元税理士ですが、全宇宙エネルギーに課税できるようになりました――銀河で一番恐れられるのは魔王でも提督でもなく“税務調査”です
「全乗組員に告ぐ。第七区画はもう崩壊寸前だ、崩壊各自、最寄りの脱出ポッドへ——」
アナウンスが途切れた瞬間、植民船『ニューホライズン号』の船体が真っ二つに裂けた。
柊タクミは浮遊する金属片の間を必死に泳ぎ、脱出ポッドに飛び込んだ。
ハッチが閉まる直前、彼の視界は眩い光に包まれた。
ワームホール、理論上存在するはずのない時空の裂け目が、船を、そして彼のポッドを飲み込んだのだ。
「くそっ、これで地球に帰れると思ってたのに……!」
32年間、税理士として生きてきた人生。
中小企業の確定申告、相続税の相談、税務調査の立ち会い…
地味だが、誰かの役に立つ仕事だった。
新天地の植民惑星で事務所を開業し、開拓者たちの税務をサポートする——それが彼の夢だった。
だが、全てが光の中に溶けていく。
意識が途切れる寸前、タクミは自分の体に何かが侵入してくるのを感じた。
無数の、極小の、機械的な何か——
そして、脳内に直接響く声。
『適合者発見。システム起動。連邦徴税権限を付与します』
「……生体反応、安定。意識回復を確認」
機械音声が響く中、タクミは目を開けた。
視界に映るのは見知らぬ医務室。いや、医務室というには設備が粗末すぎるように見える。
プレハブの壁、錆びた医療機器、ひび割れた天井。窓の外には、紫色の空と二つの月が見える。
「気がついたか。運がいいな、あんたを拾ったのがうちの巡回ルートで」
白衣を着た中年女性医師…が、タブレット端末を操作しながら言った。
彼女の名札には「メディカルオフィサー クレア・ハリソン」とある。
「ここは……?」
「惑星ニューフロンティア7。銀河連邦の辺境開拓地だ。
連邦の端っこも端っこ、誰も来たがらない僻地さ。
あんた、どこから来た?その服装も装備も、見たことない規格だが」
タクミは自分の状況を理解しようとした。
植民船の事故、ワームホール、そして——
「あの、今は西暦何年ですか?」
「西暦?ああ…旧地球暦か。今は連邦暦524年。旧暦だと……2847年ってとこだな」
脳が理解を拒否した。2847年。自分が生きていた時代から800年以上未来。
「冗談、ですよね……?」
「私が冗談を言っているように見えるか?あんた、変な光と一緒に落ちてきたんだ。
一応体内をスキャンさせてもらったんだが、未知のナノマシン群が全身に定着してる…連邦のデータベースにもない代物だ。
ウイルスチェックもパスしない。まるで……あんた自身が、そのナノマシンと一体化してるみたいだ」
その話を聞くと同時に、タクミの視界が変わった。
医師の体が、半透明の輪郭線で縁取られる。
そして彼女の頭上に、AR表示のように文字情報が浮かび上がった。
[対象: メディカルオフィサー クレア]
職業: 医療従事者
生命維持活動: 72ZPE/時
医療行為: 148ZPE/時
課税率: 8%(基礎生命活動税)
自動徴収: 17.6ZPE/時
徴収先: 柊タクミ
「な、何だこれ……」
タクミが混乱する中、視界の端にうっすらと光るメニュー画面が展開された。まるでゲームのUIのように。
[システム起動完了]
スキル名: 個人連邦徴税権限(Personal Federal Tax Authority)
保有者: 柊タクミ
現在のエネルギー保有量: 2,847ZPE
機能概要:
・半径10光年内の全エネルギー活動を課税対象として認識
・活動内容に応じた自動課税率算出
・徴収エネルギーの保管・使用権限
・追徴課税権限(特定条件下で発動)
注意: 本システムは銀河連邦法第12条に準拠します
「全存在はエネルギー使用に応じて連邦エネルギー税を納める義務がある」
「税金……?これ、税金を徴収するスキルなのか?」
タクミは税理士としての経験から、すぐに状況を把握した。
この未来世界では、全ての活動が「ZPE」という統一通貨で管理されていて、そこに税金が課されている。
そして自分はその徴税権限を、本来は国家や自治体が持つべき権限を、個人で持ってしまった…ようだった。
タクミが状況を飲み込もうとしていた時、 窓の外で爆発音が響いた。
「スウォームだ!また襲撃か!」
クレアが叫び、医務室から飛び出した。タクミも後を追う。
開拓基地の外壁付近で、巨大な昆虫型のエイリアン、スウォームと呼ばれる生物が、武装した開拓者たちと交戦していた。
体長は約3メートル。鎌のような前肢。黒光りする甲殻に覆われた装甲。
複眼が赤く光り、唾液のような酸を撒き散らしている。
そして、タクミの視界には——
[対象: スウォーム × 15]
戦闘行為 = エネルギー消費活動
生態系破壊行為 = 環境税対象
課税率: 15%(生態系破壊税)
自動徴収: 148ZPE/秒
「……何だこれ?」
見るからに屈強な男、開拓者たちがプラズマライフルでスウォームを撃ち抜いた。
怪物が絶叫し、地面に倒れ、緑色の体液が飛び散る。
その瞬間、タクミの体に暖かいエネルギーが流れ込んできた。
[徴収完了]
スウォーム(撃破) → 2,960ZPE徴収
現在の保有量: 5,807ZPE
「自分は何もしてないのに、勝手にエネルギーが貯まる……?」
戦闘は激しさを増した。
開拓者たちが次々とスウォームを倒すたび、タクミのエネルギーゲージが増加していく。
6,000ZPE、8,000ZPE、12,000ZPE。
それだけではない。
視界を広げると、基地全体の活動が可視化されている。
[徴収リスト]
・鉱山採掘作業(20人稼働) → 資源利用税 20% → 840ZPE/時
・食料生産プラント → 生産税 10% → 320ZPE/時
・防衛シールド稼働 → エネルギー消費税 5% → 450ZPE/時
・居住区生命維持 → 基礎税 8% → 1,200ZPE/時
「全部……全部から、税金…?が入ってくる……」
「おい、新入り! ボーッと突っ立ってないで避難しろ!」
開拓者の一人が叫んだが、タクミは動けなかった。
視界に表示される情報の洪水に圧倒されていた。
その時、おそらく群れのリーダーであろう最も巨大なスウォームが、開拓者の防衛線を突破した。
体長5メートルはある巨体が跳躍し、タクミに向かって突進してくる。
「まずい!」
タクミは反射的に手を前に突き出した。
その時、視界に新たな表示が出てきた。
[緊急防衛システム起動]
保有エネルギーを使用して防御障壁を展開しますか?
消費量: 5,000ZPE
YES / NO
死が目前に迫っているのだから驚く暇も、選択の余地もない。
「YESだ!」
タクミの手のひらから、青白い光の壁が展開された。
六角形のパターンが幾重にも重なり、エネルギーシールドを形成する。
スウォームのリーダーが激突し、衝撃波が広がる。
だが、シールドは破れない。
怪物は弾き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
開拓者たちが驚愕の表情で見つめる中、タクミは自分の手を見つめた。
「俺が……エネルギーを使った……?」
倒れたスウォームのリーダーから、さらに大量のエネルギーが流入する。
[徴収完了]
スウォーム・リーダー(無力化) → 18,500ZPE徴収
現在の保有量: 28,307ZPE
戦闘は開拓者たちの勝利で終わった。だが、彼らはタクミを警戒の眼差しで見ていた。
「おい、あんた……今のは何だ…エネルギーシールドか?
この辺境基地にそんな高等装備があるわけない」
リーダー格の男の名札には「ジャック・コーエン、基地防衛隊長」と書かれている。
その男はプラズマライフルをタクミに向けた。
「待ってくれ、俺は——」
「スパイか?企業の産業スパイが、この辺境に何の用だ!それとも連邦の査察官か?」
タクミの視界に、コーエンの情報が表示される。
[対象: ジャック・コーエン]
職業: 基地防衛隊長
戦闘行為: 520ZPE/分
威嚇行為: 20ZPE/分
課税率: 10%(戦闘従事者税)
自動徴収: 54ZPE/分
他の開拓者たちも、ジャックに続いて武器を構え始めた。
「待て、ジャック」
クレアが間に入った。
「こいつは遭難者だ。未知の座標から落ちてきた。
ワームホールの残留エネルギーを帯びてた。とにかく敵じゃない」
「だが今の力は——」
「説明します」
タクミは深呼吸した。この場を収めないと、殺されてしまうかもしれない。
冷静に、論理的に…
「俺は、エネルギーを徴収する能力を持っています。
あなた方が戦闘し、活動するたびに、その一部が自動的に俺に流れ込んでくる。
そして、それを使うこともできる。つまり——」
タクミは言葉を選んだ。
「税金みたいなものです」
「税金……?」
コーエンが眉をひそめた。
「税金なら、俺たちは連邦にちゃんと納めてる。辺境税率35%、毎月きっちりな」
「その税金ではなく、俺個人に、です。これは……」
タクミは自分のステータス画面を、外部ディスプレイとして投影した。
ナノマシンの機能の一つらしい。
空中に浮かび上がった情報を見て、開拓者たちが息を呑んだ。
「個人連邦徴税権限……そんなもの、聞いたこともない」
「正直なところ、俺もです。でも、これは確かに機能していました。
あなた方の活動から、合法的に、システムとして、何らかのエネルギーを徴収している」
沈黙が降りた。
やがてコーエンが銃を下ろし、苦笑した。
「税金か……逃げられないわけだ。死と税金、宇宙の二大絶対ってやつか。
それで、あんた、その力をどうするつもりだ? 俺たちから搾り取って、贅沢三昧か?」
「……分かりません」
タクミは正直に答えた。
「でも、あなた方がこの星で生き残るために戦うなら、このエネルギーは、あなた方を守るために使いたいです」
それは、税理士としての、彼なりの答えだった。
税金は取るだけのものではない。社会を回すためのものだ。
それから三ヶ月。
タクミは開拓基地に身を寄せ、自分の能力を理解していった。
分かったことがあった。まず、この能力の徴収範囲は驚くほど広い。
半径10光年、つまりこの星系全体、そして隣接する星系の一部まで。
そこで行われる全ての活動から、自動徴収が行われている。
タクミは基地の一角に与えられた小さな部屋で、毎日の徴収レポートを眺めていた。
[本日の徴収サマリー]
・開拓者の狩猟活動 → 事業所得税 15% → 18,400ZPE
・鉱山採掘 → 資源利用税 20% → 42,800ZPE
・宇宙船の航行(貨物船3隻) → 移動税 5% → 8,200ZPE
・企業の製造活動(第2工業区) → 法人税 30% → 67,500ZPE
・基地防衛活動 → 防衛税 10% → 12,300ZPE
・その他生命活動 → 基礎税 8% → 28,600ZPE
本日合計: 177,800ZPE
現在の保有量: 5,847,392ZPE
「これ、ヤバいな……完全な不労所得だ」
寝ているだけで、毎日15万〜20万ZPEが貯まっていく。
三ヶ月で580万ZPE。これは開拓基地全体の年間エネルギーに匹敵するものだった。
だが、タクミはそのエネルギーを独占しなかった。
まず、基地の防衛システムに100万ZPEを投入した。
老朽化していたシールド発生器が一新され、出力が3倍になった。
次に、医療施設に50万ZPE。
最新の医療機器が導入され、重傷者の治療成功率が90%まで向上した。
食料生産プラントにも80万ZPE。
配給量が倍増し、開拓者たちは久しぶりにまともな食事にありつけた。
居住区の環境制御システムにも投資した。
これまで故障していた空調が復活し、子供たちが快適に眠れるようになった。
「タクミ、またエネルギーの無償提供か?」
クレアが医務室で声をかけてきた。
「あんた、本当に変わった人ね。普通なら、その力で成り上がろうとするものだけど」
「税金の本質は、社会の再分配なんです。取るだけ取って私腹を肥やすのは、元税理士としてのプライドが許さないです」
タクミは苦笑した。
「税理士……ああ、旧地球時代の職業ね…今は全部AIがやってるけど」
「それでも、俺は俺のやり方でやります」
開拓者たちは、最初の警戒を解き、タクミを「守護者」と呼ぶようになった。
彼の部屋には、毎日のように感謝の品が届いた。
手作りの食事、採掘した鉱石、子供たちが描いた絵。
タクミは、この辺境の地で、居場所を見つけつつあった。
そんなある日。
突然基地全体を揺るがす警報が鳴り響いた。
「緊急事態!全員、第一種戦闘配置!
スウォームの大群が接近している!規模は……くそっ、今までの10倍だ!」
タクミは外に飛び出した。
地平線の彼方から、黒い波が押し寄せてくる。
その波の全てが数千、いや数万のスウォームの群れだった。
「こんなの……防げるわけがない……」
コーエンが絶望の表情で呟いた。
タクミは自分の保有エネルギーを確認した。
584万ZPE、あの方法であればこの状況を打破する力があるかもしれない。
「コーエン、全員を基地の中心部に避難させてください」
「何をする気だ?」
「この税金…エネルギーの使い道を、示します」
タクミは基地の中央広場に立った。両手を広げる。
[大規模エネルギー放出準備]
範囲攻撃: 半径5キロメートル
消費量: 500,000ZPE
威力: 殲滅級
実行しますか?
「もちろん、YESだ」
タクミの体が光に包まれた。
徴収したエネルギーが、一気に解放される。
空が白く染まっていく。
光の波が同心円状に広がり、スウォームの群れを飲み込む。
怪物たちは悲鳴を上げる間もなく、蒸発していった。
10秒後、全てが静まり返った。
地平線まで続いていたスウォームの群れは、跡形もなく消滅していた。
開拓者たちが、唖然とタクミを見つめている。
「な……何だ、今の……」
コーエンが震える声で言った。
タクミは自分のエネルギーゲージを見た。まだ500万ZPE以上残っている。
「徴収した税金の、正しい使い方です」
その日から、開拓者たちはタクミを「エネルギーの化身」と崇めるようになった。
タクミの名声は、静かに広がっていった。
辺境の開拓基地を守る謎の能力者。
寝ているだけで莫大なエネルギーを蓄積し、それを惜しみなく人々のために使う男。
連邦の情報網にも、彼の存在が記録された。
だが、それは同時に、危険な注目も集めることとなった。。
ある夜、コーエンがタクミの部屋を訪れた。表情が硬い。
「タクミ、話がある。緊急だ」
「どうしました?」
「…海賊だ」
コーエンは端末の画面を見せた。そこには、巨大な戦艦の画像が映っていた。
「『ヴォイド・リヴァイアサン』。銀河辺境で最も恐れられている海賊団だ。
リーダーは『虚無王』を名乗るサイボーグ。
配下は5,000隻、これまでに破壊した惑星3つ。虐殺者数100万人を超えている」
タクミは画面に映る戦艦を見つめた。
全長は約5キロメートル。まるで小惑星のような巨大さだった。
「それが、何故ここに?」
「あんたの噂を聞いたらしい。莫大なエネルギーを持つ男がいる、と。
そのエネルギーを奪うために、この星系に向かってる。到着予定は……72時間後」
「連邦軍は?」
「来ないさ」
コーエンは苦々しく言った。
「辺境は後回しだ。救援要請は出したが、最速でも2週間かかる。俺たちは見捨てられてるんだ」
タクミは手元の端末で情報を検索した。
ヴォイド・リヴァイアサン。
過去10年間、銀河辺境を荒らし回っている。
略奪した資源は推定100兆ZPE相当。殺害した人々は正確な数すら分からない。
連邦は何度も討伐隊を派遣したが、全て返り討ちにあっている。
「……それで、俺に何をしろと?」
コーエンは真剣な目でタクミを見た。
「あんたの力で、こいつらを止められないか? 無理なら、せめて時間を稼いでくれ。その間に住民を避難させる」
タクミは考えた。自分の能力は徴収と使用。戦闘経験はゼロだ。あの規模の海賊団と戦えるのか?
その時、視界にアラートが表示された。
[警告]
大規模不正エネルギー使用を検知
対象: 宇宙海賊船団
距離: 72光時
違法活動によるエネルギー利用 = 重加算税対象
詳細を表示しますか?
「……詳細を表示」
タクミが呟くと、画面が展開された。
[対象: ヴォイド・リヴァイアサン船団]
構成: 主力艦1隻、巡洋艦50隻、駆逐艦300隻、略奪船4,649隻
総エネルギー保有量: 推定850億ZPE
過去の活動査定:
・虐殺行為(1,247,839人) → 生命権侵害税 99%
・略奪資源(103兆ZPE相当) → 不正所得税 100%
・恐怖による支配(17星系) → 独占禁止法違反加算税 50%
・環境破壊(惑星3個) → 環境破壊税 200%
合算課税率: 449%(保有エネルギーの4.49倍徴収)
※この追徴は銀河連邦法第12条第5項に基づく合法的処置です
※対象の同意は不要です
※追徴執行権限が発動可能です
タクミは画面を凝視した。
449%。つまり、海賊団が持っているエネルギーの4.5倍を徴収できる。
物理的に不可能な数字だが、システムは「可能」と言っている。
おそらく、エネルギーだけでなく、生命力そのものも徴収対象になるのだろう。
「コーエン」
タクミは振り返った。
「大丈夫です。税務調査に、武器は要りません」
「は?」
「俺に任せてください。あいつらには、未納の税金がある。徴収するだけです」
72時間後。
ヴォイド・リヴァイアサンの旗艦が、惑星の上空に現れた。
全長5キロメートルの超弩級戦艦。
その威容だけで、基地の開拓者たちは絶望した。
周囲を取り囲む数千隻の艦艇。圧倒的な戦力差だった。
通信が入る。
「辺境のゴミ虫ども。よく聞け」
画面に映し出されたのは、巨大なサイボーグだった。
身長は約3メートル。全身が黒い装甲に覆われ、六本の腕には様々な武器が装着されている。
顔の半分は機械で、赤い光学センサーが不気味に光っている。
虚無王…銀河で最も恐れられる海賊。
「この星の全資源を献上しろ。そして、莫大なエネルギーを持つという男を引き渡せ。
従えば命だけは助けてやる。拒否すれば……」
画面の背景で、惑星の映像が流れる。焼け焦げた大地、破壊された都市、山積みの死体。
「こうなる」
基地中に恐怖が広がった。子供たちが泣き叫ぶ。
その時、タクミが通信に応えた。
「ヴォイド・リヴァイアサン、あなた方に告げる」
虚無王が興味深そうにタクミを見た。
「ほう、お前が噂の男か。なかなか度胸があるな。だが——」
「銀河連邦法第12条第5項に基づき、税務調査を開始する」
「……は?」
虚無王だけでなく、周囲の海賊たちも困惑した表情になった。
税務調査?この状況で?
「あなた方の過去10年間の活動を査定した結果、未納のエネルギー税449%が確認された。
虐殺、略奪、環境破壊、独占……全てが課税対象だ」
タクミは冷静に続けた。
「追徴課税を執行する。今すぐ、全エネルギーを納税しろ」
一瞬の沈黙の後、虚無王が笑い出した。
「ハハハハハ!税金だと?俺は海賊王だぞ!法など知ったことか!税など——」
タクミが手を掲げた。
[追徴課税執行]
対象: ヴォイド・リヴァイアサン全船団
強制徴収開始
回収不能分は生命エネルギーから徴収します
虚無王の笑いが止まった。
「税金からは、誰も逃げられない」
その瞬間、旗艦から、おびただしい量のエネルギーが吸い出され始めた。
照明が消える。エンジンが停止する。
武器システムがダウンする。シールドが消失する。
「な、何だ……何が起きている!?」
虚無王が叫ぶ。周囲の海賊船も次々と機能停止していく。
5,000隻の艦隊が、ただの鉄くずになっていく。
タクミの視界には、徴収の進行状況が表示されていた。
[徴収進行中]
船団保有エネルギー: 850億ZPE → 徴収完了
不足分: 3,166億ZPE → 生命エネルギーから徴収中
対象: 海賊構成員 127,483名
徴収率: 35%... 60%... 85%...
虚無王の巨体が、みるみる縮んでいく。
サイボーグの装甲が剥がれ落ち、機械の腕が動かなくなる。
エネルギーが抜かれ、ただの老人の姿が露わになる。
「ば、馬鹿な……俺の力が……俺の、全てが……」
画面の向こうで、海賊たちが次々と倒れていく。
エネルギーを奪われ、生命活動を維持できなくなっている。
タクミは冷酷に言った。
「これが、脱税の代償だ」
[徴収完了]
総徴収額: 3,816億ZPE
現在の保有量: 3,821億7,847万2,394ZPE
ヴォイド・リヴァイアサン: 完全無力化
生存者: 12,847名(エネルギー枯渇による昏睡状態)
やがて、ヴォイド・リヴァイアサンの全船が、ただの漂流物になった。
画面の向こうで、虚無王がか細い声で言った。
「お前は……何者だ……」
「…ただの元税理士だ」
タクミは通信を切り、連邦警察に通報した。
開拓基地は、静まり返っていた。
誰もが、今起きたことを信じられない様子だった。
銀河を恐怖に陥れた海賊団が、一人の男の「税務調査」で壊滅した。
コーエンが震える声で言った。
「タクミ……お前、とんでもないことをしたぞ……」
「税金を徴収しただけです」
「いや、そうじゃなくて……」
コーエンは画面を見せた。連邦ネットワークのニュース速報。
『ヴォイド・リヴァイアサン壊滅! 謎の能力者が単独で鎮圧!』
『銀河連邦、緊急会議を招集』
『「個人徴税権限」の存在が確認される』
「お前の存在が、銀河中に知れ渡ってしまった。これから、色んなところから接触が来るぞ」
タクミは窓の外を見た。星空が、いつもより明るく見えた。
事件から一週間後。
惑星ニューフロンティア7に、銀河連邦政府の使節団が到着した。
最新鋭の外交船、豪華な内装。きらびやかな制服を着た高官たち。
辺境の開拓基地には、場違いなほどの格式だった。
タクミは基地の会議室で、使節団を迎えた。
「柊タクミ殿」
使節団のリーダー、連邦財務局長官のエリアス・ヴァンダービルトが、恭しく頭を下げた。
60代の紳士で白髪に威厳のある顔立ち。
「あなたの行為は、銀河連邦法に完全に合致しています。
それどころか、我々が長年追っていた重犯罪者を無力化してくれた。連邦を代表して、感謝申し上げます」
「……どういたしまして」
タクミは戸惑いながら答えた。
自分はただ、税金を徴収しただけなのだ。
「ついては、あなたに特別職への就任を要請したい」
ヴァンダービルトは公式文書を取り出した。
「『連邦エネルギー財務大臣兼銀河税務総監』。全銀河のエネルギーフローを監視し、不正使用者に対する即時追徴権限を行使する。
そして、徴収したエネルギーを貧困惑星や辺境地域に再分配する…そういった役職です」
会議室が静まり返った。
財務大臣。それは連邦政府の最高位の一つ。
首相に次ぐ権力を持つ地位。
「俺、ただの税理士なんですけど」
「だからこそです」
ヴァンダービルトは真剣な目で言った。
「税の本質を理解している者にしか、この職は務まらない。
権力を振りかざすのではなく、社会のために使う。
あなたがこの三ヶ月でやってきたことを、我々は全て記録しています」
タクミは窓の外を見た。
開拓者たちが、復興作業に励んでいる。
彼が供給したエネルギーで、新しい施設が建設されている。
「条件があります」
「どうぞ」
「徴収したエネルギーの最低60%を、辺境開拓地や貧困惑星の支援に回す。
残り40%は連邦の基本インフラ維持に使う。俺個人の私的利用は、年間100万ZPEまでに制限する」
使節団の面々が驚きの表情を見せた。
普通なら、もっと自分の取り分を要求するものだ。
「そして——」
タクミは厳しい表情で続けた。
「脱税者、不正使用者には、容赦しない。
たとえ相手が巨大企業だろうと、軍事国家だろうと、犯罪組織だろうと、未納の税があれば徴収する。これは譲れません」
ヴァンダービルトは笑顔で頷いた。
「それこそが、我々が望んでいたことです。
柊タクミ殿、あなたを『連邦エネルギー財務大臣兼銀河税務総監』に任命します」
公式文書に、連邦の印章が押された。
その瞬間、タクミの視界に新たな表示が現れた。
[権限更新]
役職: 連邦エネルギー財務大臣兼銀河税務総監
徴収範囲: 半径10光年 → 銀河全域
監視対象: 全連邦加盟星系(12,847星系)
追徴権限: 即時執行可能
不可侵特権: 付与
注意: この権限には、それに見合う責任が伴います
「銀河全域……」
タクミは自分の保有エネルギーを確認した。
すでに3,821億ZPEを持っているが、これから徴収範囲が広がれば、その額は天文学的になる。
「大丈夫です」
クレアが後ろから声をかけた。
いつの間にか、彼女も会議室に入っていた。
「あんたなら、その力を正しく使える。この三ヶ月で証明したじゃない」
コーエンも頷いた。
「行けよ、タクミ。辺境だけじゃなく、銀河中の人々を守ってくれ」
タクミは深呼吸した。
「分かりました。引き受けます」
それから半年。
柊タクミは、銀河で最も恐れられる存在となった。
彼の「税務調査」の一言は、どんな権力者も震え上がらせる。
ある時は、巨大企業の脱税を暴き、100兆ZPEを追徴した。
ある時は、軍事独裁国家のエネルギー不正使用を発見し、政権を崩壊させた。
ある時は、犯罪組織の資金源を完全に枯渇させ、壊滅に追い込んだ。
彼の前では、武力も権力も意味がない。
なぜなら、税金は絶対だからだ。
そして、徴収したエネルギーは、必ず弱者のために使われた。
貧困惑星には医療施設を建設し、辺境の開拓地に最新の防衛システムが配備された。
人々は、タクミを「正義の徴税者」と呼んだ。
ある日、連邦議会での演説で、タクミは言った。
「税金は、社会の血液です。
それが正しく循環すれば、社会は健全に機能する。私の役割は、その循環を守ることです」
議場は静まり返っていた。
タクミは続けた。
「いいか、この宇宙には二つの絶対がある。
死と、税金だ。そして私は、その片方を司る者として、この銀河の公平性を守り続ける」
演説が終わると、議場は割れんばかりの拍手に包まれた。
タクミは演台を降り、窓の外を見た。
星空が広がっている。その全てが、今や彼の管轄だ。
「さて、次はどこの脱税者を調査しようか」
彼の目が、鋭く光った。
税理士・柊タクミの、銀河規模の税務調査は、まだ始まったばかりだった。
~完~




