24 私が腐り落ちるその前に
【前回の説明の要約】
メロは桃血病と名付けられた未知の病に侵されており、傷口が自然に塞がらず、数年以内に四肢の先端から腐り落ちる運命にある。
それを少しでも遅らせるため、毎日メロの裸体を検分する役割を、ロボが引き継ぐことになるのであった。
メロは早逝した2人の姉の顛末と、己の身体を蝕む病についての説明を終える。
「既に私の自然治癒力は衰え、《癒》のスキルで以て、意図的に傷を治す必要があるのです」
「なるほど……そういうことか」
ローザロッタが己の性癖を満たすために、メロを垂らしこんでいた訳ではなかったのか。
まあでも――前科があるので、俺がローザロッタに疑惑の目を向けるのは仕方のないことであり、例え心の中だろうと謝るつもりは毛頭ないのだが。
「分かったよ。その検めの儀、俺が引き受ければいいんだろ」
「は、はい……その、殿方に肌を見せるのは初めてで……御見苦しいものを見せてしまうことを申し訳なく存じますが……よろしくお願いいたします……」
「あ、ああ……」
国の象徴の娘の裸体が見苦しかったら、果たして女神以外にそうでない女体がこの世に存在するのか疑問だが、メロは――パサリ――と、衣擦れを立てながら法衣を脱いだ。
その所作1つ1つが、神聖な儀式によって定められた手順であるかのように、脱いだ法衣を丁寧に畳み、石段の上に置く。
「…………っ」
これはメロの死を遅らせるために必要不可欠な習慣であり、やましい思惑などなに1つないにも関わらず、俺は思わず固唾を飲んでしまった。
「(落ち着け。10歳のガキの身体に魅力がある訳ないだろうが)」
かぶりを振って正気を取り戻した頃には、既にメロは上布のキャミソールと下着を脱衣した所であった。
「ど、どうでしょうか……?」
最終的に靴下と靴も脱ぎ、石床の上で生まれたままの姿を晒す。
「目に毒だ……」
「毒!? ど、どこかよくない所がありましたか!?」
「違う。ただの慣用句だ。気にするな」
恥ずかしい思いをしているのは俺よりもメロの方が強い。
恥を捨ててとっとと終わらせるのが、彼女のためだろう。
「そうだな……」
「ん……っ///」
目を凝らさなければ見えないくらい薄い産毛の下にあるのは、朱を帯びた色白の艶肌で、まさに白桃の様であった。
メロの肌は穢れがなさすぎるが故に、新品のキャンバスにインクの飛沫一滴でも垂らせば悪目立ちするかのように、小さな傷を見つけるのは容易だった。
「ここ、内出血してる」
「ひんっ!?」
「悪い――くすぐったかったよな」
長い桃髪を身体の前面に持っていき、露出させているメロの背中に、小さな痣を発見する。
まだ新しい傷であり、恐らくは迷宮魔災の際に身体をぶつけた時に出来たのであろうと思われた。
「いえ、少しびっくりしただけですので……」
背中に触れた俺の指先の感触を頼りに、痣に触れると――元の白い肌が蘇った。
そのあとの、足の裏、足の指の隙間、耳の裏、長い髪に隠されたうなじなど――隅々までチェックする。
「他に傷は見当たらない」
「ありがとうございました、ロボさん」
再び服を纏うメロ。
「(もしかして……これを毎日行うのか……?)」
だとすれば心臓に悪い。
小聖女の世話も楽ではないんだな……と精神的にどっと疲労が押し寄せてくるのであった。
「それじゃあ、もう寝ましょうか」
「そうだな。さっきも言ったが、寝台は自由に使え。俺は床で寝る」
「あの……ロボさん」
「なんだ? 遠慮してるなら、お前が気にする必要などない。床で寝るのは慣れてる」
「その……一緒に寝たい……って言ったら……迷惑ですか?」
寝台の上――正座を崩したように座りこみ、股の間に両腕を乗せたメロがおずおずと言う。
「なんだ。小聖女様は誰かが隣で添い寝しないといけない仕来りもあるのか?」
毎晩裸体をチェックする習慣があるのだ。
今更その程度では驚かない。
「いえ……違います。ただ一緒に寝たいだけ、です……1人だと、心細くて」
「…………はぁ」
「昨日、ロボさんと身を寄せ合って眠ったとき、あんな怖い場所だったにも関わらず、凄い安心して眠れたんです。休憩室は安全だとは理解しているのですが、それでもやっぱり……不安で……」
昨晩よく眠れたのは、俺の治療をする際に血を使い、その疲労感によって睡魔が後押しされただけで、俺の身体は関係ないと思うのだが――
「はいはい、仰せの通りに」
――頭皮を掻きながら、仕方なしに床から立ち上がる。
「これでいいか?」
「はいっ!」
メロを寝台と接地している壁側に誘導し、俺は外側に横になる。
メロもまた俺に倣うように、俺の身体にぴっとりと身を寄せた。
「えへへっ」
「笑ってないでとっとと寝ろ」
触れるのも畏れ多い小聖女というご身分だが、当の本人は人と触れ合うのが大好きな様で、ふにゃりと頬を弛緩させながら笑顔を作るのであった。
「ロボさん……寝る前に……私のことについて、改めてお願いしたいことが」
「ああ――なんでも言え」
ここまで彼女のワガママを飲んできたのだ。
もはやこれ以上は誤差である。
「桃という果実は、品種改良を重ねた結果、糖度の高い甘い果実になりました。けれどその反面、野鳥や害虫に狙われ易く、病気にも弱く、収穫期間も短い。わずかな傷で腐敗する程に刺激に弱く、人の手を借りなければすぐに腐り落ちてしまう、野生下では生きていくことのできない、脆弱な存在なのです。だから――摘み取ってください。私の身体が、姉と同じ末路をたどる前に――他でもない、あなたの手で。あなたの中に巡る私の血が、私の生きた証だと、それだけでもう、悔いはありませんので」
「…………」
俺は小聖女の逃れられぬ死の運命に逆らうために、ロス・アラクラネスを裏切り、教会にも牙を向け、メロを誘拐した。
だが――メロの命を狙う外的要因をいくら排除した所で、桃血病と名付けられた内的要因によって、数年足らずでメロは死ぬ。
神秘の根源であるはずの桃血が、逆に自己治癒力を奪いとり、回復魔法さえ受け付けなくなる時がくる。
メロに幸福な思い出を作ってやるのが俺の定めなら、幸福な終わり方を与えるのも、また――俺の役割であり。
「ロボさん――おやすみなさい」
既に睡魔が限界だったようだ。
メロは俺の返答を待つ前に、長いまつ毛で彩られた瞳を閉ざすと、すぐに寝息が聞こえてきた。
俺が差し出した腕を枕にし、片側の頬を胸板に押し付けるようにして眠るメロの寝顔は安らかで――かくしてダンジョン生活2日目は幕を閉ざす。
「…………」
安堵の表情で眠るメロの寝顔を見ながら、俺は言葉を発するために、乾いた唇を開いて、舌を持ち上げた。
言葉の意味は知ってても、二度と口にすることはないと思っていた言葉を紡ぐため。
「おやすみ――メロ」