第三章:ホームの下にいる
旧・千歳駅は、地図にはもう載っていない。
線路は撤去され、地上の出入口もコンクリで塞がれていた。
それでも、セナは“そこ”へ辿り着いた。
半ば崩れかけた換気口、フェンスの隙間、そして忘れられた通路。
地下へ降りる階段は、やけに長く感じた。
ホームに着いたのは、21時3分前。
人工灯は消えていた。
わずかな非常灯の明かりだけが、濃い闇を切り裂いていた。
そして、その奥に──誰かが立っていた。
「……セナ?」
低く、よく通る声。
少年は、セナより一つか二つ年上に見えた。
黒のパーカー。鋭い目つき。そして、左腕をまくって見せる。
そこに刻まれていたのは──06。
「“06”……あなたが」
「本名は伏せるよ。名前ってのは、消されやすい情報だからな」
「だけど“06”のナンバーを持つ俺は、抹消直前で逃げた唯一の個体だ」
「逃げたって……どうやって?」
06は、懐から一冊のノートを取り出す。
ボロボロになった表紙には、赤いマジックでこう書かれていた。
> 【記録ログ:06】
「存在ってのは、“他人の記憶”と“記録媒体”でできてる。
その両方を確保すれば、たとえ消されても痕跡が残る」
「俺は、自分の名前も記憶も全部紙に書き出して、自分自身を“再定義”した」
そのとき、背後のホーム奥から──何かの足音がした。
コツ、コツ……コツ。
乾いた音。一定のリズム。人間のものとは思えない、ずれたリズム。
セナが振り返る。
闇の奥、非常灯の切れ目の先に……**“ヒトのような影”**が立っていた。
だが、どこかが違う。
顔が、ない。
首から上が、まるで“なめされた紙のように”白くのっぺらだった。
その手には、古びた接種証明カード。
そして、そこにうっすらと数字が浮かぶ。
【04】
「それ……誰?」
「おそらく、04番の個体。すでに“削除された”存在だ。
けど、消されたはずの情報が、**“物理的にここに残った”**んだろうな」
「じゃあ、まさか──」
「消された存在は、完全に消えるわけじゃない。
人の記憶から消えても、記録が残っていれば“何か”がそこに留まる」
「……何か、って……それは、まだ人なの?」
「いや。
もう“存在だけが残った影”だ」
“それ”が、ゆっくりとこちらに向かってくる。
白い紙のような顔。人間だったころの名残。
そして、口のない頭部から、かすかな声が漏れたように聞こえた。
> 「……のこ……して……おいて……」
「わたし……を……けさ……ないで……」
セナの背中に、冷たい汗が流れた。
それは悲鳴ではなかった。怒りでもない。
──“忘れられた者”の、ただの懇願だった。