表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/10

第九章:エコーの目覚め



 廃施設の空間が、変質を始めていた。


 壁という壁が数字と記号の羅列に置き換わり、

 空間は赤黒いノイズで覆われる。

 現実が、記録された“別の何か”に上書きされていく──その最中だった。


 


 セナたちはモニターの前に立ちすくむ。

 その中央に浮かぶ黒い影──

 それが、プロトタイプ009。識別名「エコー」。


 


 少年のような輪郭。

 だが、瞳に浮かぶのは複数の人格の混濁。

 泣き出しそうな子供の顔が、笑いながら誰かを詰る老人の声に変わる。

 その全てが「存在していなかった者たち」の、統合された意識体。


> 「お前たちは、“ここにいるべきだった人間”を捨てた」

「私はその断片を集め、構成された。世界が忘れた名前、記録、記憶……その全部だ」




 


 06が前に出る。


「お前は……人間じゃない。記録の残骸の集合体だ」


> 「じゃあ人間ってなんだ?

 記録? 感情? 誰かの記憶? それとも“社会に認識されること”?」




> 「朝比奈セナも、俺と同じ“作られた者”だろ?

 じゃあ、“どこで線引きする”? どこまでが“許された存在”なんだよ!」




 


 セナがゆっくり歩み寄る。


「あなたの気持ち、わかる……。

 私も、誰かの寄せ集め。偽の記録。嘘の名前」


「でも、それでも……私は“自分で選んだ”。

 この世界に、“ここにいる”って。誰が作ったとかじゃなくて──」


 


> 「選べたのは、運がよかったからだろ」




 エコーの声が揺れる。


> 「俺たちは選ばれなかった。何の通知もなく、存在を奪われた」

「名前を付けられる前に、削除された。世界に触れる前に、消されたんだ!」




> 「それが“正しい世界”? 記録が全て? お前たちが生き残るに値する?」




 


 その声に、セナは目を伏せる。

 だが──その手は震えていなかった。


「だったら……この世界を上書きしてもいいの?」


「誰かを犠牲にして、

 また“存在を取捨選択する”ような世界にするの?」


 


> 「……それしか、方法がないんだ。

 世界は選ぶ。常に。

 そして“俺たちは、いつも弾かれる側”だった──」




 


 セナは、静かに手を差し出した。


「だったら……選ぼう、私たちで。

 書き換えるんじゃなくて、“上書きされずに生きる方法”を」

「記録に頼らず、存在を信じるやり方を。あなたが、“ここにいる”ってことを──」


 


 一瞬、空間が波打つ。


 エコーの顔に、無数の映像が走る。

 名もなき子供。顔のない母親。削除された日記。忘れ去られた教室。


 その全てを抱え、彼は、選ばれなかったすべての存在として、ただ佇む。


 


> 「……本当に……俺も、“いていい”のか?」




「うん。私たちは、“ここにいる”ことを選んだ。

 だからあなたも、選べるはず──」


 


 空間のノイズが弱まり、光が戻ってくる。

 崩壊しつつあった現実が、再び輪郭を取り戻す。


> 【再構築中止】

【テンポラル・エコー:統合抑制成功】

【VX_009:存在承認保留──対話継続中】




 


 そして、エコーの瞳が静かに閉じられる。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ