僕は隣の国の皇太子なのにくノ一修行中......アイヤーお嬢ちゃん皇太子じゃなくって”元”皇太子だろう 【滝行編】
本作は、シリーズ 神龍人ー劉煌と蒼石観音の秘密ー 運の巻 不思議のクニの皇子 https://ncode.syosetu.com/n0834is/ の番外編です。が、シリーズをお読みいただかなくても、1話完結の短編としてもお楽しみいただける内容となっております。
なお、シリーズは残酷な描写があるためR18としておりますが、番外編は全年齢でお楽しみいただける内容にしております。
「お嬢ちゃん、今日の修行は滝行だ。滝に行くから、この白装束に着替えて。」
実はその日、中ノ国の佐助村は、史上最高の暑さ38℃を記録していて、この道云十年の元くノ一の老婆であるお陸の身体にはとても堪えていた。
”はああ、それにしても何て暑さだい。まるで熱風吸い込んでいるみたいだよ。”
吸う息だけで、まるで気道が焼かれるように感じるほどの暑さの中、お陸は朦朧とする意識の中で彼女の弟子に今日はどんな稽古をつけたらよいか模索していた。
彼女は今まで百名近い女の子達を立派なくノ一に育てた、指導者としても有能なくノ一だったが、時代は変わり、くノ一が女の子の夢の職業ランキングから圏外に転落し、指導者としてさえもお声がかからなくなってしまっていた。しかたなく一線から退き、畑と自宅との往復の日々に散々退屈していたお陸の元に、ある日突然弟子入り志願の子が現れたのが今から3年ほど前の事だった。
何しろ現役時代から男忍者も叶わないほどの実力者だったお陸は、彼女の目の前に跪いたピンクの着物を着た9歳の志願者を一目見て、この子が他の誰にも見破れないほど完璧に女の子に化けていたのに、一瞬でその子が男の子であることを見破っていた。そしてお陸が見破っていたことは、単に性別だけではなかった。なんと彼の素性まで一瞬にして見抜いていたのだった。それでもお陸は、直観で”この子は世界一のくノ一と言われたあたしを超える、史上最高最強のくノ一になる!”と確信し、彼が男であることに気づいていないふりをして弟子にしたのだった。。。
というのは建前で、本音は彼女が暇を持て余していたからだった。
実はめちゃくちゃいわくつきの素性であることをもろともせず、彼女が暇つぶしに弟子にした彼とは、隣国である西乃国の政変で、命からがら追手から逃れてきた元皇太子;劉煌だった。
ところが、この元皇太子はそんじょそこらの男の子とは違って、髪をおろしていれば女の子と見間違うほどの美しい顔立ちの持ち主で、且つ、文武両道であった。しかも若干9歳にして、文も武も他者に稽古をつけられるレベル、特に頭脳明晰度は桁外れだった。母国では6歳にして大学の博士を教えていて、千年に一人の天才とあがめられていた、、、現代でいうところのIQではきっと400はとれるであろうほどの恐るべき頭脳の持ち主だったのだ。そう、天は二物を与えずというが、彼はそれが嘘であることを体現しているかのような存在、すなわち天は二物どころか三物も何物でも与えるよん♪という生き証人のような存在だったのだ。
そんな天才の考えることは、凡人の思いもよらぬところで、彼は自国を一人で取り返すために悲壮な決意でお陸の元に弟子入りしていた。
勿論百戦錬磨の元くノ一は、彼の考えていることなどおちゃのこさいさいでぜーんぶお見通しであったが、何しろ暇つぶしになるし、なんといっても生真面目すぎて冗談が通じないのがこの上なく面白いので、彼を弟子にした。
そんなお陸であったから、今日の稽古を何とかこの暑さを回避してできないかと思い、水遁の術も考えたが、近くの水場の気温はあまり変わらないだろうから、少しは気温の低い山奥に行こうと思いついたのだった。
しかし、たとえ、もう少し気温の低い場所に行ったとしても、遁術、剣術、武術、etc.何をやるにせよ、彼女自身も汗をかいて、益々暑くなるだけと気づくと彼女はほとほとげんなりしてしまった。
そんなところに突然、まるで雷に打たれたようにピカーンと閃いたのが滝行だった。
”山奥の滝の所だったら絶対涼しいよ。マイナスイオンもたっぷりだし.....”
”滝行なら、お嬢ちゃんに稽古つけるのは滝だし、あたしゃお嬢ちゃんが滝に打たれている間、木陰で水に足つけときゃいいし。ああ、あたしって何て頭いいんだろうね......”
いつものように悪知恵を働かせただけのお陸に、生真面目で真剣に忍者修行にとり組んでいる劉煌は、まさか忍者修行に滝行があるとは思いもしなかったので、間髪入れずにお陸に尋ねた。
「師匠、何故滝行なのですか?山伏でもないのに。」
お陸は、劉煌がそう言って来るのを見越して、あらかじめ頭の中で作成していた滝行提案時想定Q&A集の同項を探しだすと、しめしめと思いながらそんなことをおくびにも出さずにさらっと答えた。
「七法出(忍者の変装の術)の一つが山伏じゃないか。山伏と言えば滝行。滝行と言えば山伏。山伏に化けることもあるんだから、滝行が必要なんだよ。」
もうお陸と修行を開始して3回目の夏を迎える千年に一人の天才:劉煌は、この回答だけでお陸の思惑が手に取るようにわかってしまった。
劉煌は目を細めてお陸を見ると、すかさず冷たい声で呟いた。
「師匠、めっちゃ暑いから稽古つけたくないだけでしょ。」
劉煌と3回目の夏を迎えるまでもなく、劉煌のことは何から何までお見通しのお陸だったが、いきなり想定Q&Aの最後のQを口走った彼に、お陸は心の中で舌打ちをしながら、頭の中のQ&A集の第5頁目までめくると、その第二段落の回答案を棒読みした。
「何言ってんだい。嫌なら稽古をつけないだけさ。この暑さで山登るのだって自殺行為なんだよ。それをあんたに付き合ってやってやろうって言ってんだ。それでも滝行が嫌ならさっさとお帰り。明日からもう来なくていいよ。」
今日もまた、いつものようにお陸のこの逆切れで会話が終了した。
まだ手裏剣も吹き矢も習っていない劉煌は、肩をすくめてからしぶしぶ白装束を手に持って、お陸と共に山奥を目指して歩き始めた。しかし、5分も経たないうちに、お陸が不平を言いだした。
「アイヤー、もうこの暑さは年寄りには無理っ!このままだと死んじまうよ。お嬢ちゃん、あたしを担いで行っておくれ。」
お陸の身体能力であれば、ひとっ飛びで行けるはずなのに、それを封印し、どうも今日は普通の婆ちゃんモードを貫くつもりらしい。
そう思った劉煌は、手裏剣習いたさばかりに、お陸に提案する。
「ね、師匠。担いで行きますから、明日は手裏剣を教えてもらえませんか?」
お陸は心の中で目を細めた。
”まったくこのお嬢ちゃんは抜け目ないね。最近は何でも取引に持っていくんだから。”
”しかし、手裏剣か......この暑いのに手裏剣は動きが多いからやだなぁ......初級の手裏剣作りにしたって火使うから暑いし……“
“かと言って、お嬢ちゃんがやりたがっている物にしなきゃ食いつかんだろうし。ふむ。。。”
その瞬間お陸のずる賢い脳みその中で何かがピカンと閃いた。
”そうだ!こっちの方がずっと楽だわぃ。”
「うーん、手裏剣ねぇ。。。手裏剣はまだまだ早い。だけど、吹き矢だったらいいよ。本当は吹き矢もまだ早いんだけど、今日担いで行って帰ってくれるんだったら特別だ。」
お陸は最後の特別だという部分を強調して、いかにそれがまだ劉煌が学ぶには早いことなのかを訴えたが、彼にとっては手裏剣と並ぶ2大忍者秘術なだけに、これにすぐ食いつき、喜んでお陸を背負った。
”しめしめ、なんだかんだ言ってお嬢ちゃんもまだ青いねぇ。吹き矢だったら、まず吹き矢とは?から始めて筒の作り方、矢の作り方、それにつける毒まで1日座学で火も使わないし、それほど暑くはならないだろう。”
そんなお陸の魂胆などもうすぐ13歳の元皇太子が見破れるはずもなく、劉煌は、吹き矢を吹いている自分を想像してワクワクしながら喜んでお陸を背負って山を登って行った。
さすがあのお陸のしごきに3年以上くらいついてきただけあって、劉煌は暑さも重量負荷ももろともせず、山道を登りきり、お陸の案内で滝の所までやってきた。
滝の側まで来るとお陸は、劉煌の背中からピョンと飛び降りた。そして、すぐにそこでくるっと回って白装束になると、ザブンと川に飛び込み消えていなくなった。
劉煌は大慌てで川を覗き込みながら、「し、師匠!どこに?」と叫んだ。
しかし、返事は無く、劉煌もくるっと回って白装束になると、川に入ってお陸を探し回った。
そして、川をだいぶ登った所に、先ほどの滝よりも縦も横もはるかに大きな滝が見え、その滝の向こう側の岩の上にお陸が足だけ水につけて、涼んでいるのが見えた。
「お嬢ちゃん、ようやく来たかい。じゃあ、その滝で滝行開始。」
お陸はそう言うと、そのまま岩の上にゴロンと横になった。
劉煌は渋々滝つぼ付近まで進み、滝のまん前で一度立ち止まった。
そこで一度滝を見上げてからふーッと大きく一息を吐いた劉煌は、少しずつ滝の中に入っていった。
彼の肩に、上からゴーゴーという激しい音を立て、重力に任せて容赦なく落ちてくる水が、バザンバザンと大きな音を立てて当たり続ける。
水は、まるで彼の身体を砕かんばかりに彼に当たっては弾け、彼は、今、世の中にこんなに重くて、無慈悲なものが他にあるとは思えないと感じていた。
そして2,3分も経たないうちに、あんなに苦しんだ暑さが吹っ飛び、滝の大本の水、すなわち山奥の万年雪が溶け、それが地下にしみこんで自然に濾過され、それがまた湧き水となって滝に合流した、その水の冷たさが、身体にしんしんとしみこんできて、劉煌は次第にどんどん内側から冷えていった。
さらに5分経つと、真夏だというのに、彼の唇は真っ青になり、滝つぼに立つ脚はがくがくと震え始めた。
そうでなくとも真夏の容赦ない太陽光が降り注ぐ中、お陸を担いで遠い山道を登り続けたという肉体酷使と、気温と水温の激しい温度差から、劉煌の身体は悲鳴をあげていた。
”まずい!”
劉煌はそう思ったが、時すでに遅く、彼は脚が震える感覚と同時に気を失い、滝つぼの中で前のめりなったかと思うと、そのままの形で前にバサッと倒れてしまった。
いい気分で寝ていたところにバシャーン!という激しい音と共に、突然水しぶきが全身にかかり強制覚醒させられたお陸は、心地よい眠りを妨害されムッとして飛び起きた。ところがそれも束の間、次の瞬間彼女の目に川にうつ伏せで浮かんでいる劉煌が映るやいなや、彼女は文字通り飛び上がり、大慌てで劉煌を川から引き上げた。
「お嬢ちゃん!お嬢ちゃん!しっかりおし!」
お陸は劉煌のほっぺをペシペシ叩きながら、そう劉煌に声をかけていると、ようやく劉煌の意識が戻り、それと同時に彼は水を思いっきり吐きだした。
「あー、良かったよ。まったく、お嬢ちゃんは本当におつむが弱くて困る。自分の限界ってものがあるだろう?いくらやれって言われたって、死んじまったら元も子もない。」
お陸はそう言いながら劉煌の背中をさすり続けた。
「・・・・・・」
自分の身に何が起こったのかよくわからず混乱していた劉煌が、何も応えられずにいると、お陸は今度は劉煌に向かってゆっくりと口を開いた。
「いいかい。忍者が人智を越えた技ができるのは、ただその技の修行を積んだからだけじゃない。己を知り尽くしたからこそなんだ。だからまずあんたは自分を知らなければならない。それには自分の限界も知る必要がある。今日あんたは自分の限界の見極めを誤った。実戦では死んでたよ。だからわかったね。倒れるまでやるのが滝行じゃない。ギリギリまで滝に打たれて、倒れる直前に脱出できるようになるのが目的だ。そしてそれは何も滝行に限ったことじゃない、修行全般にも言えることだし、人生にも言えることだ。じゃあ、今日はもう身体が悲鳴をあげているから、こっちで一緒に寝ていよう。」
そう劉煌を諭すと、お陸は優しく劉煌の着物を着替えさせ、自分は木陰に、劉煌は日差しの当たる草の上に寝せた。
劉煌は、真っ青な空を見上げながら、お陸の言葉を噛みしめていた。
”自分を知る。”
”自分とは?”
そう自問自答しながら、疲れもあってか劉煌の瞼は自然に閉じ、彼はそのままそこで横になったままピクリとも動かなくなった。
そんな劉煌をお陸は横目で見ていたが、やおら起き上がるとそっと劉煌の側まで音を立てずにやってきた。
”まったくお嬢ちゃんときたら、いくら修行したからって、たった一人で国を取り戻そうなんて、無謀なんだよ。アイヤーいつになったら気づくんだい。”
劉煌の無邪気な寝顔を見ながら、お陸は心の中でそう叫ばずにはいられなかった。
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