37 石の民の隠れ里
「さて――到着しましたぞ。ここまで御足労おかけして、恐縮でございます」
「いえ、全然平気です。ですが、どこにもそれらしい入口が見当たらないのですが……?」
ゴブリンを屠った後も、何度か魔物と遭遇したものの、難なく斃していき――ソフィアは回廊の真ん中で足を止めた。
しかし、メロが首を傾げるように――周囲には玄室の扉も休憩室の入口も見当たらない。
「ふふ――これこそが石の民の住処が隠れ里と呼ばれる所以にございます、どうぞそのままご覧くださいませ」
ソフィアは誇らし気に笑みを浮かべると、これといって特徴のない回廊の石壁を、玄翁でリズミカルに叩打した。
――タンタン、タンタタ、タン、タタタン
「わっ!? 壁が上に吸い込まれていきますよ!?」
するとどうしたことか、変哲のない壁が――ズゴゴゴゴゴゴ――と、擦り付けるような音を鳴らしながら、上方へと持ち上がっていくではないか。
隠し扉――しかもダンジョン由来ではなく、人力で施された細工と思われる。
先ほどの叩打は、あのリズムが符牒となっており、反対側で控えている地下生活者が、音に反応して隠し扉を開口したのだと――ソフィアは解説してくれた。
「天井がいささか低くなっております故、頭上にお気をつけくださいませ」
隠し扉の奥に現れたのは、直径の部分を下にした半円型の隧道。
ソフィア率いる3人の地下生活者が先陣を進み、後を追うようにメロ、俺の順番で進む。
ソフィアの忠告通り、隧道内は一番高い箇所でも150センチと、大人なら屈まないといけない狭さだ。
大型の魔物の侵入を防ぐ意図があるのかもしれない。
しかしメロの身長は120センチ半ば。
桃髪の少女は、身を屈めることなく、悠々と地下生活者の後に続いている。
だが――途中で天井が低くなっている箇所がある可能性もあるため、万が一に備えて、クッションとしてメロの頭頂部の数センチ上に手をかざしておく。
「ふえ?」
しかしメロは何を勘違いしたのか、頭上に俺の手を気配を感じ取ると――両手で俺の手を取り、自身の頭部に撫でるように擦り付けた。
「(別にお前の頭を撫でようとした訳ではないのだが……まあ、接触しててもクッションの役割にはなるか)」
結果的に狭い隧道で幼女の頭を撫でるという謎プレイを行うことになった訳だが――無事、何事もなく隧道を抜けるのであった。
「わぁ!! ここが石の民の里なのですねっ!!」
「ようこそ――我らの隠れ里へ!」
ソフィアはやおら振り返ると、やうやうと一礼した。
自分たちで作り上げた里を誇るように。
事実――地下生活者の隠れ里は見事の一言に尽きた。
広々とした玄室を流用したのだろう――直方体の空間には石造りの家が立ち並んでいる。
ダンジョン内の資源で建築しなければならないため、木材や漆喰などは使われておらず、ほぼ全てが石材のみで建てられてはいるものの、家々の建築様式は、地上の一般的な民家と遜色ない造りをしていた。
いや、むしろ細部に施された、匠の拘り染みた装飾も見受けられ、デザイン性を考慮すれば、地上の庶民家よりも力が入っているまである。
「ささ、メロ様に治療して頂きたい者は、こちらにございます」
再びソフィアの先導で、隠れ里を進む。
周囲には里に住む地下生活者が、遠巻きに余所者である俺達を観察していた。
奇異の目を向けてくる地下生活者の姿を見て、俺はまた驚愕する。
「(老人、若者はともかく――子供までいる。その隣にいるのは母親か?)」
地上の路地裏にコミュニティを形成する乞食のような、乞食同士で資源を奪い合いながら、己の残り少ない生命を少しずつ擦り減らしていくような悲壮感はなく、相互扶助による社会性の香りが、隠れ里には存在していた。
地下生活者は存在こそ認知されているが、どのように生活しているかは詳らかにされていない。
だがまさか、これほどまで立派な集落を作り上げているとは、予想だにしていなかった。
「皆、安心してくれ! この方は治癒術師様だ! その腕前は魔薬によって堕落したわたしが、今こうして正気を取り戻していることを踏まえれば、説明はいらないだろう!」
ソフィアが玄室全体に響き渡るような声量で叫ぶと、余所者へ向けられる警戒の視線が薄らいでいくのを感じる。
その様を見るに、彼女は勝手に余所者を里の中に連れ込んでも、咎められることはない地位にいるのだろう。
「元薬中の癖に随分と信頼されているんだな」
「恥ずかしながら、里長補佐をさせて頂いております」
「ナンバー2といった所か?」
「そのようなものと解釈して頂いて結構です」
周囲から視線を浴びることに変わりなかったが、そのまま里の中を進むと、ひと際大きな建物の前で、ソフィアは足を止めた。
「メロ様の血の施しを頂戴したい者は、この中でございます」
「はい……分かりました」
いよいよ自分の出番が来たことで、メロは喉を鳴らしながら唾を嚥下し、深呼吸で息を整える。
ソフィアは、メロの心の準備が出来たのを認めると、扉を開けるのであった。