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幕間:黒翼の囁き

闇に染まった執務室。窓は閉ざされ、燭台の炎だけが揺らめいていた。部屋の奥、ゼフィルスは書類に目を通していたが、不意に気配を感じて顔を上げる。


そこに立っていたのは、彼女だった。


「アリシア様……何用です?」


「夜にしか話せないこともあるでしょう?」


その声は低く、甘く、意図的に含みを持たせていた。彼女はゆっくりと歩み寄り、まるで舞うようにゼフィルスの机の端に腰かけた。黒のドレスは身体に吸い付くように仕立てられ、淡く光る肌があらわになる。


「ゼフィルス、あなたには借りがあるのよ。覚えてるかしら?」


彼は一瞬、口を引き結ぶ。


「……私はあなたに魅了され、傍にいるだけです」


「そう。でも、私は借りを返したいの。私なりの方法で」


アリシアは指先で彼の胸元をなぞった。鋭い爪のような動き。それは決して優しさではなかった。むしろ――試すような、壊すような。


ゼフィルスの喉が微かに鳴る。


「お戯れが過ぎます」


「あなたがそう言うたびに、私、面白くなるの。騎士であろうと、人であろうと……欲望からは逃げられないって、証明できるから」


「……」


彼女はもう、彼の膝の上に身を預けていた。その重さは軽いはずなのに、息が詰まるほどの支配感があった。彼女の手はゼフィルスの顎を取り、顔を上げさせる。


「どうして目を逸らすの? 怖いの? それとも、惹かれてしまったの?」


「アリシア様……」


「今夜だけは、あなたは従者ではないわ」


その目――氷より冷たく、炎より熱い――が、彼の理性を焼いた。


ゼフィルスは抗えなかった。いや、抗いたいとすら思わなかった。彼女の意志に支配されること、それがどこか甘美な呪いのように感じられた。


(この人は……誰よりも孤独で、誰よりも強い)


彼はそっと、彼女の髪に指を通した。


アリシアは、満足げに微笑んだ。


「……いい子ね」


その囁きが、夜の帳に吸い込まれていく。


炎は静かに揺れ、影だけが艶やかに踊っていた。


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