23 桃血病
メロに給餌を終えてから、俺も自分の食事を取ることにした。
背嚢から取り出したのは、昨夜大量に殺した毒性魔物の肉である。
大蛇型の魔物の頭を食いちぎり、断面の皮と肉の隙間に指を突っ込んで、そのままベりべりを剥がし、白色の肉にかぶりつく。
毒を体内で生成する体質を持つ俺からすれば、少量の毒はむしろ滋養効果のある貴重な栄養源。
残さずに平らげる。
なぜか仄かな甘味を感じたのは、手の平についた桃の果汁か、もしくはメロの唾液によるものか……。
「くぅ……くぅ……くぅ……」
蛇肉を平らげ食後の余韻に浸っていると、隣から連続した吐息が聞こえてくる。
視線を向ければ――メロがうつらうつらと船を漕いでいた。
薄い唇の端からは涎が漏れている。
懐中時計を開けば既に時刻は夜8時。
ダンジョンに潜り2度目の夜が訪れていた。
「そろそろ寝るか」
「ふぇっ!?」
半睡眠状態のメロは、俺の声で――ビクッ、と身体を痙攣させてから覚醒する。
「そ、そうですね。この2日、私にとっては大変なことの連続で」
メロは就寝の準備をするかのように、腰掛けている寝台――直方体の石から降りる。
そして――わずかに頬を染めながら、上目遣いで俺を見つめた。
そのあざとい表情は計算でやっているのかと疑うも――コイツの身長は同世代のガキと比べても小柄な方なので、身長が175センチある俺を見る時は自ずと上目遣いになってしまうのだろう。
「その、ロボさんにお願いがあるのですが」
「なんだよ畏まって。最初から寝台はメロに使わせるつもりだぞ。俺は床で寝る」
「いえ……そうではなく……あの……その……」
メロは歯切れの悪くしながら、意味を持たない言葉を幾度が続けた後、意を決したように、握り拳を作りながら――
「わ、私の身体を見てくれませんかっ!!」
――と。
そう告げるのであった。
「…………は?」
その真意を測りかねて――あまりにも突拍子のない、そして衝撃的な発言に、思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。
「その……毎晩寝る前に、必ずローザに身体を見て貰っていて……その役割をロボさんにお願いしたいのです」
「何やってんだあの女騎士……」
その言葉を聞いて、嫌な予感が脳裏をよぎる。
無知な幼女に嘘の常識を教えて、自分の指を舐めさせる前科のあるローザロッタの入れ知恵。
もしかしなくても、騙されている可能性が高い。
「あのな……食事の時も言ったが、俺とお前は住む世界が違う。文化も価値観もだ。その行為にどのような意味があるのかを一から順に説明しろ」
そうでないと目の前の幼女が、男に裸体を見せつけたがっている変態幼女になってしまう。
「あ、そうですよね……すみません……」
メロはそういうと、一度深呼吸したあと、ゆっくりと語る。
「実は私は、桃血の影響によって――傷が自然に治癒されない体質なのです」
メロの語る変態的な行為の裏には、俺の予想とは裏腹に――しっかりとした理由があり、それは、想像を超えた邪悪な思惑の上に成り立っているものだった。
***
曰く――聖女ミリャルカ・ルシアの娘、小聖女メロコティーニャ・ルシアには、2人の姉がいたらしい。
1人目――記念すべき第一子が誕生した時から既に、聖女ミリャルカは自分の娘を生贄に、永遠の美貌を手に入れる計画を立てていたらしい。
授乳期間が終わると、初めての離乳食は桃のすり身であった。
だが――ただでさえ病にかかりやすい赤子が、一種類の果実からとれる栄養素のみで成長できるはずもなく、2歳6ヶ月という若さで夭逝した。
しかし2人目の娘は、授乳期間が終わり桃食を初めてもなお、すくすくと成長した。
長女との違いは授かったスキルが原因だと推察されているようだ。
長女は母親のスキルを遺伝して《血》のスキルを持って生まれてきたが、次女は父親のスキルである《癒》を遺伝した。
生まれつき自己治癒力が高い特性を持つスキルの性質が、強い生命力で以て足りない栄養素を補っていたのかもしれない。
「ですが、2人目の姉も14歳の時に亡くなりました」
メロは姉の死を、まるで自分の事のように感受し、表情を曇らせながら続ける。
聖女の美貌を血を色濃く継いだ次女の美しい身体は、12歳を過ぎた辺りから異変が訪れる。
手や足の先が青黒く変色し、麻痺し、やがて壊死して腐り落ちてしまったという。
末端の壊死はカビが繁殖するように少しずつ四肢を侵し――最後はその美貌は見る影もない、醜い形相となってこの世を去った。
「いかに滋養に優れた甘露であろうとも、それだけで生きていける程、人間は融通の利く存在ではありません。《癒》のスキルでなんとか身体を誤魔化していても、偏食がもたらす病死の末路から逃れることは出来なかったのです」
しかし聖女の美への執念は凄まじく、3人目――次女と同じ《癒》のスキルを持って誕生したメロにもまた、悍ましい《桃娘の儀を施したのだった。
「あと数年以内で、私は姉と同じ末路を辿ります」
名前もなく歴史上前例も少ない病を、聖女付きの御典医は桃血病と名付けた。
その症状の1つが――自然治癒能力の喪失。
《癒》の持つ高い自己治癒力さえも超越する病状により、些細な切り傷さえ、自然に塞がることはない。
しかし怪我の場所さえ分かれば、回復魔法を習得できる《癒》のスキルによって、治療することが可能である。
しかし回復魔法さえも――次女がそうであったように、やがては追いつかなくなる。
過去2度の失敗を顧みた結果――10歳の肉こそが、最も食べ頃であると聖女は判断したらしい。
小聖女は毎夜欠かさず就寝前に、氷肌玉骨に傷が入っていないかを、神官に隅々まで検めさせる必要があり――
その役割を、これまではローザロッタが務めていた――とのことだった。
教会内でも聖女派閥の間のみで隠匿された、残酷な実験。
2人の姉の顛末が記された記録を、メロは偶然にも御典医の部屋で発見し、己がやがて母親によって謀殺される定めにあることを悟ったのだという。
――そして話は冒頭に繋がる。




