第六章:女王の戴冠式――そして、開幕の鐘が鳴る
王都・ラグラディアの中心、王城グランセリア。そこに鳴り響くのは、戴冠式の鐘――祝福と忠誠を誓わせるための、偽りの音。
だが、その鐘の意味が今宵ばかりは変わる。
それは、“開幕”の合図。
私、アリシア・グランフォードが、王国の秩序をひっくり返す第一手。
「ようやく……ここまで来ましたわね」
離宮の塔の最上階、窓辺から王城を見下ろしながら、私は静かに呟いた。
背後では、三人の従者――ゼフィルス、ルシアン、セイランが揃って跪いている。
「アリシア様、王城の魔封結界は、すでに“氷の浸食”で弱体化しました。これで貴族議員の記録室も、王家の秘匿資料庫も侵入可能です」
ゼフィルスが報告する声は、いつも以上に冷静だった。
「王子の愛人……いえ、“新たなる王妃候補”の側近にも、私の情報網がすでに入り込んでますわ。浮気相手の名前、金銭の流れ、脅迫の記録……すべて“王妃のお披露目”の直前に暴かれる予定です」
ルシアンは妖しく笑う。仮面の奥で、その魔眼が静かに光っていた。
「……式典当日、王子が玉座へと歩み出る直前、私が“剣”としてその場を制圧します。王城衛兵の半数は、すでに私の旧部隊にすり替えてあります」
セイランの声に、かつての“聖騎士”としての威厳が滲む。
完璧な包囲。完璧な手配。あとは、私が「舞台」に立つだけ。
「ふふ……では、戴冠式を始めていただきましょう。“真の戴冠”を、ですわ」
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戴冠式当日
黄金の大広間に、王家の血を引き次代とされた王太子――ラウル・カリュードが現れた。
王冠を戴き、民衆に微笑むその顔。だが、その瞳には慢心と偽善しかない。
「民よ、今日より我は新王ラウル一世として、そなたらを導く――」
その瞬間、会場の天井から降るように舞い落ちたのは、数百枚の“証拠文書”だった。
貴族の収賄。王子の不正な愛人囲い。民の土地を奪っていた密約の記録。
そして最後に、王子の手によって仕組まれた“アリシア・グランフォードへの断罪”の真実。
会場は騒然となり、王子の顔色が青ざめる。
「な、なぜ……! 誰が……!!」
「それは、“わたくし”ですわよ、ラウル殿下」
悠然と現れた私に、王族たちは声を失った。
「わたくしの“ざまぁ”劇、お楽しみいただけましたか?」
ゼフィルスが氷壁で玉座を封鎖し、ルシアンの結界が観客たちを動けなくする。
セイランが前に出て、かつての王子の剣として宣言する。
「この男は、王としての資格を失った。民を騙し、貴族を腐らせ、真実を封じてきた者だ」
「アリシア・グランフォードこそが、真に“統べる”器を持つ者。彼女こそ、新たな秩序の中心となる“女王”にふさわしい」
そして、私の目の前に、三人の“騎士”が跪いた。
氷の魔導侯爵、ゼフィルス・ヴァン=エストレイア。
毒を纏う仮面の情報屋、ルシアン・ノワール。
堕ちた聖騎士、セイラン・アルバ=カリュード。
その忠誠は、もはや演技でも計略でもない。ただ一人の女——アリシア・グランフォードという“毒姫”に捧げられた、狂気すら孕んだ信仰だった。
「貴様……! 女が、王都を追われた罪人の身で……!」
ラウル王子は激昂し、剣を抜こうとする。だがその手は、氷の棘に封じられ、動きを止められた。
「王子殿下、お手を汚すには及びませんわ。あなたが血を流す価値など……わたくしの手には、ございませんもの」
私の声に、静かに魔力が重なった。優雅で、妖艶で、そして容赦のない響き。
——瞬間、天井が割れた。
舞い降りてきたのは、王都全域に放たれた私の“新たな令状”。そこには、王家と貴族会による不正の数々が記されていた。しかも、それは“証拠”と共に、魔導映写として民衆の目の前にも投影されたのだ。
王城の外で、民衆の怒号が上がる。貴族たちが席を立とうとするが、逃げ道はもう無い。
「おやおや。帰り道は、凍ってしまいましたねえ?」
ルシアンが微笑む。ゼフィルスが天井を凍らせ、セイランが扉を封鎖する。
「皆さま、今日は“処刑”の日ではありません。これは“戴冠”の儀式。つまり——私の“始まり”を告げる舞台ですわ」
私は一歩、玉座の前に進んだ。
「この国の秩序は、偽善と欺瞞によって成り立っておりました。けれど、今日を境に、それは変わります。新たな統治者のもと、“選ばれた才と忠誠”こそが力となるのです」
玉座に座る私の手には、あのかつて婚約破棄された日の指輪があった。
それを静かに王冠の下へと置く。
「民のために。己の矜持のために。そして——わたくし自身の正義のために」
私は宣言した。
「アリシア・グランフォードが、“毒姫”としてではなく、“真なる女王”として、ここに戴冠いたします」
鐘が再び鳴り響いた。
だが今度の音は、誰かの命令ではない。誰かの嘘でもない。
ただ、“わたくし”という存在が、王都を包み込んだ音だった。
「忠誠を誓います。我らが“毒姫”に」
「永遠に、この命を捧げよう」
「あなたに堕ちた、この魂すべてを」