幕間:氷の檻に差し込んだ、紅の微笑
この辺境の地に、春は来ない。
灰銀の雪が空から降り、全ての色を奪う。氷の風が人の心を削ぎ、孤独を喜びへと変えていく。
そんな地に、女がやってきた。
「……君が、あの“断罪された令嬢”か」
俺は、言葉よりも先に“本質”を見る。魔力の波動。瞳の光。言葉の選び方。その間合い。何より、空気の変化。
アリシア・グランフォード。王都を追われた貴族令嬢。
否——彼女の名は今や、“毒姫”の予兆そのものだった。
「ええ、断罪されましたの。けれど、少しも反省はしておりませんわ」
その声に、偽りがなかった。それどころか、喜悦すら滲んでいた。
「むしろようやく自由になれたと、心から喜んでいますの。これから私、“戦争”を始めるつもりですから」
この女は、壊れている。
けれど——
(いや、違う)
壊されて、なお“自分”を研ぎ澄ました者だ。
冷酷でも、無謀でもない。彼女の言葉には、計算された“毒”がある。だがそれは、ただの復讐とは違った。
「……面白い。君は“愚か”じゃない」
俺は立ち上がり、彼女の前に跪いた。
主従契約。それは、魔力の支配を意味する。
だがこの時、俺は初めて「支配されても構わない」と思った。
「ならば契約しよう、アリシア・グランフォード。君が望むなら、俺は氷でこの世界の秩序を覆す」
その指先が重なった瞬間、契約の紅紋が彼女の瞳に宿る。
美しかった。理不尽の中で研ぎ澄まされた強さが、氷よりも鋭く、血よりも紅く——
俺の心を、侵食した。
彼女の毒は、世界を壊す力がある。
だが、それ以上に——
俺の世界を変える毒だった。
⸻