31 血の聖女――ミリャルカ・ルシア
【まえがき】
今回は女騎士ローザロッタに焦点を当てた3人称視点です。
【今回の登場人物】
・ローザロッタ・ロメロペス
長い金髪をポニーテールにした美女。
聖女の近衛隊である聖血騎士団の団長であり、赤子の頃からのメロコティーニャの教育係。
・ミリャルカ・ルシア
メロコティーニャの母親。聖女。若返るためにメロを殺して食べようとしている。
ロボとメロコティーニャが魔薬中毒者を救い、ダンジョンの休憩室で休息を取っている一方、地上では――
――聖都エル・オロヴェ中心地。
――教皇をはじめとする高僧の居住地でもある《大聖堂》。
――聖女の執務室にて。
「それであなた達は――アタクシの可愛い可愛い一人娘をダンジョンに放置して、どの面下げて戻ってきたのらん?」
繊細なレリーフの彫られた樫材の執務机――その奥の椅子に腰掛けるのは、この部屋の主である聖女――ミリャルカ・ルシアであった。
紫色の髪を伸ばし、到底この世のものとは思えない絶世の美貌を携えた美女。
どことなく小聖女メロコティーニャの面影を感じ目鼻立ちであるが、幼女にはない凄艶とした色気を纏い、同時に浮かべる表情は酷薄な圧を帯びていた。
「面目次第もございませぬ。全ては我ら聖血騎士団の不甲斐なさ故――小聖女様を危険極まりないダンジョンに置き去りにしてしまった事、まこと慙愧に堪えぬ次第にございまする」
外見は従容を保ちながらも、明らかな苛立ちの声音で詰問するミリャルカの前に跪くのは、聖血騎士団の団長――金髪を馬の尾のように一つ結びにした美女――ローザロッタ・ロメロペス。
その左右には、迷宮魔災ではぐれた後に、なんとか合流することの出来た、ローザロッタの部下2人が、同じくミリャルカの前で片膝立ちで首を垂らしていた。
共にダンジョンに潜った残る7名の聖騎士は、未だ消息不明である。
「それで? どうしてくれるのかしらん? 護衛の仕事すらまともにこなせない無能にやる慈悲は持ち合わせていないのだけれど? 申し開きを長々と語る前に、具体的な解決策を聞いているのよん?」
「現在ダンジョンは迷宮魔災により、全く新しい構造に変化しております。それ故――一度態勢を整えるべく、帰投した次第。新たに部隊を再編したのち、明日明朝より再度ダンジョンに潜り、小聖女様捜索の任に当たる所存にございまする」
「で? アタクシの大事な大事な娘が見つからなかったら、どう責任を取ってくれる訳?」
「そ、それは……」
高圧的なミリャルカの詰問に、ローザロッタは言葉を詰まらせる。
ローザロッタの顔に脂汗が浮かぶ――左右に倣う2人の部下の片割れは、そんな上官をフォローするように、口を開いた。
このまま聖女の機嫌を損なわせば、それこそ自分たちの首も危ういという危機感から。
「そっ、その際は我が命でもって償わせて頂く所存にござ――」
――パンッ!
部下の言葉は――破裂音によって遮られ、最後まで口に出すことは叶わなかった。
「っ!?」
室内が濃とした湿り気を帯び、霧状に散布された鉄の匂いが、ローザロッタの鼻孔を刺激した。
反射的に、整った鼻梁を歪めようとしたが、聖女の手前、なんとか平然を装う。
首をそのままに、眼球だけを動かせば――隣に跪いていた部下の首が吹き飛んで、残った胴体は絨毯の上に頽れていた。
脂汗が、滑らかな角度をつけた鼻梁の上を流れた。
「ひ、ひぃ!?!?」
同僚の頭部が一瞬の内に爆ぜた怪現象を前にして、ローザロッタを挟んで反対側で跪いていた、もう1人の部下は、腰を抜かして情けない悲鳴を上げる。
「(よせ――動くな)」
ローザロッタは小声で忠告するも、錯乱した部下の耳には届かない。
錯乱し、聖女を前にして、逃げ出そうとする部下であったが――パンッ!
「…………」
最初の部下と同じように、頭部が炸裂した。
室内に充満する血の匂いが、より濃厚になる。
「あら――いけないわ。アタクシの大切な娘の命が、よもや騎士1人の命で償えるなどと思われ、カッとなってしまったわん」
執務室に転がる2つの首無し死体。
これこそが――聖女ミリャルカの持つ《血》のスキルであった。
ミリャルカはスキルの能力で、自分の血を自由に操ることが出来る。
また、聖血騎士団は叙任する際に、儀式の一環としてミリャルカの血を飲まされる。
飲み込んだ聖血は体内で騎士の血液と混ざり――対象の血液全ての支配権を獲得し――その血を操作することで、部下を指先1つで粛清したのであった。
「無礼者と臆病者はアタクシの部下として相応しくないわ」
生殺与奪の権を握らせる程の忠誠によって結束する聖女の近衛隊――それが聖血騎士団であった。
「あなたは生かしておいてあげるわローザ――でも覚えておいてねん? もしメロコティーニャを連れ戻すことが出来なければ、その時はあなたも、この2人の部下と同じ末路を辿るということをね」
「心得ております」
「あーあ。血の匂いを嗅いだら、なんだかお腹が減っちゃったわん」
ミリャルカは血の匂いに酩酊するように、婀娜な笑みを浮かべると――人差し指を立てる。
すると――空気中に漂っている血霧が、ミリャルカの指に引き寄せられるように集まり、血雫となって指の腹に収斂した。
「あーん」
そして――指先を口に含む。
しかしすぐに眉目を歪めると――絨毯の上に唾と共に吐き捨てた。
「ぺっ……顔は良いけどいささか薹が立ちすぎているわね――不味いったらあらしないわん」
ミリャルカが口にした女騎士の年齢は20半ば程であったが、10代の血を好むミリャルカからすれば、もはや腐りかけであり、飲むに耐えない汚水に等しかった。
「でも良かったわん――予め桃血の前に前菜を用意しておいて」
血の匂いで空腹感を刺激されたミリャルカは――パンパン――と手を叩く。
それを合図に、部屋の外で待機していた女官が、台車を押しながら入室した。
「ん~っ! んんんん~~~~っっ!!」
「(くっ……また、ミリャルカ様のお戯れか)」
台車の上に乗せられているのは、手足を磔にされ、猿轡で口を縛られた美少女であった。
まだ10代半ばと思われる少女は、整った顔を恐怖で歪め、目元は腫れ、頬は涙で濡れている。
首を左右に振りながら、猿轡の下で何かを訴えているようだ。
「夕食の時間には少し早いけども、不味い血を舐めたせいで舌が気持ち悪いのよね――若い子の血で、口直しをしないとね?」
「んぐうううううう!?!?」
ミリャルカの妖艶でありながら酷薄な笑みに、拘束された少女の顔は、より一層、絶望に染まるのであった。