第五章:存在を書き換える者
闇の中で、誰かが叫んだ。
> 「やばい、“番号なし”の奴……これは削除じゃない、**“上書き”だ……!」
その瞬間、セナの視界が急に暗転し──
──“自分が誰なのか”を、少しだけ見失った。
名前は朝比奈セナ。
それは確かだ。けれど。
> (私って……どこに住んでたっけ?
高校……名前……クラスメイト……)
記憶のいくつかが、モザイクのようにぼやけていく。
「やめろッ!!」
06の怒声と同時に、明かりが一瞬だけ戻る。
だが、“番号なし”の人影は消えていた。
代わりに──その場に座り込んだひとりの少女がいた。
「……誰?」
セナが声をかけると、少女は泣きながら首を振った。
「わかんない……自分が誰なのか、思い出せないの……」
「まさか……この子、“上書きされた”……?」
月岡ハルが警戒しながら近づく。
少女の腕には、番号がなかった。
でも、明らかに“この部屋の空気”を知っていた。
> 「さっきの“番号なし”のやつ……
記憶だけじゃなく、“個体そのもの”を上書きして、
別人として再構成してるんじゃ……?」
「つまり、あれは──“消す”でも“殺す”でもない」
「書き換えて、別の存在にしてしまうってこと……?」
少女はうつむいたまま、ポツリと呟いた。
> 「……ごめんね、私、“もともとここにいた”の。
でも、誰の記憶にもいないの。
だから……“名前をください”……」
震えが止まらない。
この子は、**“誰かだった人”なのか──
それとも、“誰でもなかったもの”が“誰かになった”**のか。
藤巻レンジが壁に貼られたプリントを指差す。
「なぁ、これ……最初のワクチン配布のリストだろ?」
「ここに“セナ”の名前が……ない」
「……え?」
06が慌てて、他の名簿を確認する。
どのコピーにも、どの資料にも──セナの名前は見当たらない。
「君、本当に“07”なのか……?」
その瞬間。
セナの左腕に浮かんでいた07の痣が、じわじわと色を失っていく。
まるで、“その数字が最初から存在しなかったかのように”。
> 「まさか……私、番号を**“後から付けられた”側”**……?」
> 「それとも、もともと“番号なし”だった──?」
そのとき、隠れていた無線機がノイズを走らせる。
> 「……こちら【10】……誰か聞こえるか……」
「……“仮定存在”が侵入した、封鎖を急げ……」
「繰り返す──“上書き済個体”が再起動を始めた……」
“10”──新たな番号持ち。
そしてその言葉は、セナの存在そのものが“何か”の鍵であることを示していた。
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次回予告
第六章『仮定存在』
セナの存在が疑われ始める。
自分は人間なのか、それとも「番号なし」から“成形された”仮の個体なのか。
一方、“10”と名乗る人物が明かすワクチンの「最終目的」とは──?