21 愛を込めて呼ぶから愛称なんですよ
【前回のあらすじ】
メロを連れ戻しにきたローザロッタの撃退に成功したロボは、あてもなくメロを連れダンジョンの奥地へと歩を進めるのであった。
ダンジョンは魔物の巣窟であり、様々な危険で満ち溢れて、あの手この手で冒険者に死をもたらす魔窟である。
そんなダンジョンだが――暴力《DV》旦那が稀に優しい一面を見せるのと同じで、冒険者にとって都合の良い一面も持ち合わせている。
「休憩室だ」
「れすと……るーむ……?」
教会の女騎士――ローザロッタとの決闘に勝利し、地下放浪の旅に出た俺とメロコティーニャ。
迷宮魔災により再構築されたダンジョンをマッピングしながら、半日程回廊を彷徨うと、休憩室を発見する。
「人間の魔力で施解錠が出来るダンジョンの安全地帯だ。玄室と違い、内側から施錠をかければ、人間でも中に入ることはできない」
扉の隣に埋め込まれた釦に魔力を注げば、閉ざされた石扉がスライドし、休憩室は疲れ果てた冒険者にひと時の安息を提供する。
中は大人が3人も入ればそれだけに手狭に感じる程の広さしかなく、調度品の類いもない。
部屋の最奥部には、壁と接地するように直方体の盛り上がりがあり、冒険者はこの部分を椅子や寝台の代わりにしている。
「やっと一息つけそうだ」
今日一日、遭遇した魔物はメロコティーニャを庇いながらでも問題なく討伐出来る低級ばかりであったが、メロコティーニャは半日歩きっぱなしでかなり疲弊しているため、こうして休憩室を発見することが出来て良かった。
内側から再度、釦に魔力を注いで施錠する。
「今日はここで一泊するぞ」
「はいっ!」
石の寝台の上に腰掛けると、倣うようにメロコティーニャも隣に座る。
背丈が足りず、足が地面に届かずにぷらぷらと宙に浮いているのが、なんだかダンジョンの雰囲気にそぐわず滑稽に見えて、思わず笑みをこぼしてしまった。
「どうしましたか?」
「いや――つくづく、お前はダンジョンに似つかわしくないなと思ってな」
「その――ロボさん。ずっと気になっていることが、あるのですが」
「なんだ?」
「どうして私のこと、名前で呼んでくださらないのですか?」
メロコティーニャは不満気に、形の良い眉根をひそめながら訴える。
その顔には、僅かながら怒りの感情も乗っていた。
「長いんだよ……お前の名前」
俺は周囲を逡巡し、言い訳を考える子供のように口ごもった後に、目を反らしながら答える。
「それでは愛称として〝メロ〟と呼んでください」
しかし向こうも引き下がらない。
「別にいいだろ。名前くらい」
「嫌です……お願いします……呼んで欲しいんです」
メロコティーニャはしおらしく、上目遣いで訴えてくる。
彼女の紫水晶の瞳に宿る意思は強く、大粒の瞳に俺の顔が映っているのが分かるくらい、俺を見つめ続ける。
「(分からないんだよ――人との接し方が)」
名前が長いだとか、呼び方なんかなんでもいいだろうと、メロコティーニャの要求を跳ねのけたが、実際は違う。
これまでの人生において、俺が接する人間は御主人様か抹殺対象のどちらかだった。
故に親しみを込めて名前を呼ぶ――という、カタギの人間が当たり前に行う行為さえも、なんだか小恥ずかしく、ついお茶を濁してしまった訳で……。
「(でも……)」
でも――俺も、変わることを決意した。
兄弟――蠱毒の犠牲となった子供達――の死を無駄にしないために、最後くらい、人間らしく生きようと決意したのだ。
「はぁ……とんだワガママ娘だ」
だから――逃げるように泳がせていた視線をメロコティーニャに固定し、ゴクリと生唾を飲んでから、乾いた唇を開いた。
「分かったよ…………メロ。これでいいか?」
「はいっ! これからはそう呼んでくださいねっ! ロボさんっ!」
メロコティーニャは――いや――メロは満足するように、満開の笑みを浮かべるのであった。
思ったよりも子供らしい一面を見せるメロ――いや、もしかすると、こうして教会による監視の目がなく自由を手にたからこそ、ようやく表面化することの出来た、本来の少女の性格なのかもしれない。
そして――俺のことをワガママを要求するまでに信用している証なのだとしたら……。
「(名前を呼ぶ程度で喜んでもらえるなら、まあ、安いモンか)」