51 腐った鯛に価値はあるのか
【前回のあらすじ】
変装した聖血騎士団の2人組を尾行したら、魔薬の密造現場を発見した。
逃げる騎士の身柄を抑えるため、ロボはスキルを発動したのであった。
「毒創」
「ロボさんっ!」
「分かってる――殺しはしない」
俺はコートの袖の奥――手首に巻いたバンドに仕込んでいた暗器――千本を抜く。
按摩が鍼灸治療に使う極細の針だが、殺し屋の暗器としても重宝されている。
引き抜き様に千本の先端で手首を引っ掻き、俺の血を付着させ――投擲。
2本の千本はそれぞれ、背を向ける聖騎士のうなじに突き刺さるや、全身の筋肉が弛緩して頽れた。
「身体が……ッ!?」
「……動かないッ!?」
「安心しろ――数十分で効果の切れる痺れ毒だ」
「申し訳ありません。そうでもしないと、話を聞いてくれないと思ったので」
「お許しください小聖女様……我ら聖血騎士団は、聖女様の命令に背くことが許されていないのです」
「我らは皆、聖女様に仕官する際、聖血を賜ります――もし異を唱えようものなら、我らの体内に流れる聖血を操作され粛清されてしまうのです……仕方、なかったのです……っ!」
聖女のスキルは《血》とは聞いている。
だが――自分の血を飲ませただけで、生殺与奪の権利を一方的に握ることが出来るまでに、スキルを育てているとは初耳だった。
メロはその後も彼女達に詰問する。
喋ったら聖女に殺されるが、喋らなくても俺に殺されると観念したのか、先ほどまでの態度を崩し、大人しく口を割るのであった。
曰く――魔薬を栽培し、それをロス・アラクラネスを仲介して市井にバラ撒き大金を得ていること。
蓄えた金を地方教区の有力者に贈賄し、若い娘を貢がせていること。
そして――献上された生娘を、文字通り生き血を啜って殺していること。
聖女が自身の美貌を維持するために、秘密裏に行っている凄惨な儀式に、メロは言葉を失っている。
「お母さまが……よもやそこまでのことを……あんまりです……」
「大丈夫かメロっ!?」
メロは騎士達から語られた惨烈たる光景を思い浮かべたのか、血の気の失せた顔でふらりと蹌踉めく。
その小さな身体を抱きとめて支えてやると、彼女は小刻みに震えていた。
それは母親に対する恐怖などではなく――義憤によって生じた戦慄きであった。
「お母さまは確かに、決して聖人と呼べうる君子ではありませんでした。それでも、ルナルシア月教において聖女という存在は、信徒の心を繋ぎとめる楔――なくてはならない存在です。しかし……私のみならず……他の少女にまで手をかけていただなんて……!」
メロは日頃――俺によって殺されることを望んでいた。
恐らくは自分の死体を、母親の元に送る事を望んでいたのかもしれない。
自分が犠牲になることで、教会の存続が約束されるのだから。
しかし――聖女ミリャルカは自身が犠牲になったとしても、今後もまた、若い娘の命を奪い続けるだろう。
若返る手段を得た者は――再び時間のナイフで美貌を切り裂かれる事を許さない。
取り戻した若さを維持するために、何人もの乙女が燦々たる死を迎えることになる。
自分の命だけで済むなら、きっとメロは自分の身体を差し出すであろう。
だが、人を助けることに命を掲げる彼女が――そのような悪逆非道を許せるはずもなかった。
「つまりお前らは、我が身可愛さを言い訳に、悪事に手を貸していた訳だ――よくそれで月国に行けると思ってたな」
「聖女様は約束してくれた……! 聖血によって我らの罪は赦され、女神ルナルシアは我らを温かく迎え入れて下さると!」
「聖君たるミリャルカ様が、長きにわたり世を正すための、必要な犠牲なのだ!」
「よくもまあ、いけしゃあしゃあと……」
真に教会のことを憂うなら、犠牲の元に同じ聖女が数十年の間在位するよりも、次の世代にその座を譲るのが筋というものだろう。
死後月国に行くために善行を積むべしと謳う教会の象徴が、老いと死を恐れるなど――独りよがりにも程がある。
「だったら試してみるか? アンタらが本当に――聖女のドブ水みてえな血なんざで罪が赦されるのかどうかをよ?」
女騎士の片割れの髪の毛を掴み上げ、至近距離で殺意を込めながら脅しをかける。
「動けないお前らごと花畑を燃やしてやる。安心しろ――炎上した魔薬の煙がお前らに最高の快楽をプレゼントしてくれる。火炙りの苦しみを感じることなく、ラリったまま逝けるだろうよ」
「クソっ! 殺すなら殺せ! 我らは背信者などには屈しない!」
「それに口封じに我らを殺しても無意味だ。既にミリャルカ様は――メロコティーニャ様が地下生活者に匿われていることを承知している! もはや貴様らは終わりだ!」
「メロコティーニャ様も、これ以上の逃避は無意味でございます! どうか己が使命を全うしてくだされ!」
「〝己が使命を全うしろ〟だ!? よくも面と向かって、ガキに死ねと言えたもんだな!?」
以前の俺であれば、この程度の感情の揺らぎで、反射的に暴力に出ることなどなかったであろう。
殺し屋とは――抹殺対象以外を殺さないのだから。
しかし今は違う――慇懃無礼に言葉をコーティングしながら、さぞ自分たちに正義があるような口ぶりで、メロに死を強要する、我が身可愛さでガキを人柱にして思考放棄する阿呆共に対し――殺意を押さえつける事ができない。
――ジャキン!
何百回と反復して身に着けた、流れるような動作で――背中のホルスターから得物を抜き、折りたたみされた鋸鉈を展開する。
「ダメですロボさん!」
「っ!?」
振りかざした鋸鉈はしかし――狂信者共の頭蓋をカチ割る直前に、腰に抱き着いてきたメロに制止される。
感情に振り回される俺よりも、メロの方がよほど冷静であり――彼女は、今しがた騎士の言葉に、聞き捨てならないワードが含まれていたことを、見逃さなかった。
「今なんと仰いましたか!? お母さまは地下生活者の――つまりは石の民の事をご存じなのですか!?」
「左様にございます……ふふ……今頃ドブネズミの巣は、聖血騎士団によって蹂躙されていることでしょう。もはやあなた様が帰る場所は、大聖堂をおいて他にありません」
「「っ!?!?」」
俺とメロは同時に目を合わせる。
どこで情報が漏れたのかは分からないが、隠匿されているはずの隠れ里の存在がバレており、メロが匿われていることさえ彼女らは知っていた。
今頃隠れ里は、メロを探す騎士達によって悲惨な目に遭っている可能性が高い。
何より今は――獮斧のレオナルドと畏れられた元S級冒険者――里長が遠征で里を外している。
「(コイツらが言っていたドブネズミ駆除ってのは、このことだったのか!)」
「ロボさん! 今すぐ里に戻りましょう!」
「担ぐぞメロ!」
「きゃっ!?」
メロを小脇に抱えて持ち上げる。
未だ痺れ毒によって地を舐めている2人の騎士に、より強力な眠り毒を施してから、俺とメロは魔薬茂る玄室を飛び出すのであった。
「あの……可能ならお姫様だっこで運んでいただくことは出来ないでしょうか?」
「お前のサイズと体重だと、この運び方が1番早いんだよ!」