたような顔をした。
「考えたくないんだけど……ちょっとだけ、そうだったらどうしようって思っちゃって」
アリスの声は、最後の方になるほど小さくなっていた。
自分で言っておきながら、そんなはずないと否定したいのだろう。
エドワードがそんなことをする人ではないと、一番分かっているのはアリス自身なのだから。けれど、一度浮かんでしまった不安は簡単には消えない。
すると、静かに紅茶を置いたセシリアが口を開いた。
「アリス、そういう時こそ、私に任せて」
「え?」
アリスが顔を上げる。
セシリアはどこか自信ありげに微笑んだ。
「私、花や香水は詳しいんだから!この時期に使われる花系の香水なら、ある程度絞れると思うわ。それに香料や花の組み合わせで、その人が何をしていたかなんて分かるものよ」
さらりと言い切るセシリアに、アリスがぱちぱちと瞬きをする。
「分かるの……?」
「ええ」
セシリアは当然のように頷いた。
「例えば薔薇系でも、夜会向けの濃い香りと、普段使いの軽い香りは全然違うもの。花屋へ寄っただけなのか、香水店へ行ったのかでも変わるし」
「怖っ」
セシルが思わず呟く。
リーザロッテも少し引き気味だった。
「香りだけでそこまで分かるんですの……?」
「分かるわよ。むしろ、香りって結構誤魔化せないの。言葉より正直だったりするし」
アリスは思わず自分の袖口を嗅いだ。
そこには焼き菓子と紅茶の匂いしかしない。
「じゃ、じゃあ……エドのも分かるの?」
「条件次第ね」
セシリアは少し考えるように目を細めた。
「どんな香りだったか、もう少し詳しく思い出せる?」
アリスは困ったように眉を下げた。
「うぅ……説明しようとしても難しいのよね」
甘い香りだったのは覚えている。けれど、どんな花だったのかまでは分からない。
アリスは普段そこまで香水へ詳しくないのだ。
しばらく悩んだ後、ふと思いついたように顔を上げた。
「……エドの服、持ってきても良い?」
「まあ、現物があるならその方が早いわね」
「本当!?じゃあ持ってくる!」
そう言うなり、勢いよく立ち上がる。
ぱたぱたと二階へ駆け上がっていく足音を聞きながら、残された四人は顔を見合わせた。
「……何か大事になってきましたわね」
リーザロッテが小声で呟く。セシルは頬杖をつきながら、二階の方へ視線を向けた。
「まあ、アリスがあそこまで気にするって珍しいわね」
「普段なら、“考えすぎかも”って自分で終わらせるのにね」
エレノアも少し心配そうだった。
その間にも、二階ではばたばたと慌ただしい音が続いている。
引き出しを開ける音、何かを落としたような音。そして「あっ、これじゃないわ!」というアリスの声。
やがて、再び足音が近づいてくる。
「持ってきたわ!」
アリスが少し息を切らしながら戻ってきた。
手にはエドワードの上着が一着抱えられている。
「これ!この日に着てたやつ!」
そう言いながら、アリスは上着をセシリアの前へ差し出した。
服を近づけなくても分かるほど、甘い花の香りが残っていた。
部屋の空気へふわりと溶けるような、柔らかな匂いだ。
リーザロッテが目を丸くする。
「わ、本当にお花の香りがしますわ……!」
「結構しっかり残ってる」
セシルも驚いたように呟く。
セシリアは静かに椅子から立ち上がると、アリスの手から上着を受け取った。
そして目を閉じるようにして、ゆっくり香りを確かめる。
その姿は、まるで鑑定士だった。
しばらくしてから、セシリアが静かに口を開く。
「……ジャスミン。それと薔薇。少しだけ柑橘も混じってるわね」
アリスがぱちぱちと瞬きをする。
「わ、分かるの……?」
「ええ」
セシリアは上着を軽く持ち上げながら続けた。
「でも、これは香水っていうより花の移り香ね」
「移り香?」
「花屋とか、花を扱う場所に長くいた時につく匂いよ」
その言葉に、アリスがきょとんとする。
セシリアはさらに上着の袖口を見ながら、小さく頷いた。
「香水特有の重さが無いの。もっと自然な香り。それに、花弁の青っぽい匂いが残ってる」
「青っぽい匂いって何だ」
セシルが眉をひそめる。
「説明しにくいけど、あるのよ」
セシリアは真剣だった。
「少なくとも、“女性と密接に会ってました”って感じの香りではないわ」
その瞬間、アリスの肩から、目に見えて力が抜けた。
「よ、良かったぁ〜……」
へなへなと椅子へ座り込む。
どうやら本人が思っていた以上に不安だったらしい。エレノアが苦笑しながら背中を撫でた。
「もう、そんなに心配してたの?」
「だってぇ……!」
アリスは半分泣きそうな顔だった。そんな様子を見ながら、セシリアがふっと口元を緩める。
「アリス、多分、近いうちに良い事あるわよ」
「え?」
アリスが顔を上げる。セシリアはエドワードの上着を軽く持ち上げながら続けた。
「この匂い、ジャスミンや柑橘だけじゃないもの」
そして袖口へ顔を近づけ、小さく頷く。
「薔薇の香りが残ってる」
その言葉に、リーザロッテがぱっと目を輝かせた。
「まあ……!」
セシルも何か察したように片眉を上げる。
アリスだけがきょとんとしていた。
「……どういう事?」
するとセシリアは、どこか楽しそうに笑った。
「さあ?でも少なくとも、浮気を疑う必要は無さそうね」
◇
それから数日後。
その日も、いつもと変わらない朝だった。
アリスは台所でパンを切り、スープを温めていた。最近では卵を焦がすことも減り、エドワードから「本当に上達したね」と言われる回数も増えている。
窓の外は穏やかな晴れ模様だった。
春の風が薄いカーテンを揺らしている。
「アリス」
背後から声をかけられ、アリスは振り返った。
エドワードは外出用の上着を羽織りながら、少しだけ迷うように口を開く。
「今日、夕方空いてる?」
「え?うん、空いてるけど」
「少し付き合ってほしい場所があるんだ」
その言い方が妙に真面目で、アリスはぱちぱちと瞬きをした。
「分かった!」
夕方、二人は並んで王都の街を歩いていた。
夕焼けに染まり始めた石畳を、ゆっくり進んでいく。
やがて大通りを外れ、少し静かな道へ入る。
「こっち初めて来たかも」
「そう?」
「うん。何か新鮮」
アリスは楽しそうに辺りを見回していた。
しばらく歩くと、小さな広場へ出る。
中央には古い噴水があり、その周囲には色とりどりの花が植えられていた。
夕陽を受けた花々は柔らかな色に染まり、とても綺麗だった。
「わぁ……!こんな場所あったのね」
「最近できた花壇らしいよ」
「すごい……!」
アリスは嬉しそうに花へ近づいた。
その背中を見ながら、エドワードは小さく息を吐く。
かなり緊張していた。
何度も頭の中で言葉を考えて、その度にやり直してきた。
けれど、今目の前で笑っているアリスを見ていると、不思議と覚悟が決まる。
「アリス」
「ん?」
名前を呼ばれ、アリスが振り返る。
その時、エドワードは静かに片膝をついていた。アリスの目が大きく見開く。
「え……?」
エドワードはそっと、後ろに隠していたものを差し出した。それは、鮮やかな薔薇の花束だった。深紅の薔薇を中心に、淡い色の花々が丁寧に束ねられている。
花の甘い香りが、春の風にふわりと混ざった。
「これを君に渡したかった」
その声は少しだけ緊張していた。アリスは息を呑んだまま、花束を見つめる。
エドワードは続ける。
「アリス。僕は、君と一緒にいる時間が好きだ」
朝、一緒にご飯を作る時間。くだらないことで笑う時間。「おかえり」と言い合える毎日。その全部が、何より大切だった。
「これから先も、ずっと君の隣にいたい」
そう言って、もう片方の手から小さな箱を取り出す。
中には、繊細な装飾の指輪が入っていた。
夕陽を受けて、小さな宝石がきらりと光る。
「僕と結婚してください」
一瞬、アリスは何も言えなかった。ただ目を見開いたまま、エドワードを見つめている。
やがて、じわじわと目元が潤み始めた。
「っ……」
「え、ちょっと、嫌だった?」
「違うわよ……!」
アリスは慌てて首を振る。
「嬉しくて……っ、びっくりして……!」
声が震えていた。エドワードはほっとしたように笑う。
アリスは涙を拭いながら、何度も頷いた。
「する!します!絶対するわ!」
その返事を聞いた瞬間、エドワードの表情から力が抜けた。
「良かった……」
「良かったじゃないわよ、もう……!」
アリスは半分泣きながら笑っていた。
「最近帰り遅かったの、これだったの?」
「うん。薔薇探したり、指輪選んだりしてた」
その言葉に、アリスはふっと笑う。そして思い出した。あの上着に残っていた花の香りを。
「……だから薔薇の匂いがしたのね」
「薔薇?」
「何でもない!」
アリスは笑ったまま、薔薇の花束を大事そうに抱きしめた。
その花の香りは、とても優しく甘かった。
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