61 ロス・アラクラネスへの帰還
【今回の登場人物と用語紹介】
・ロス・アラクラネス――魔薬密売組織の名称。歓楽街を中心に聖都の裏社会を牛耳っている。
・ロボ――ロス・アラクラネスが所有する奴隷にして殺し屋。現在は袂を分かち、小聖女メロコティーニャの騎士をしている。
・ザイン――ロボの主人。ロス・アラクラネスのボス。悪魔的な手腕でロス・アラクラネスを聖都最大規模の暴力組織に成長させた。
・ホセ――ロボの主人。ロス・アラクラネスのナンバー2。薬師の老爺。
「ロボ――ひと月振りに面ァ見せたと思ったら、こんな時間に叩き起こしやがってよ……」
魔薬密売組織――ロス・アラクラネスの屋敷にて。
ローテーブルを挟んで、組織のトップとナンバー2――ザインとホセが向かい合って座っていた。
古巣であるロス・アラクラネスの屋敷に1ヶ月帰還した俺は、門番にザインとホセの両名を呼び出すよう指示を出した。
彼らにとっての最凶の暗殺兵器であり――ロス・アラクラネスを聖都一の暴力組織にのし上げた一助と言っても過言ではない、殺し屋の帰還に――2人の御主人様は眠気眼を擦りながら出迎えてくれた訳であった。
とはいえ――早朝に起こされたせいか、寝巻であるバスローブ姿のザインは機嫌を損ねており――歓迎という空気ではなかったのだが。
一方、もう1人の御主人様――薬師のホセは、キッチリとシャツのボタンを止め、トレードマークの白衣とゴーグルを装着しての登場だ。
相変わらずの成金趣味丸出しの、趣味の悪い調度品が並ぶ部屋だが――大聖堂の税によって贅をかき集めた奢侈な内装と比較すると、ちゃちに感じてしまうのだった。
「はぐれた忠犬との感動の再会なんだからよ――もう少し優しい出迎えをして欲しいものだがな。熱いハグとか」
「忠犬だぁ? 駄犬の間違いだろ――それにテメェ随分と臭せえぞ」
ザインはハグは愚か――近づくのだって勘弁願いたいと言いたげに、路上の野良犬を見るような顔で、鼻梁にシワを寄せる。
「…………。ひと月もダンジョンに潜ってたんだ。ろくに水浴びもしていないもんでな」
ザインは野外であればタンを吐き捨てていたであろう不快感を露わにしながら――部屋の隅に控えている召使いに、寝起きの一服を持ってくるように指示を飛ばした。
一ヶ月振りに交わす御主人様との皮肉の応酬は――やはりと言うべきか、胸糞悪いものだった。
溢れる殺意を必死に抑え込むのに――苦労するくらいに。
「それでロボ――わざわざこんな時間にボク達を起こしたんダ。手ぶらで返ってきた訳では、ないだろうネ?」
ゴーグルのレンズを照明の光に反射させながら――ホセが言う。
「ああ。小聖女メロコティーニャ・ルシアはキッチリと殺してきた。」
「して――証拠はあるのかナ?」
ホセは疑念を帯びた瞳を向ける。
ザインは眠気が思考力を鈍らせているのか、俺の突然の帰還に対し――〝面倒くさい〟以外の感情を抱いていないように見えるが――ホセは違った。
元々頭脳労働担当なだけあり、仄かに漂う違和感の正体を突き止めようと、目敏く俺を観察している。
「これでどうだ」
コートのポケットから、赤い液体が詰まった小瓶を取り出し――ローテーブルの上に置く。
「これはなんだネ?」
「小聖女――《桃娘》の桃血だ」
「なんと……!?」
ホセは分かりやすく目を輝かせると――小聖女殺害の証拠である桃血の入った小瓶を取り、匂いを嗅いだ後、手の甲に一滴垂らして舐めとった。
「どうだホセ――本物か?」
「いかんせん本物の桃血を見たことがなくてネ――でも、果汁のような甘味にほのかに香る血の風味は、確かに桃血なのかもしれないヨ。少なくともボクの《薬》スキルで観察する限り、強力な回復効果をもたらす上薬であることは間違いない」
ホセは「よもや伝承の類いと思われていた《桃娘》の血が入るとはネ」と、上機嫌に残りの小瓶を白衣に収納するのであった。
ザインはなかなか葉巻が来なくて口が寂しいのか、「オレにも桃血ってやつを舐めさせてくれよ」とホセに手を伸ばすが、「これが本物なら一滴で金塊が買える貴重品ダ。無駄にはできまいヨ」とあしらっている。
「で――もう少し詳しい経緯を聞こうじゃないかネ?」
桃血に興味が移ろいだと思いきや――やはり俺の疑惑は完全に晴れていないようで、再びホセの問いかけが飛ぶ。
そんなホセに俺は、予め考えておいた経緯を答える――
ダンジョンで小聖女を殺そうとした直前、迷宮魔災が生じ、小聖女と共にダンジョンの遥か下層まで飛ばされてしまったこと。
小聖女の死体を引き渡す相手――教会の騎士がいないのでは、殺しても荷物になるだけと判断し、共に地上を目指したこと。
その道中に小聖女を捜索にきた騎士団と遭遇――改めて小聖女を殺害し、手土産に桃血の入った小瓶を貰い、無事地上への帰還を果たしたこと。
――時間稼ぎの意味を込め、そんな作り話を、彼らに騙り語る。
「なるほどネ――てっきりボクは、迷宮魔災の混乱に乗じてロス・アラクラネスの元から逃げ出したはいいものの、首輪のカウントダウンが近づき、結局死ぬのが怖くて戻ってきた――そう思っていたのだがネ?」
「何を勘ぐっているのか知らないが、俺は真実を語ったまでだ――御主人様に忠実な奴隷をあんまり虐めないでくれ」
「御主人様に忠実だぁ? テメーがオレに忠義を示したことが一度でもあったかよ?」
――もう、時間稼ぎは十分か。
そろそろ面の皮を維持するのも限界が来た。
ザインの売り言葉に答えるように――俺もまた敵意を剥き出しにする。
「あぁ? よく分かってるじゃねェか。そうだよ――俺は、あんたらカス共に忠誠を誓ったことなど、これまで一度としてない」
「っ!? おいおいおい――1ヶ月会わない間に随分とデカい口聞くようになったじゃねェか。思い出させてやらねェとな、飼い主に歯向かうとどうなるのかをよ!」
そういうとザインは――指にはめた主の指輪に魔力を込めた。
奴隷の首輪と対になっている魔道具。
魔力を込めることで――所持している奴隷の首を締め上げ――苦痛で支配することで反抗心を削ぎ落とし、労働生産性を飛躍的に向上させた偉大な発明品。
だが――いくら魔力を込めようと――奴隷の首輪が、俺の気道を締め上げる事はなかった。
「がはッ!?」
その変わりに――ザインの方が突如胸を押さえて苦しみだす。
そのタイミングで――召使いが葉巻を用意して戻ってきた。
「おっと――この部屋に入らない方がいいぜ。なんせ――毒ガスで満たされてるからよ。今すぐ扉を閉じて失せな」
召使いは薄情なことに――俺の言葉に怯え、葉巻を放り投げて逃げ出したのであった。
口をパクパクとさせながら、喘ぐように必死に呼吸を繰り返すザインを見下す。
その行為が更に――己を苦しめるとも知らずに。
さあ――ケジメをつけようか。
【強さランキング最新版】
1位――レオナルド
2位――ローザロッタ
3位――ミリャルカ
4位――シグフリード(1話で死んだ奴)
5位――クエル(副団長)
6位――ロボ
7位――ソフィア
なんで主人公が下から数えた方が早いんだよ……。
メロ「せめてクエルには勝ってくださいよ」
ロボ「無茶言うな……アイツ噛ませキャラだったけど、それはそれとしてかなり強かったぞ」