第一章:07番の痣
「はい、深呼吸して──チクリとしますよ」
冷たい金属の感触が左腕を撫でた瞬間、
セナはぎゅっと目をつむった。
――痛みはなかった。
ただ、体の奥で“何かが書き換わる”ような、不思議な違和感だけが残った。
「これであなたも、接種完了です。はい、この証明カード、肌身離さず持ってくださいね」
看護師がにこりと笑う。
だがその目は、どこか空洞だった。
高校三年生、朝比奈セナ。
東京郊外の私立高校に通う、ごく普通の生徒だったはず。
だが、この日を境に、“普通”は静かに剥がれ落ちていった。
それは3日後、教室で起きた。
「ねえ、昨日の篠田くん、今日休みなの?」
セナが問いかけた瞬間、クラスの空気が微かに揺れた。
──ほんの一瞬、何かがフリーズしたような感覚。
だが、すぐに戻る。
「篠田……くんって?」
「誰それ?」
「え、そんな名前、クラスにいないでしょ?」
そんなはずはない。
篠田ケンタは後ろの席だった。数学でノートを貸してくれた。
修学旅行でも写真に写っていたはず。
でも──席も、写真も、どこにも存在していない。
動揺して保健室に駆け込む。
腕まくりした自分の左腕、そこに──紫がかった数字の痣が浮かんでいた。
07
ぼやけた数字の輪郭が、皮膚の奥からじわじわと浮き上がっている。
「これは……副反応? ワクチンの?」
ワクチン接種証明カードには、**「07:確認済」**と記されていた。
だがその意味を尋ねても、病院も役所も一様にこう言う。
> 「それは個人識別コードですよ。安心してください、異常はありません」
本当に、これはただの識別番号なのか?
セナはやがて、同じ“数字”を持つ者が他にもいたことに気づく。
──篠田ケンタの左腕にも、同じく「07」が浮かんでいた。
──そして彼は、“消えた”。
教室、街、ネット、行政、あらゆる記録から、存在が削除されていく。
それはまるで、“この世界が必要ないと判断した情報”を削除していくAIのようだった。
その夜、セナのスマホに届いた一通のメッセージ。
> 【あなたの次の痕跡は、3日後に抹消されます】
【識別コード:07】
【回避を希望する場合、以下の方法で“存在ログ”を確保してください】
【手順:001──“記憶を紙に書き出せ”】
「……なんなのこれ。誰が送ってきたの……?」
画面の下に、消えかけたメッセージがもうひとつ浮かぶ。
> 【まだ間に合うよ、セナ】
【──僕は“06”だったけど、なんとか逃げ延びた】
【次は、君の番だ】