第二章:氷の侯爵と紅の契約
王宮から追放された翌日、私は馬車でグランフォード家の離宮へと向かっていた。都心から遠く離れた辺境の地。政治の中心からも、社交界からも見捨てられた場所だ。
——だが、いい。
むしろ都合が良い。ここからが私の「ざまぁ」劇の始まりなのだから。
「お嬢様、そろそろ目的地です」
侍女のミレイナが窓の外を指差す。見上げると、雪に閉ざされた灰銀の大地の先に、まるで氷の要塞のような黒き城が見えた。
この地の主は、“氷の侯爵”と呼ばれる若き貴族、ゼフィルス・ヴァン=エストレイア。
ゲームの攻略対象の一人。冷徹無比で人嫌い。だが実は、魔力制御の天才であり、王家さえ恐れる氷魔法の継承者。
原作では終盤に仲間になる隠しキャラだった彼を、私はこの時点で“味方”に引き込むつもりだった。
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「……君が、あの“断罪された令嬢”か」
応接室に通された私は、銀の髪と翡翠の瞳を持つ青年から睨まれていた。まるで氷柱のようなその視線は、普通の令嬢なら泣き出すほどに冷たいだろう。
「ええ、断罪されましたの。けれど、少しも反省はしておりませんわ」
私はにっこりと笑った。
「むしろようやく自由になれたと、心から喜んでいますの。これから私、“戦争”を始めるつもりですから」
「……戦争?」
「ええ。私を侮った愚か者たちに、“立場”と“命運”を賭けて、ざまぁしていただきますの」
ゼフィルスの目が細くなる。そしてその瞬間、彼の背後にある氷の花瓶が、ピシッと音を立てて凍りついた。
「……面白い。君は“愚か”じゃない」
彼は立ち上がり、私の前に片膝をついた。そして手を差し出す。
「ならば契約しよう、アリシア・グランフォード。君が望むなら、俺は氷でこの世界の秩序を覆す」
その指先に、私はそっと自分の指を重ねた。次の瞬間、私の瞳に紅の魔法紋が浮かび上がる。
それは、古の「主従契約」——すなわち、私の最初の“騎士”が誕生した瞬間だった。