第四章:執着と甘美と、毒の花園で
「……誰の許しを得て、その手に触れた?」
ゼフィルスの声は氷より冷たく、空気を凍らせた。目の前で、情報屋・黒鴉ルシアンが私の手に口づけた瞬間のことだった。
「フッ。嫉妬か? 氷の坊や。これはただの契約の儀式だろう?」
「違うな。アリシア様に触れる理由が“ただ”であるわけがない。お前の目に映っているのは……所有欲だ」
「ははっ、それを言うなら、君の目はどうだ? 剣を持って立ちふさがる忠誠の犬のくせに、その瞳には“独占欲”しか映ってない」
二人の魔力が火花を散らす。氷の冷気と、呪術の瘴気。
私はそんな激突の中心で、優雅にティーカップを口に運んでいた。
「ふふ……あなたたち、まるで子犬と黒猫の喧嘩ですわね」
「「アリシア様(嬢)、これは“喧嘩”ではありません」」
声が揃う。しかも一語一句同じ。
……少しだけ、背筋が震えた。
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最近、彼らの態度が変わってきた。
ゼフィルスは私が寝るまで部屋の前で控え、誰かが近づくとすぐ気配を殺す。まるで番犬。
ルシアンは「護衛」と称して四六時中つきまとい、情報と称して甘い言葉をささやく。
「最近では、王子殿下が君を断罪したことを“後悔している”という噂もある。ふふ、それを聞いてどう思う?」
「哀れですわね。私の価値は、見捨てた瞬間に手の届かないものになったのですもの」
「……その唇、誰にも奪わせないでくれよ?」
ルシアンの囁きは、まるで毒入りのワインのようだった。甘く、酔わせ、壊す予感すらある。
一方、ゼフィルスは実質、毎晩私に“魔力の安定”と称して魔力の手を重ねてくる。
「魔力同調は危険です。ですが……私以外が触れるのは、許せません」
無表情なのに、言葉は重く鋭い。その声が、夜毎に近づいてくる。
彼らの忠誠は確かに私の計算通り。だが、それ以上の“感情”が、私の手のひらの中で、熱を帯びて暴れ始めていた。
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そしてある晩、私の寝室の窓辺に一輪の紅薔薇が添えられていた。
メモも、魔力の痕跡もない。
ただ香りだけが、私の記憶を刺激する。
「……この香り、“あの人”ですわね。やっと来る気になりましたか?」
第三の男が、そろそろ姿を現す。
そう、次に私が狩るのは、“聖騎士”と呼ばれた、元・婚約者の義兄——優しく微笑む仮面の裏に狂信を秘めた男。
彼もまた、私に狂う運命。
私の庭は、甘い毒と執着で満ちていく。
私を裏切った世界を、今度はこの手で“狂愛”に堕として差し上げますわ