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57 桃血流離譚

【前回のあらすじ】

隠れ里を襲撃した副団長(クエル)率いる聖血(サングラダ)騎士団を退けたロボとメロ。

メロはこれ以上、聖女の思い通りにはさせまいと、《桃娘》として消費される運命に抗い、自らが聖女となり、現聖女ミリャルカを誅する決断をするのであった。

 宗教国家クレシエンティア。

 その首都――聖都エル・オロヴェ。

 その中心地にそびえ立つ、ルナルシア月教の最も神聖な聖堂にして、教皇の住む宮殿――大聖堂(カテドリアル)


 極上の贅の限りを尽くした豪奢な廊下を――俺とメロは肩で風を切るように進んでいた。


「(中に入ったのは初めてだが、本当に凄い金の注ぎ込みようだな……清貧とは果たしてなんなのか……)」


 大理石で作られた床はピカピカに磨かれ、踏み鳴らすたびにコツコツと心地いい音を立てる。

 壁には等間隔で壁龕へきがんしつらえられており――過去の聖人を模ったのであろう聖像が、その中に納められていた。


「(いや――設置されてるんじゃなくて彫られてる(レリーフ)なのか?」


 過去の偉人らの双眸が、侵入者を見つめるが――命を持たない石の肉体に、俺達を咎める術はない。

 石像を尻目に、メロは迷いのない確固たる足取りで前進し――俺はその桃色の後頭部をつかず離れず追従する。


 現在が未明と早朝の狭間といった時間なのを考慮しても、大聖堂(カテドリアル)の警備は厳重だ。

 にも関わらず、大規模な捜索令が敷かれているはずのメロと、明らかな侵入者である俺が、大聖堂(カテドリアル)への堂々とした入城を果たせたのは――聖都エル・オロヴェで名を馳せた稀代の天才石工・ソフィアの手引きに他ならない。


『ロボ殿にはかつてお話したことがございましたよね――わたしの父はかつて、大聖堂(カテドリアル)の大規模改修も任される程であったと』


 15年前――聖都一番の石工衆を率いていたソフィアの父親は、老朽化してきた大聖堂(カテドリアル)の改修事業を、教会イグレシアから受けた。

 当時はまだ、丁稚に混ざって建築技術を学ぶ、見習い石工であったソフィアであったが――既に彼女を跡取りにすることを見据えていた父親は、娘を大聖堂(カテドリアル)の改修に連れていった。


 当時の図面は今もなおソフィアの脳内に保管されており――のみならず、図面に存在しないはずの――隠し通路の存在さえ知り得ていた。


 そうしてソフィアは大聖堂(カテドリアル)の正確な施工図を描いた。

 それを聖血サングラダ騎士団副団長クエルに見せ――今の時間、最も警邏けいら兵との接触の可能性を減らし、聖女の私室へ辿りつけるルートを算出。

 見事――隠し通路を使い、思惑通りに人気ひとけのない大聖堂(カテドリアル)への侵入を果たしたのであった。


 約一ヶ月ぶりの外だと言うのに、用心を絶やしてはいけないため、新鮮な空気を気持ちよく吸う余裕がないのだけが残念だったが……。


 かくして――何度かの角を曲がった末――聖女の私室に到達したのであった。

 やはりと言うべきか――部屋の前には門番をしている女騎士がいた。

 石の民(ピエドラド)の隠れ里への襲撃作戦に参加しなかった、聖血サングラダ騎士団の一兵卒だろう。


 見張りがいるにも関わらず――メロは臆することなく前進する。

 その歩みに一切の淀みは感じない。

 まるで自分の城で、自分の部下に声をかけるかのような、綽々(しゃくしゃく)とした態度で。


「こんばんは――精がでますね」


「っ!? な、ななっ!? しょ、小聖女様っ!?!?」


 退屈な業務に欠伸を噛み殺していた見張りの女騎士は、目の前にいきなり小聖女が顔を見せたことで、緩んでいた背筋と表情を引き締めた。


「お母さまは中にいますよね? 通してください」


「は、はい――あっ……えっ?」


 彼女は最初――副団長クエル率いる襲撃部隊が、見事メロの奪還に成功し、こうして聖女の元へ届けられたのだろうと推察した――と予想したのだろう。

 けれども、即座に疑惑が生じる。


 逃げ出した小聖女を無理やり連れ戻した割には、メロの態度はあまりにも悠揚ゆうようとし過ぎている。

 かつ――彼女を聖女の前に連行する際に、必ずいるであろう責任者のクエルがおらず――その代わりにいるのが、得体の知れない白髪の奴隷エスクラボと来たものだ。


 与えられた仕事を粛々とこなすだけの下っ端であろうとも、この違和感を見逃すことは出来ない。


「し、失礼ですが小聖女様――クエル副団長は? そして、後ろにいるのは……?」


 聖騎士とはいえ、目の前の女はあまりにも無防備だ。

 今の状況に違和を覚えることはあっても、その緊急性を十全に理解出来ていない。

 隙だらけの身体に毒を打ち込むのは赤子の手をひねるように容易だ。


 俺は彼女を眠らす毒を準備するも――メロの手が俺を制止した。

 俺の手を借りる必要などないと言いたげに。


「クエルを始めとする聖血サングラダ騎士団は、私の軍門に降りました――そして私は、民を苦しめる残虐非道な罪人――ミリャルカをたてまつり参じた次第です。そこを退きなさい」


「なっ!? そういう事であれば、なおさら通す訳には参りませぬ!」


 ようやっと――彼女は事の重大さに気付いたようで、佩いた剣柄に手を添える。

 しかしメロは一切の動揺を見せることなく――同じ言葉を繰り返すのみであった。


「これは小聖女の歎願たんがんではありません――聖女(・・)メロコティーニャ・ルシアのちょくと捉えなさい。もう1度、命じます――」


 吸い込まれそうな紫水晶アメジストの双眸が、歪むことなく女騎士の射止める。


「そこを――退きなさい」


「っ!?!?」


 どこまでも冷静で静謐な声音――しかしその言葉が帯びる重みは聖人のように重く、有無を言わさぬ貫禄が、女騎士の心を貫く。


「か……かはっ……だっ……なっ……」


 揺らぎないメロの視線とは裏腹に、女騎士の瞳はぐわんぐわんと揺れ動く。

 電撃に貫かれたかのように振るえ、喘ぐように息を漏らすだけで、彼女の勅令に返す言葉を見つけられずにいる。

 その目に宿るのは畏怖であり、おそれであり――畏敬いけいであり崇敬すうけいであった。


 たった10歳の少女が纏う覇気に、彼女は屈してしまったのだ。

 どちらが支配者であるかを。

 それこそが――女神ルナルシアの血を引く半神――聖女の異能。

 そして――聖女の風格を完全に操るまでに成長したのは、紛れもなくメロの努力と覚悟の賜物であった。


「ど、どうぞ……お、お通り下さいませ……っ!」


 半ば腰が抜けたように――女騎士は跪いて、メロに道を譲るのであった。


「ありがとう――あなたも今日は疲れたでしょう。もう帰って貰って結構。自分の部屋でゆっくりと休みなさい」


 メロはそう言うと――聖女の部屋へと続く扉に手をかけたのであった。


今回のAIイラストはリボンをつけたメロです。

挿絵(By みてみん)

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