第5話 1Gショップ 『へ』にゃんこ堂
「よし、今日も来たネ? モップを持って、戦うんだヨ!」
オバチャンは源十とシンシャを後ろに、先陣を切ってモップを構えていた。
「ゲント。早速、宿代を稼ぐぞ!」
二人は昨日浪費した分の宿代を早速稼ぐべく、インク・スライム討伐依頼にまたきていたのだった。
白い壁は既にインクでべちゃべちゃにやられていて、ぐちゃぐちゃのインクが床まで滲んで落ちてきていた。
その目の前には、なん十匹のインク・スライムがぴょんぴょん飛び、イタズラを楽しんでいるかのようだった。
「全く、酷い有様さ! 一体どっからこいつらはやって来ているんだろうネ!?」
オバチャンがぷんすか怒りながら一匹のインク・スライムをモップで叩き潰した。
「ゲント、せっかくだ。私に使ったあの能力を使ってみないか?」
「で、でもさ……」
昨日のシンシャに対する行動で、自分の力に自信を持てていなさそうだった。
そんな源十に、インクスライムがインクをびゅうっと飛ばした。
バシッと、モップでインクを叩き落とし、シンシャが前に出て庇った。
「やる相手はモンスターだ。容赦すると倒れるぞ!」
敵がインクを飛ばすだけとはいえ、油断は禁物であることを源十に知らせる。
「冒険は終わってしまった!ってやつか。よし、じゃあ行くぜ! ステータスオープン! インク・スライム!!」
源十は気を取り直し、大きくずびしぃっと源十はインクスライムを指さした。
魔法陣がインク・スライムの中に現れ。小さく青い透けたボードが浮かび上がる。
インク・スライム
HP:10 MP:5 弱点:水属性
水の代わりにインクを媒体としたスライム。
普通のスライムと同じくコアがあり、壊すと消える。
誰かがインクにスライムのコアを混ぜたところから始まった。
芸術の街でイタズラ用に解き放つ事例が後を絶たない。
ボードには白い文字でそう書かれていた。
「シンシャ―、水を全体にかけろー!」
「そうれ!」
バケツの水を、インクスライム全体に浴びせかけるシンシャ。
水に溶かされ、スライムの体の輪部がじわあっと溶けていく。そんなインクスライムへ、モップで叩き潰しにかかる源十。溶けてコアがむき出しになったインクスライムが、ぴちゅんと絵の具をつぶすように消えた。
「おお、やるねえ! アンタたち!」
オバチャンが弱ったスライムを見て、躍起になっていた。
柔らかくなったインクスライムは、べちゃべちゃと液を流しながら弱っていく。二人とオバチャンは、水で弱らせる作業で、二人はコツコツとなん十匹もいるインクスライムを叩き潰していった。
しばらくして、数十匹叩き潰した二人は、床に広がったインクをモップで掃除していた。
「何しているんだ? ゲント」
シンシャがモップでごしごししている中、源十がしゃがみこんで何か床に書いている。
「シンシャ、こっち来てくれ。俺の文字、こう書くんだ」
「ふむ、これをゲント。と読むのか?」
青いインク文字で指で床に書いてあった。
厳原 源十
「ああ! ”いづはら げんと”いい名前だろ!」
うん、とシンシャは頷く。
「堅く威厳を感じる字だ。何やら神秘的だな」
源十はインクで書いた字をざっと水で流した。
「シンシャの字はどんなんだ?」
「私の字か……? こうだ。」
シンシャは床に赤インク文字で、シンシャの字を書いた。
「錬金術の赤い宝石の名だと言われている」
「レンキンジュツ……しってるぜ。俺の世界でも結構ブームだった」
うんうん、と知った風に源十は頷く。
「ほぅ、普通にあった物なのか?」
「まあ、本でちょっと読んだ」
そして屈んだまま、シンシャにこそっと話し始める。
「なあ、シンシャ?」
「どうした」
シンシャは一緒に屈んだまま、何か秘密を言いたげな源十の顔を見た。
「オバチャンのステータス、気にならね?」
「人に使うなと言った矢先に、何を言っているんだ。源十?」
突然の言葉に、厳しめな口調でシンシャは聞き返した。
「だって、モンスターならいいって」
先ほどのスライムの事を取り出し、源十は冗談めかして言う。
源十は朗らかなケロッとした表情で笑っていた。
切れ長の目を吊り上げて、シンシャは怒った。
「おばちゃんは、モンスターではない!!」
その大声を聞いて気づいたオバチャンが、振り向いてかんかんに怒っていた。
「誰がモンスターだい!? あんたたち、サボってたらただじゃおかないよ!」
オバチャンはカンッカンッとモップで二つの影を弾き飛ばす。
投げられたのはバケツ。二人とも顔に木のバケツを被せられてしまった。
「ほら、怒られただろ」
「流石にこれは、ゲントのせいだろう?」
バケツを被ったまま、二人は笑った。
仕事が終わると、インクだらけになった二人がいた。
「ぷふっ、お互い汚れたな」
シンシャが噴き出してニコニコ笑っていた。
「シンシャこそ、かなり汚れてるぞ」
源十が布で顔をふき取りつつ、シンシャに応える。
「しかし、このままだと着替えが無いな。私もこれが旅路の時のいちょうらでな」
「近くでジャージが買える場所があるんだ。シンシャ、いかねーか?」
「ジャージ。お前が着ているその衣服か。実は興味深いのだが、それは一体なんだ?」
源十は自身のインクだらけになったジャージを一枚脱いで、バッと広げてシンシャに見せた。
「ニートの正装。っていってもわかんねーか。パジャマに良し! お出かけに良し! 近所を歩いても気にならない! 便利な衣服さ。この世界だと浮くけどな」
シンシャは乙女の様にニコニコしていた。
「ふふっ。面白いな。いいだろう。私も着てみたい! 連れて行ってくれ!」
二人はオバチャンから報酬を奪うと、走っていった。
「おばちゃーん! また明日ー!!」
夕焼けの方向めがけて、二人は去っていく。
「あたしゃオバチャンじゃないよ! シスタークレアって言う……! ……!」
報酬を手から奪われたオバチャンは、二人の背に向かって叫ぶが、次第に声は遠くなっていった。
大きく看板に横文字で『へ』のマークが書いてある。
そして、『へ』の横に、ちっちゃく”にゃんこ堂”と書かれていた。
大きな木の板で屋根の上に飾られた看板は、大きな木の断面で出来ていて、更にとてもデカい。
「……」
その何とも奇妙な看板を見て、シンシャは引いていた。
「ああ。シンシャ、ここだよ。ほら、100円ショップみたいなやつ」
「ひゃ、ひゃくえんしょっぷ……?」
ゲントが看板を指さして、シンシャに言った。シンシャは戸惑っていた。
「あー、そっか。わかんないかー」
冒険者らしき集団が、ショップから出て来た。
どれも無地の白ジャージを着て、やつれた顔をしている。
シンシャは声をかけてみた。
「すまない、ここのショップなのだが……」
「俺たちは峠を越すときに山賊に剝かれてな、裸でここに駆け込んだんだよ。すまないが放っておいてくれ」
やせこけた顔をしたその冒険者の集団に気圧されて、シンシャはたじろいた。
「そ、そうなのか」
何を言えばいいか分からず、シンシャは冒険者の集団を見送る。
衣服を買うための1Gだけ残されて、盗賊から返されたのだろうか?
シンシャはもう一度、ショップの看板を見た。
「1Gで良いもののが売っているとは思えないが」
シンシャは切れ長の目を垂らし、眉をハの字にさせて、不安を口にする。
「いらっしゃいニャー! まるで『へ』のように軽いお値段! 頭につけるだけでもじゃもじゃになるシャンプー「デメリット」ニャ! 顔を落書きだらけにする、いざという時はダンジョンのチョークにできる口紅ニャン! 全部1G! 買っていってニャ」
奥から胸に『へ』のマークを付けた、緑ジャージ姿のケットシーが現れて言った。
「本当1Gなのか!? 商品も『へ』でもなさそうだな」
シンシャが驚いて珍しく軽口をたたく。
「お嬢さん、それはどうか分からないニャ!? 今はジャージキャンペーン中ニャ!」
その言葉に、源十が喜び驚いて手を上げる。
「俺のジャージ! 作ってくれてるのか!?」
ケットシーは猫の口をニヤッとさせて、口元を押さえてて言った。
「珍しい格好だったんニャニね。早速、ケットシー仲間で作らせてもらったニャ」
店長が扉を開けると、赤、青、黄、のグラデーションで取りそろえたジャージが展示されていた。
「1Gで無地のジャージを売りつつ、こういった色つきジャージは10Gで売るんだニャ」
そう言われてみると、リネン製とウール製と文字で書かれた標識がある。
どちらも無地で1Gで売られていた。
「隣の町へ行く時に野党に襲われたやつが、無地のジャージを1Gで買っていくんだニャ。やっぱり、着るものが無いとニャア」
シンシャは何か察したように、パッと無地のジャージをひっくり返した。
背には『へ』の文字が書かれ、宣伝も兼ねているジャージとなっていた。
シンシャはさすがにこれは着たくないなと思った。
「うぉ!? これだけ1000Gだぞ!?」
源十が奥に置いてあった透き通る絹のジャージを見て口をパクパクさせている。
「ニっへっへ。これだけ高級な絹ジャージという製品ニャ。金回りのいい旦那用に、特別に作ってもらってるんですニャ。どうニャ? 一着持ってみニャイ?」
羨まし気に源十は透き通る絹のジャージを見ていた。
「1000Gかぁ……さすがに」
値段で源十はたじろぐ。
「どうせ目当ては着替えだ。店長、『へ』のマークが無い無地ジャージを、リネンとウールの半分づつ10枚包んでくれ」
シンシャのせられまいと、スルーして意思を伝える。
「はーい、まいどニャ!」
ケットシーが紙袋を取り出して、商品を入れて言った。
「シンシャは赤が目印だろ。赤はいいのか?」
フォローするように、源十がシンシャへアドバイスする。
「そう、だな。赤いのも一個、頼む」
包み紙にぽいっと新しく赤いジャージを入れられて、
「では、あわせて20Gで、まいどあり~ニャ」
10枚の衣服と1枚色つきを追加してもたったの20G!
本当に安い! シンシャは感動で涙が出そうだった。
チャリンと金をケットシーに払うと。二人は1Gショップを後にした。
「俺、のせられそうだったぜ」
中央広場の職人通りを横切りながら、二人は帰路に就いた。
金物屋が椅子に座って、コンコンと鍋を叩いていた。
「普段使いで、絹を持っても仕方ないだろう」
冷静にシンシャは源十へ言った。
「で、でもさ! 絹だぜ? 触ってみたかったなー」
好奇心を隠さず、源十は目をキラキラさせていた。手には包み紙を持って。
「リネンでもなかなか使い心地は良いだろう? 帰ったら、早速着てみるか」
その言葉を聞いて、シンシャの顔を見て源十が明るい声で言う。
「お! シンシャのジャージ姿! 見てみたい!」
その言葉に、シンシャはぷふっと笑った。




