52 石の民の防衛戦
【前回のあらすじ】
捕まえた聖血騎士団の2人組は、騎士団の本隊が隠れ里を襲撃していることを、ロボとメロに告げる。
2人は急いで隠れ里へ帰還するのであった。
聖血騎士団の襲撃を受けている隠れ里は――目を覆いたくなるような光景が広がっていた。
「炎創」
「雷創」
――ドゴオオオオンッッ!!
魔法が石壁に衝突する破砕音と、それらに負けない怒号に、隠れ里全体が包まれていた。
隠匿された入口が――攻撃魔法、もしくは爆弾で風穴が空いていたのを見て、既に嫌な予感はしていた。
しかしこれは……。
「ひ、酷い……」
その凄惨な光景を見て、メロは肩を震わせる。
「ドブネズミに神の鉄槌を!」
「小聖女様を拐かす悪しきドブネズミから、小聖女様をお救いするのだ!」
敵の数は40から50と言った所。
一方――石の民の勢力は20人程。
しかもレオナルドを始めとする戦闘員が、遠征で里を外しており、残っているのは殆どが非戦闘員。
それでも――魔物蔓延るダンジョンで自給自足の生活を送るだけあり、聖血騎士団の襲撃を、少ない人員で必死に防衛していた。
「あの石垣は――ソフィアのスキルか!?」
玄室の奥に、見覚えのない――背の高い石垣が積み上げられているのが見える。
15メートルを超す高さであり、玄室の天井すれすれまで聳える石の塔の頂上には、ソフィアを始めとする居残り組の姿が見えた。
恐らくは《石》のスキルで、元々あった民家を石材に戻し――再度スキルを発動――防衛に特化した石垣に再構築したのであろう。
騎士団の連中は、《火》のスキルや《雷》のスキルを用いて、攻撃魔法を石垣にぶつけているが――ポロポロと表面の石が剥がれる程度で、分厚く組み上げられた石垣は、襲撃者の攻撃を防いでいた。
遠距離攻撃の手段を持たない騎士が、石材の隙間に指を入れてよじ登ろうとしているものの、頂上にいる里人が石材を落としては、取り付いた騎士を次々にはたき落としている。
そういえばソフィアは、城塞や砦の修繕の依頼も受けていた――というのを聞いたことがある。
曰く――「隙間なくカッチリ嚙合わせるのではなく、あえて遊びを入れることで、振動により衝撃を分散し、より強固な砦を築くことが出来るのですが、その具合がこれがまた難しいのですよ」――とかなんとか。
とにもかくにも――民家はボロボロで、あちこちから煙が出ているが――血や死体は見当たらない。
ソフィアの迅速な対応で、即座に里人を一ヶ所に集めることに成功したのであろう。
建物の被害は酷い有様だが――見た目に反して人的被害は殆ど出ていない様だ。
「ロボさん、どうしましょう……?」
「石垣の様子を見るに、まだ防衛に余力がありそうだ。なら、合流するよりも――」
数はこっちが圧倒的に不利。
しかし騎士団の奴らは、これ見よがしにそびえ立つ石垣の上にメロが匿われていると勘違いしているはずだ。
奴らが石垣に目を奪われている隙に――
「――直接指揮官を潰す」
一時的にでも統率が崩れれば、混乱に乗じて各個撃破で半分は数を減らせるだろう。
俺とメロは現在――石垣の攻城に夢中になっている騎士団の背後を取る形となっている。
崩れた民家の影に身を隠し――連中を観察し、指揮官を探す。
「ええい! 石壁如きに何を手間取っているのだ!? 同属性の攻撃魔法でタイミングを合わせ、同じ場所を狙うのだ! スキル事に編隊を組み替えろ!」
「(見つけた)」
叱責交じりに他の騎士に指示を飛ばしている、ワンランク装飾が凝っている鎧を纏った女騎士を発見した。
恐らくは彼女が襲撃作戦の指揮官と見て間違いないだろう。
金髪の女騎士――ローザロッタの姿が見えないのが不思議だが、あの剣豪と正面切って戦って、もう1度勝てるとは到底思えない。
僥倖と捉えていいだろう。
「捕まってろよメロ!」
「はいっ!」
小脇に抱えていたメロを背中に移動させる。
メロは俺の首に手を回ししっかりとしがみつくと、俺は鋸鉈を展開――指揮官目掛けて疾駆した。
「なッ!? 背後より新手を発見!」
「なんだと!? 伏兵か!?」
「チッ! 大人しく前だけ見てればいいものを」
指揮官の元にたどり着く前――後陣に配置された騎士に奇襲がバレる。
「毒創」
「ロボさんっ! 無理を承知でお願いなのですが、殺さないで無力化するというのは可能ですか!?」
「善処する!」
――斬ッ!
「ぐあッ!?」
すれ違い様に騎士を切りつける。
傷は浅いものの――傷口から俺の毒を浴びたことで、その女騎士は全身を痙攣させて地に伏した。
「致死性の毒は使わないが、非殺を誓うほど俺は強くない。万が一殺しちまっても文句は言うなよ」
殺し屋相手に〝殺すな〟と無茶振りする御主人様に悪態をつくが――悲しいことに彼女の無茶振りに振り回されるのは馴れている。
後陣の騎士を何人か撫で斬りにした後――ついに指揮官の元にたどり着く。
そして――
「おらァ!!」
「ッ!? 何奴!?」
――キィンッ!!
――跳躍からの体重を乗せた斬撃を繰り出すも、直前で俺の接近を察知した指揮官の刃に阻まれ、奇襲は失敗に終わる。
数メートル距離を置いて着地。
互いに得物を構える体制で睨み合う。
「あなたは――聖血騎士団、副団長のクエルですね」
「なんと……メロコティーニャ様ではございませんか!」
俺の背にしがみつくメロは、腕を解いて着地すると、指揮官に呼びかける。
指揮官――副団長と呼ばれるクエルという黒髪女は、いきなりのメロの登場に唖然としながらも、僥倖と言わんばかりに歯を剥き出しながら、目を輝かせるのであった。
「お迎えにあがりましたメロコティーニャ様――我々が来たからには、もう安心にございます」
副団長クエルはやうやうしくメロに呼びかけるが、その様は慇懃無礼甚だしい。
「なに眠たいこと言ってんだ? 安心だと? メロの帰る場所を――石の民の酷い有様を見せられ、何を安堵しろとほざきやがるんだあんたは」
「黙れ地下生活者が。我ら聖血騎士団――小聖女メロコティーニャ様を拐かす悪しき人攫いより、あなた様をお救いに馳せ参じたのでございます」
あくまでも自分達は――逆賊に捕らわれたメロを助けにきた正義の使者。
大義名分を盾に、正義を掲げながら無辜の民を蹂躙する様は――むしろ堂々と悪逆に走る犯罪者よりも醜悪に見えた。
「ローザはどうしたのですか?」
「ローザロッタ団長は、メロコティーニャ様の居所を把握しながらも、その居場所をひた隠しにしてミリャルカ様を謀る罪咎を犯しました。その処罰として身柄を拘束されております。故に暫定的にわたくしめが聖血騎士団の総指揮を任されている次第にございます」
「良かった……ローザはまだ生きているのですね……」
メロは安堵したように胸を撫でおろした。
しかし――まさかローザロッタがそこまでのリスクを侵してまで、陰ながらメロのことを守っていたとは思わなかった。
騎士団は聖女の命令で、草の根を分けるようにしてメロの捜索に当たっていたと思われる。
にも関わらず――これまで1度も捜索中に騎士団と遭遇しなかったのは、ローザロッタがあえて見当違いの場所を捜索するように指示を出し、メロの居場所を巧妙に隠していたからだろう。
「なるほどな――でも安心したぜ。ローザロッタがいないんじゃ、残りの有象無象の雑魚共で、俺を倒せるはずがないからよ」
「安い挑発だ――そんな手に乗ると思ったか?」
「チッ」
ゾロゾロと――俺とメロを取り囲むように騎士達に包囲される。
どうやら副団長殿はローザロッタと違い、騎士道精神とやらは持ち合わせていない現実主義者のようだ。
圧倒的な一対多――奇襲が失敗した地点で、戦況は俺達の不利に大きく傾いてしまった。
俺は殺し屋――影討ちは得意でも、同時に複数の敵を相手する戦術を持ち合わせていない。
「(毒王ベラドンナの毒を飲んで獲得した気化毒も――使えそうにないか)」
この隠れ里の広さでは、ローザロッタを斃した際に用いた気化毒を充満させるには、かなりの時間を要する上――奴らに毒を吸わせる前に、石垣に籠城しているソフィア達が先に中毒してしまう。
かといって空気より重い毒を巻けば、真っ先にメロが中毒してしまう。
「(液毒で1人ずつ無力化していく他ないか)」
手首を切り――鋸刃に毒を纏わせる。
「毒礫」
「貴様の手の内は既に漏れているぞ――《毒狼》!」
「チッ!」
――キィンッ!
手首に残った血液を手の平に纏わせ――副団長目掛けて腕を振るう。
毒の飛沫を浴びせようとするも――クエルは横跳びに跳躍して毒を回避――そのまま側面から斬撃を繰り出した。
それをなんとか鋸鉈で受ける。
宣言通り――俺の《毒》スキルは奴らにバレていた。
だから俺は、小細工なしで生粋の剣士に勝てる程強くないと再三言っているだろうが!
「毒――」
「雷創!」
「――がはッ!?」
鍔迫り合いから――口内に溜めた唾液を毒に変えて吹き出そうとしたものの――文字通りの横槍が入る。
包囲する騎士の1人が、雷属性の攻撃魔法を発動。
俺のこめかみに雷の槍がクリーンヒットした。
魔法で横殴りにされたことで、首が変な方向に曲がる。
「炎創!」
「がはッ!?」
雷だけに留まらず――今度は逆方向から火属性の魔法が襲来。
火球が俺の横腹を焼き焦がした。
そして――
「《嵐連斬》!!」
――斬斬斬斬斬!
「ぐはッ!?!?」
副団長クエルが――目にも止まらぬ速さで俺の全身を切り刻む。
たまらず俺は膝を折り――雷魔法の影響で四肢が麻痺し、受け身も取れずに石床に頭から頽れるのであった。