14 血療
今回は小聖女メロコティーニャに焦点を当てた3人称視点になります。
「大丈夫ですか!?」
ロボの獣のような怒声。
魔物の絶叫。
鈍い刃が肉を叩き切るする音。
迷宮魔災後の玄室の激闘は、魔物の殲滅とロボの昏倒によって幕を閉じ、静寂に包まれた。
「…………う゛ぅ」
かなりの数の魔物に包囲されたというのに、メロコティーニャがかすり傷1つ負っていないのは、他でもないロボの獅子奮迅の活躍のおかげであった。
彼は自分を殺しにきた殺し屋だ。
でも――それは彼女が、救いの手を差し伸べない理由にはならない。
メロコティーニャは未だ震える足を叱咤しながら立ち上がると、ぐちゃぐちゃの断面が目立つ魔物の死骸の山を駆け、玄室の扉を閉じこれ以上の魔物の侵入を防ぐ。
そして――ロボの治療を開始した。
「酷い傷……血が、どんどん流れてる……」
全身から血が出ており、毒が混ざり血の色が変わったのかと錯覚してしまうほど、ロボの顔は青白く、精気が抜け落ちていた。
「あなたは絶対に死なせません。あなたが私を守ってくれたように……!」
メロコティーニャの魂に刻まれた《癒》のスキルは、回復魔法を習得することが出来るスキルではあるものの、桃娘の贄として作られた少女は、回復魔法の教育を一切受けていない。
しかし――メロコティーニャの血には傷を塞ぐ効力が宿っており、教会はそれを桃血と呼称していた。
「はぁ……はぁ……」
メロコティーニャは懐から護身用のナイフを取り出し、そっと手首に当てた。
しかし――自分の肌に傷をつける際に生じるであろう痛みが、少女の手を震えさせる。
「っ! この程度痛み……彼の身に刻まれた傷と比べれば……っ!」
思い出すのは迷宮魔災が発生する前の、救いの手を求めていたにも関わらず、助けることの出来なかった中毒状態の冒険者。
「(彼を助ける力があったのに結果的に彼を見殺しにしてしまいました。あの傷では迷宮魔災後の環境下で生存は見込めないでしょう――ですがもし、私が彼を治療でいていれば? もう、二度とあんな事はしたくありません。目の前に助けることが出来る命があるなら、何としてでも助けたい)」
震えはもうない。
メロコティーニャの細い手首に――銀製のナイフが食い込んだ。
「い、痛い……」
メロコティーニャは蝶よ花よといった具合に育てられた温室育ちで、傷による痛みを感じた記憶は殆どない。
その過保護さは――毎日メロコティーニャの身包みを全て剥がし、神官の前で裸体を晒し、柔肌に傷がないか身を検める儀が設けられる程であった。
しかしそれは、果樹に実る収穫予定の果実に、価値を落す傷がついていないか確認するようなものであり、決して親からの愛情が故ではなかったことを――メロコティーニャは自覚している。
彼女は大聖堂の全ての聖職者から敬意と寵愛を受け大切に育てられたが、それは自分が小聖女という身分であり、またいずれ聖女の悍ましい計画が背景にあるからであり、甘えた盛りの少女が、他者からの愛情を感じたことは1度もなかった。
世話役の女騎士、ローザロッタでさえ――やはり自分とは一線を引いていた。
「(でも、彼は違った)」
目の前で死にかけている青年は、本来であれば自分を殺すために派遣された殺し屋であり、信仰心も持ち合わせていない。
にも関わらず、自分を助けてくれた。
それは少女が初めて感じた愛情だと――そう思ったのであった。
だから――絶対に彼を助けたい。
そんな思いを乗せ、少女は己の手首に添えた刃に、より力を込める。
「(痛い……ですが……私を守るために彼が負った痛みと比べれば、この程度……!)」
震える手がようやく、メロコティーニャの手首の皮を裂く。
けれども――銀刃が切り裂いたのは薄皮1枚のみで、出血には至らない。
「…………っ!」
メロコティーニャはナイフを握る力を更に強める。
痛みに対する恐怖を、人を助けたいという意思で抑え込むように。
――ザク。
「あ゛あ゛っ!!」
数ミリ刃が食い込み、ようやく太い血管に傷が入ったらしい。
白い手首からドク、ドク――と鮮血が溢れだす。
血は重力に則り手首、手の平、指を順番に伝って落ちていき、指の腹で大きな雫を作ると、朝露のように青年の口へと落下した。
こうして零れる血をロボに飲ませていくと――少しずつ、白い頬に血の気が戻っていくのを、メロコティーニャは認めた。
次に出血していない方の手で、出血した手首を押さえ、手の平にべっとりと血を纏うと、軟膏を塗るように、ロボの外傷を撫でる。
神秘を帯びた血の万能薬が――魔物に穿たれた傷を塞いでいく。
「はぁ……はぁ……」
治療を続けロボの出血が収まり、呼吸も安定し、今は安らかな表情で眠りについている。
対するメロコティーニャは、血を失ったことで、意識が蒙昧としていた。
初潮を迎えていないこともあり、自分の肉体から血が抜けていくという感覚に慣れておらず、精神的なショックも理由の1つであった。
「ああ、まだ指先が、こんなにも冷たい」
メロコティーニャは改めて青年の全身を検める。
大きな古傷だらけの指は氷のように冷えており、出血が収まっても、低体温で死んでしまうかもしれない。
メロコティーニャは出血する手首を手の平で押さえ念じると、《癒》のスキルによって傷口が塞がる。
そうしてメロコティーニャはゆっくりと、ロボの懐の中に潜り込んだ。
自分の体温でもって、彼の冷えた身体を温めるように。
多数の魔物の死骸に囲まれながら――少女はゆっくりと意識を手放した。
それはあたかも、身を寄せ合い、お互いの体温を感じながら同衾する、兄妹のようにも見えるのであった。




