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22 その騎士高潔にて――ただしロリコン

 ――きゅるうぅ~~~~。


 休憩室レストルームで身体を休めていると、隣に座るメロの身体から、空気の抜けるような音が鳴った。


「おならした?」


「し、してませんっ!!!!」


 メロは頬を赤く染めながら否定する。

 果たして桃だけを摂取して育てられたメロは、どのような屁の香りがするのだろうか――と興味に駆られるが、いささか配慮に欠ける発言だったと自重する。


「冗談だ。そろそろ飯にするか」


「は、はい……それは、頂きます」


 さっきの可愛らしい音は、胃が空腹を知らせる音であり、よくよく考えれば既にダンジョンに潜って一日半が経過していた。

 つまりお互いにそれだけの時間、食事を摂っていない訳で、腹の虫が大声で訴えてくるのも仕方のないことであった。


「えっと、確かローザロッタから貰った桃が……」


 ローザロッタと別れる際に、金髪の女騎士は餞別せんべつにと、食料と水を俺達に分け与えてくれた。

 食料といっても、桃の実だけなのだが。

 恐らくはメロコティーニャの非常食として、ダンジョンに持ち込んだのだろう。

 なんにせよ、メロコティーニャの胃袋は桃しか受け付けることのできないド偏食娘――桃を入手出来たのは僥倖であった。


「ほれ」


 メロの手に桃の実を持たせる。

 少女の小さな手に乗ると大ぶりに見えるそれは、程よく熟しており、まさに食べ頃といった具合であった。


「……? ……??」


 しかしメロは、手の上に乗った桃を、首を傾げ不思議そうに見つめるだけで、一向に食べようとしない。


「あの、ロボさん……この桃、まだ皮がついているのですが……?」


「そうだな」


 当たり前のことを聞いてくるので、当たり前の返答をする。

 メロはやがて「あっ」と息を漏らし――会話の食い違いに気付くと、僅かに頬を染め、上目遣いで俺を見つめ、両手に乗せた桃を差し出して――言う。


「ロボさん……申し訳ないのですが……この桃、切り分けて頂けないでしょうか?」


「……あぁ、そういう事か」


 高貴な生まれである小聖女()は、桃とは切り分けられたものを指し、丸かじりなどという下品な食べ方はしないらしい。


 まあ――教会イグレシアの象徴、聖女の血統を連綿れんめんした小聖女が、犬歯で桃の皮に齧りついて地面に吐き捨て、ついた皮の切れ目に指を突っ込んでべりべりと皮を剥がしたあと、豪快に齧りつき果汁で手首までベトベトにしながら食事をする光景は、とてもではないが想像出来ない。


「全くこれだから育ちの良いお嬢様は」


 そもそもよく考えれば、小聖女という身分は王政国家で言えば王女様(プリンセス)に値する訳であり、身の回りの世話は全て従者が行い、恐らくは湯浴みの後に自分で身体を拭いたこともないであろうやんごとなき御身分な訳で。


 俺とメロは同じ境遇であり、だからこそ守ろうと誓った手前申し訳ないが――やはり俺とコイツは住む世界が違うのだと思い知らされる。

 とはいえ、嫌儲思想ルサンチマンを刺激されたからといって今更ローザロッタの元に返品クーリングオフする訳にもいかない訳で。


 それに俺は知っている。

 見た目は世間知らずのお嬢様であろうとも、その心には芯が通っていることを。

 やれやれ――と嘆息しながら、メロの手から桃を回収し、皮を剥くべく刃物を取り出した。



 ――背中のホルスターから、ジャキンと鋸鉈のこなたを展開させながら。



「な、ななっ! 何をしているんですか!?」


「皮剥いて欲しいんだろ?」


「武器で皮を剥かないでくださいっ! これを使ってくださいっ!」


 メロは懐から果物ナイフを取り出す。


「全くこれだから育ちの良いお姫様は」


「育ち関係なく、武器で果物の皮を剥く人はいないと思いますよ!?」


 確かに毒を塗ってあるしな。

 それに、これまでろくに手入れなどしていないので、刃の隙間には今まで斬り伏せてきた人間の血や脂が固まってこびりついている事だろう。

 メロの育ちはひと際良いが、俺は育ちがあまりにも悪すぎる――と今回は反省しつつ、メロから果物ナイフを受け取った。


 刃を皮に添えて、実を回転させながらシュルシュルと皮を剥いていく。

 メロはそんな俺の手元を、期待を込めるような目で見つめている。

 皮を剥き終えれば、種を取り出して六等分に切り分け、それを更に半分に切り分けてメロの小さな口でも一口で食べる事の出来るサイズにしてやる。


 ローザロッタは食料こそ寄越したが、餞別の背嚢はいのうに食器の類いは入っておらず、俺の左手の平を食器代わりにせざるを得なかった。


「ほらよ」


「ありがとうございます――では、いただきますっ」


 メロは教会イグレシアの食前の祈りの言葉を、いささか早口で唱えた後――



「あー」



「…………おん?」


 ――小さな口を、目一杯めいいっぱい開口しながら、綺麗な薄桃色の舌を俺に見せつけてくるばかりで、一向に桃を掴む素振りを見せない。


「あ、あの……ロボさん……? まだですか……?」


「それはこっちのセリフだ。手の平が果汁でベトベトなんだ。早く食え」


「いえ、ですから……その……あ、あーん」


「…………はぁ?」


 メロを急かすも、やはり口を開けるばかり。

 両手は、内股にして座る膝の上にお行儀よく乗せられたまま、動く気配はない。

 まさかとは思うが、食器がないと食べられないのか……!?


「フォークはないから素手かナイフで食えよ」


「その……ローザはいつも、食器がないときは、直接食べさせてくれたのですが……」


 いまいち要領を掴めないため、詳しい説明をメロに請う。


 するとどうやら、普段の正式な食事の時間では、ナイフとフォークを使って上品に切り分けながら桃を食べるが、日中小腹が空いて間食が食べたいときは、世話役であるローザロッタがこっそり桃を持ち出してきて、一口大に切り分けると、まるで雛鳥に給餌するように、1つづつメロの口に運ぶようにして食べさせる――と説明を受ける。


 メロはそれが、食器がないときに行う常識的な食べ方だと信じており、骨の髄にまで染みついたお嬢様精神によって、素手で食べ物を掴むことが出来ないらしい。


「本当に世話が焼ける」


「うう……申し訳ございません……」


 幼い少女と二人っきりの密室で、切り分けた桃を手掴みで小さな口に運んでいき、時折指先が舌や歯に触れてしまう絵面は、いささか犯罪的な香ばしさが漂ってしまうのだが、既に小聖女殺害未遂からの誘拐という――見つかれば死刑を免れない大罪を犯しているので、もはや誤差だろうと開き直ることにする。


「んんんん~~~~っ///」


 小さな口の中に桃を一切れ突っ込んでやれば、メロは目を細め、溢れだす果汁を幸せそうに噛みしめる。

 メロの咀嚼する速度は亀を思わせる程に遅々としたものであったが、桃の甘味が舌を刺激するたびに、幸福そうに頬を綻ばせるので、見ていて退屈することはなかった。


 ようやっと最後の一口を嚥下するメロは、未だ汚れていない綺麗に乾いた手で、俺の手首を掴むと――


「あむっ」


 ――と、指の先端をしゃぶった。

 ガキ特有の柔らかい舌先が、果汁で濡れた指先を撫でる。


「おいっ!? なにしてんだっ!?」


「ふえっ? なにって、ローザに食べさせて貰ったときは、いつもこうして果汁を全て舐めとっているのですが……?」


「(それはもう特殊プレイなんだよな)」


 こてん、と首を傾げ――〝私またなにかやっちゃいました?〟――と言いたげな無垢な瞳が俺を見つめる。

 他の神官には内密で間食を行う場合は、ローザロッタがこっそり桃を持ってきて、食後は手に付着した果汁を綺麗に舐めとるのがマナーであるとメロに説明される。


 その口調に一切の疑いはなく、まるでテーブルマナーを知らない未開人に、知識を授ける文明人のような堂々としたものであった。


「(俺は田舎生まれ奴隷エスクラボ育ちであるから、上流階級の食事マナーを十全に理解しているとは言い難いが、これは絶対に違うだろう)」


 あの敬虔で厳格な女騎士が自分の幼女趣味フェティシズムを満たすために、無知な少女に嘘の常識を教えていた可能性がある。


 今もなお懸命に、指の股まで丁寧に舐めとっているメロに、真実を伝えるべくか悩む所であった。


「ごちそうさまでしたっ! ありがとうございますロボさん、とっても美味しかったですっ!」


 しかし――幸せそうな顔で、食後の余韻を味わっているメロに残酷な真実を伝え、まだ10歳の少女にトラウマを刻んでしまうのもまた憚られた。


「(ま、小聖女プリンセス奴隷エスクラボ――常識が足りないのはお互い様ということで)」


 間違った知識とロリコン騎士(ローザロッタ)の性癖は、墓まで持っていってやろうと――そう決意したのであった。

今回のAIイラストは、桃を切り分けるロボと、それを見つめるメロです。

ちなみにローザは、メロに手を舐めとって貰ったあと、こっそり自分の手を舐めてます。

以前アイドルの間接キスが云々言ったような気がしますが、大人というのはいつも身勝手なものなのです。


挿絵(By みてみん)


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