3話 説明
昨日、案内をしてくれた側近がドアを開け、その後ろからアシール王が姿を現した。
慌てて立ち上がり、ソファの横に膝をついた。
顔を下げ、挨拶を申し上げる。彼の許可があるまでは顔を上げることはできない。
心臓が大きく鳴り、気を抜いたら倒れてしまいそうだ。これに慣れる日は、果たして来るのだろうか。
「ご苦労だった。君は下がっていてくれ」
「承知しました。何かあれば、なんなりと」
「ああ」
奥にあるドアの閉まった音がした。
聞こえてくるのは彼の足音と、それによって起こる布の擦れ音。その音が止まると、アシール王が向かい側のソファに座ったことがわかった。
「……もういい、顔を上げて座ってほしい」
「ありがとうございます。王の寛大なお気遣いに、感謝申し上げます」
ゆっくりと立ち上がり、ソファに座った。
昨日も見て思ったことだが、とても美麗だった。透き通るような白髪に、綺麗な褐色の肌。瞳の色も綺麗な空の色で、王にしてはまだ若いからか、色気もある。これではハレムでも苦労をするだろうと思った。
「いい、堅苦しい挨拶もいらない」
「ですが……」
王族に対して挨拶もなしに話をすることなどできない。もはや、今も会話ができていることもおかしい。本来であれば、こんな機会など一生来るはずがなかった。
「敬語も別にいらない。俺のことはアシールと呼んでほしい」
「流石に、恐れ多すぎます」
「なら、せめてあの堅苦しい挨拶はやめてほしい。命令とまで言えば従うだろ?」
「……承知しました、アシール陛下」
「陛下もいらない」
「では……アシール様と呼ばせてください」
「まあ、いいだろう。さっそく本題に入ろう」
王族と会話を楽しむというのもおかしな話ではあるが、それにしたって言い方というものがあってもいいはずなのでは。
礼儀に厳しいと聞いたけど、意外とそうでもないのかしら。
「アシール様が私を呼んだのはいったいなぜでしょう?」
王宮から届いた手紙には「霊視の能力が見てみたい」としか書かれていなかったらしい。
両親はハレムにでも入れさせられるのではないかと思いながら手紙を開けたらしいが、中を見れば全く関係のない話だった。
ハレムに入る必要がないのであれば、女性同士のあれこれや王族の後継問題にも関わることはない。そこは安心できたが、霊視の能力で何をさせられるのかが問題だ。
「まずは、君がどこまでの能力を持っているのかが知りたい。何ができる?」
「そうですね……対象者のオーラの色や守護霊、守護神を視ることができます。タイミングによっては先祖からのお告げ、今後のおおまかな未来などを視ることもできますが……」
「予言者みたいなものか?」
「厳密にいえば、違います。予言者は神が舞い降り、その人の体を使って予言を伝えにきます。霊能者は対象者の守護霊や守護神などと直接対話をします」
予言者は、どちらかといえば宗教に近い。信仰する神がいて、その神と通ずることができる人間に神が舞い降りて、予言をもたらす。
私みたいな霊能者でも、昔は宗教を新しく作って信仰させ、金儲けをする人も中にはいたらしい。現在、どの宗教も歴史上に存在するだけで今はほとんどが解体されている。金儲けに始めたことなんて長く続くわけがないし、結局は怪しまれて終わるのだ。
「そのため、霊視は完璧ではないとだけお伝えします」
「完璧ではない? どういうことだ」
「私の鑑定の結果を聞いて動きを変えることで未来が変わることがあるのです。例えば、見た目でわからなくても霊視で病気があるとわかった場合、治療をすることで寿命が長引くなど……今の例えは、良い場合ですが」
人によっては、未来の結果を聞いて何も動かずに人生を終える者いる。
結果論と言われてしまえば終わりだが、未来のことを聞かなかったほうが良かった場合もある。ここが難しいところなのだが、ここの理解を得ることが難しい。
「悪い場合は?」
「命で例えるなら、治療をすれば十年は生きられたのに病気で死ぬと分かった途端に治療をやめ、早死にするとか……」
「なるほど、なんとなく理解した」
本当に理解したのだろうか。
不安は残るけれど、説明をしたのだから「聞いていない」とは言われたくない。
「とりあえず、今日は俺のことを鑑定してほしい。何が視える」
「私が言うのもなんですが、そんなにあっさりと信用するのですか?」
これは占いなんかと違う。
占いには種類がたくさんあって、あれは心理学や統計学に近い。占っている人の話を聞き出して道具の力を借りて相手の悩みを引き出し、解決策を提案する。当たりやすいと言われている理由は占い師側の技量にもよるが、話しやすさや親しみやすさが重要となる。そして占い師の話を聞いてどこまで信用するかが鍵となる。
統計学とも呼ばれる占い方法もあり、それはいわゆる「平均値」だ。この年に生まれた人はそうなりやすい、この星座生まれの人はこういう性格、といった“なんとなく、こんな感じの人”という統計の結果だ。
だから、占いと呼ばれるものは当たりやすい。占いを信じていない人は、そもそも占いに頼らないため、自然と「当たってる!」という人が多くなる。心理の効果というのはすごいと思う。
「霊視は、その人の霊能の力によって決まります。この力を持っている人は少なく、視え方も霊能者によりけりです。そんな中で、なぜ私を選んだのでしょうか」
王族であれば、もっと違う国から霊能者を呼ぶことだってできたはず。
そんな中で、知名度もない私を呼んだ理由がわからない。
「わからないのか?」
「相手の心を読めるわけではありませんので」
「まぁ、なんとなくだ」
(なんとなくって……)
そんな、なんとなくの考えで呼ばないでほしい。
王族に呼ばれるだけで大変名誉なことではあるが、ここで何か失敗でもすれば私の首が飛ぶと同時に、家族にも何があるかわからない。そんな責任をこんな小娘に背負わせないでほしい。
「とにかく、今日は俺の守護霊や守護神を視てほしい」
「かしこまりました」
背筋を伸ばすが、手の震えはまだ止まらない。
今にも緊張で倒れそうだが、やるしかない。