第4話 ステータスオープン! シンシャ!
とんとんとんと、二人の姉と弟くらいの背の差があるエルフと人間が宿の二階へと進んできた。内装は一本道の廊下がずっと伸びており、壁の双方にドアが交互についていた。
エルフのシンシャが左側の三番目のドアを開けると、室内は真っ暗だった。
テーブルにある蝋燭に火をともすと、ほのかな明かりが室内に影を作った。
「ゲント、同室ですまないな」
「むしろ、いいのか? 俺なんかと一緒で」
シンシャは窓を少し開けて、換気をする。
外は暗かった。明かりは、部屋の蝋燭だけになっている。
「後で、ついたてを買わないとな」
一度、源十の言葉を遮ると、源十は少し怒った声で言う。
「なあ、なんで俺を引き取るなんてしたんだ?」
その声を聞いて、シンシャは顔を合わせられずに源十へ言った。
「猫を……飼ってみたかったのだ」
「猫??」
シンシャの顔は悲しくて下を向いた。
ゆらゆらと揺れる蝋燭の明かりが、シンシャの影をゆらゆらと揺らしていた。
「守れないものを傍に置くべきではない。父はそういう主張で、猫を飼わせてはくれなかった。私は、悔しくて泣いたが……父が言うことももっともだと感じた」
頬を膨らませて、源十はシンシャをジトっと見た。
「俺は猫じゃねーぞ」
外を見ながら、シンシャは赤い髪を風で揺らしていた。
「ふふ、そうだな」
そして振り向いて、源十を見た。
「今回、私は外で金を稼いでみて。まあ、既にほぼ使ってしまったが。力というものを感じた。稼いで、買って、自分で部屋を取る喜びだ」
自身の腕に目を下ろし、力を感じるように拳を握った。
「だから、飼ってみたくなったのだ。猫を、な」
シンシャは口元を上げた。笑うのは苦手で、なかなか口元が上がらなかったが、精いっぱい笑ってみせた。
「は。」
小ばかにしたように、源十は笑った。
「いいかぁ、シンシャこの世界はゲームなんだよ」
突然の物言いに、シンシャはフフっと笑った。
「ゲーム? 証明できもしないことを、何故?」
窓から離れ、赤い帽子をテーブルの上に置き、シンシャは面白おかしく言って見せる。
むっとなって源十は捲し立てるように言う。
「いいか! お前が俺を飼ったって、虚構なんだ。いつか、覚めちまう嘘の世界なんだよ!」
突然の物言いに、シンシャはよくわからないという顔をした。
「どうした、源十。なにが、気に障ったか?」
眉を下げ、困ったようにシンシャが言う。
まさか、自分が猫を飼いたかった話をきいて、猫と同列に扱った事を怒っているのだろうか。私としては責任を持つという意味だったが、不味かったか?
「ステータスオープン! シンシャ! 俺に逆らえない秘密を握らせてもらう!」
源十は大きくシンシャをずびしいっとシンシャを指さす。
すると青く光る魔法陣が浮かび上がり、窓が大きく開き突風が舞い上がった。
シンシャの身体が光り輝いたかと思うと、シンシャの周りに透明な青い板のような画面が何重も重なって表れる。そこにはシンシャの身体データから秘密まで文字で浮かび上がっている。
「うぁ……!? これは、なんだ!?」
シンシャは透き通るように光る体が恥ずかしくなって、一瞬自身の体を抱いた。
「つつぬけて読めるぜ! シンシャ! お前は……ホムン……クルス」
調子づいた源十の声が響き、その最後の方は驚きでか細くなっていった。
『父の影よ!』
突如、シンシャの影から黒い鎖が飛び出し、青い画面たちを砕き割った。
何重にも重なる青い板たちは、多数の影の鎖に貫かれてブォンと音を立てて消えた。
『覗きとは趣味が悪いぞ、ゲント』
シンシャの切れ長で金色の目が輝く。影で出来た漆黒の外套を体に纏い、魔法で光った体を隠していた。次第に光は収まっていき、影もそれと共にシンシャ自身の影に収まっていった。
「おま、おま、おまえ。エルフじゃなかったのか?」
シンシャは自分の竜の仮面を外す。
その肌は半分がダークエルフの褐色の肌になっており、シンシャの赤い髪がきらりと目立つほどであった。
「そうだ。わたしは、ダークエルフとエルフを合成したホムンクルスだ」
源十の顔は怯え、まるで異形を見てしまったかのように固まっていた。
シンシャは辛くなって胸を押さえる。
「知ってしまったか……」
舞っていた風がおちつき、シンシャの髪がサラサラと肩におちた。
「お前のその能力。イセカイテンイシャ? というものなのか」
源十はバツが悪そうな顔をして、黙って頷いた。
そして、小さくうつむいたまま、ぼそっと言った。
「ご、ごめん。俺……」
自分が知らぬ相手のヒミツを突然暴こうとした禁忌的な欲求に、ゲントはとても驚いているようだった。まだ幼い少年は、シンシャとは違い自身の力の強さで気が大きくなってしまうものだ。
「お互い、本物。ということだったようだな」
水桶と布巾を取ると、シンシャは冷静になるべく、扉の外に出て行った。
「風呂へ入って来る。ゲント、お前も後から入るといい」
一度振り返り、源十の方を言見ると、彼は堪えたようにじっと立っていた。
暗くなって、誰もいない風呂の中で、シンシャは一人浮かんで天井を見ていた。
ぽつ、ぽつ、と天井から水滴が落ちてくる。
シンシャは髪を長い布巾でまとめて、湯船につかないようにしていた。
「はぁ……」
ふっくらとした胸の中心に、赤い石の塊が光っていた。
シンシャはその赤い石を撫ぜる。
「ホムンクルス……か」
自身の出生がまさかこんなにも早く誰かに分かってしまうとは思っていなかった。
こうなっては、源十に出生の事を話すべきだろうか。
いや、まだ。
頭の中でシンシャは狼狽した言葉を整理する。
そして決めたのだった。
部屋に帰ると、ゲントとすれ違った。
扉の向こうに行こうとする源十を、シンシャは引き止める。
「まて、ゲント。言いたいことがある」
源十は気まずそうに、ピタッと静かにとまって。耳だけをこちらにむけた。
「明日、一緒に仕事をしよう。もともと、私はそれをかなえたかったのだからな」
そう、少なくともこれから源十と一緒に、清掃の仕事がやれる。
なにも、とつぜんのヒミツを明かし合ってしまったからと言って、関係を断ち切らなくてもいい。
シンシャの希望は何時だってそうだった。
旅をして、金を稼いで、人と出会いたい。
それは、彼女が外に旅に出る前に、決めたことで。
小さい頃、本で見た母の住む世界を見たみたい気持ちその者だったからだ。
源十はこちらをむかずに、こくこくと頷いた。
そして、ダッシュでお風呂場へと向かって行ったのであった。




