46 奴隷の首輪
【前回のあらすじ】
行き倒れの奴隷を介抱したら首が切断されて死亡した。
「え……え……ど、どうして……一体何が……っ!?!?」
メロは目の前の現実を受け入れる事が出来ず、顔面を蒼白させながら困惑している。
桃血によって意識を取り戻し、そのまま血を飲み続ければ恢復していたであろう奴隷が、なぜ突如として首が落され死亡したのか?
同じ奴隷である俺は、その真実を把握していた。
「奴隷の首輪には、逃走対策として時限式の斬首機能が仕込まれている」
奴隷は御主人様に逆らうことが許されない。
奴隷制による法律でそのように定められているから――しかし、それでも己の不遇な境遇に辛抱ならず、反乱を企てる奴隷は大勢いる。
その対策として、リンクしている指輪に魔力を流すことで――首輪を締め付ける事が出来、物理的に奴隷の反乱を鎮め、罰を与えることが可能となっているのだ。
しかし絞首機能は半径30メートルという範囲制限があり、遠隔で奴隷の首を締めることは――現代技術を持ってしても実現していない。
それゆえに、反乱が無理ならと――逃走を企てる奴隷が続出した。
その対抗策として追加された機能が――今目の前で実演された斬首機能である。
奴隷が御主人様の元を離れて一定時間が経過すると、首輪にはめ込まれた魔水晶によって斬撃魔法が発動――逃げ出した奴隷を自動的に殺処分するのである。
「そ、そんな……でも、彼女は逃げ出した訳では……」
「そうだな。迷宮魔災ではぐれてしまっただけで、彼女に逃走の意思はなかっただろう。だが――首輪はそのような都合を考慮してくれない。自動的に――カウントダウンがゼロになった奴隷を処分するだけだ」
もし彼女に罪があるのだとすれば――はぐれた主を探そうとしなかった事だろうか。
とはいえ、最低限の戦闘能力しかない荷物持ちに、単身でダンジョンから帰投を命じるのもまた、酷な話ではあるが……。
桃血はどんな傷や病も癒す万能薬であるが――死者を蘇る程の奇跡は持ち合わせていない。
メロは腕の中に残る首無し死体を、回廊の隅へと安置すると、転がった首の切断面と接するように添えて――追悼の祈りを捧げた。
人間がダンジョンの魔物を殺し、魔石や素材や地上に持ち帰るように――ダンジョンで死亡した人間は魔物のものであり、魔物に喰わせることで弔う――魔葬が推奨されていた。
ダンジョンもまた女神の生み出した人類への恵みであるから故、ダンジョンで弔われた者もまた、月国へ受け入れられるのだという。
とはいえその背景は――冒険者は殆どがその日暮らしの根なし草。
家族もおらず財産も殆ど所持していない冒険者から、墓地代や祈祷代を取り立てることは出来ず――合葬墓に埋葬するための費用を、限りある税金から使う訳にはいかない――というのが教会の本音だろう。
「メロはやるべきことをやった――彼女は安らかに逝けただろうよ。よくやった」
「ロボ……さん」
メロは静かに泣きながら、俺の胸に顔を埋める。
しかし――びくりと一瞬痙攣すると――全身が粟立つのを、俺は見逃さなかった。
メロは顔面を蒼白にしながら震えだし、震える眼で俺を見上げる。
「ロ……ロッ……ロボさん……」
「…………」
メロは――残酷な真実に気付いてしまった。
彼女は何度も喉をつっかえながらも――ついに、脳裏を埋め尽くしているのであろう質問を問いただす。
「ロボさんは……あと……何日……残っているのですか……っ!?」
これ以上は誤魔化しきれない。
奴隷は決して、御主人様から逃れることは出来ない。
主の元から逃げ出した奴隷が送る末路は――斬首による〝死〟のみ。
既に死神は、俺の肩に手を添えていた。
巨大な鎌が――首に添えられている。
小聖女――メロコティーニャ・ルシアの抹殺を命じられ、ロス・アラクラネスの元を離れて27日。
月は再び新月を迎えようとしていた。
俺は答える。
メロが見せた表情は、まるで自分が死刑宣告を受けたかのように――絶望に染まっていて……。
「あと…………3日だ」
***
「今日は、別々に寝るか?」
数刻後。
奴隷の少女を追悼し、隠れ里に戻ったメロは、一言も口を聞くことはなく、互いに気まずい沈黙が続く中、気付けば就寝時間。
とうてい一緒に眠れるような状態ではないだろうと思い、俺は床に寝るべく腰を下ろしたのだが――
「…………」
「分かったよ」
――そんな俺の寝巻の袖を、ぎゅっと掴むメロ。
メロは俺の隠し事に対し、憤りを感じてはいるものの、それでも安心毛布を手放すつもりはないらしい。
いつものようにメロと同じ寝台で横になり、彼女を抱きしめる。
「おやすみ、メロ」
「…………」
彼女は答えない。
物理的な距離はこんなにも近いのに――心の距離は、今までで最も遠くにあるような気がして、胸の中が寒かった。