12 毒と薬は混ざらない
今回からまた主人公ロボによる一人称視点に戻ります。
【ロボサイドのあらすじ】
毒の王――――毒殺完了。
毒の王――――毒殺完了。
などと、誰かに聞かれたら小恥ずかしい事限りない臭いセリフを吐いた手前、情けない限りなのだが。
「ぜぇ……ぜぇ……ごふッ」
俺は死にかけていた。
《毒王》ベラドンナの毒を中和すると同時に、ベラドンナにとって猛毒になる毒を流し込み、奴を殺すことに成功したが――その全てを解毒出来る程、毒の王の猛毒は単純な作りをしていなかった。
俺の毒が自家製ブレンドなら、ベラドンナの毒は高級ブランド。
毒の王の名は伊達ではなく――体内には解毒しきれていない未知の毒がまだ残留しているし、同時に解析済みの毒もまだ解毒途中であり、常に《毒》のスキルを回し続けることで中和し続けなければ、今にもぶっ倒れそうな状態であった。
つまる所――さっきまでの威勢は全て、脳内麻薬が生み出した幻に過ぎず、口からダラダラと血を吐き出しながら、一秒ごとに寿命が削れていくのを実感しながら、宛てもなくダンジョンを彷徨っている訳で。
「このままでは……マジで死ぬ……」
まずは身体を休めなくては……。
迷宮魔災は人間だけではなく、魔物もまた巻き込まれる。
上層階の魔物が下層に送られたり、下層階の魔物が上層に送られたりもする。
そして従来の分布地が上層である魔物は上層に、下層である魔物は下層へと、本来の居住階層へと大移動を開始する(ダンジョンの空気中に漂う魔力濃度は下層が方が濃く、強力な魔物ほど濃い魔力を好むからと言われている)。
挙句――普段よりも魔物の行動が活発化していると同時に、いきなりの環境変化によるストレスで気が立って、凶暴化する傾向にあるのだ。
「迷宮魔災後の状況下、こんな回廊のど真ん中で休息を取るのはあまりにも危険だ……」
回廊の壁に肘をつき、半身を支えながら、休めそうな場所を探してあてもなく彷徨う――その時。
「玄室か」
回廊と玄室を繋ぐ扉を発見する。
欲を言えば休憩室が良かったが、扉で魔物の侵入を遮断できる玄室でも、中に魔物がいなければ十分に休息は可能だ。
「さて――鬼が出るか蛇がでるか」
扉に手をかける。
これで中に毒王級の魔物がいれば、俺の悪運もここまでということで。
果たして――
「あなたも、迷宮魔災に巻き込まれてしまったのですね」
「驚いた……これは……なんの偶然だ……」
――まだ齢10に達するかどうかと言った年齢の少女だった。
膝裏まで伸ばした非常に長い桃花色の髪。
120センチ半ばくらいの華奢な体は、純白の法衣を纏っている。
何よりも目を引くのは――土埃舞う仄暗い治外法権には不釣り合いの美貌。
人の醜さに嫌気がさした人形作家が、己の欲望のままに造形した陶器人形のように整っており、紫水晶のような大きな瞳は、小さな顔も相まってこぼれ落ちてしまいそうな危うささえ感じる。
「(間違いない)」
特徴とピッタリと一致する。
玄室にいる先客は――小聖女メロコティーニャ・ルシア――殺害対象である。
「小聖女メロコティーニャ・ルシアだな」
「私のことを、御存じなのですか?」
「俺はロボ・ベレニハーノ。あんたを――――殺しにきた」
足を引きずりながら近づく。
「そうだったのですね……良かった」
「良かった……?」
周囲を観察するに、彼女の他に人影はない。
先の迷宮魔災で護衛の聖職者とはぐれたのだろう。
1人心細くダンジョンに取り残され、冒険者に保護を求めようとしたら殺し屋だったという状況。
にも関わらず少女は「良かった」などと口にする。
「良い訳があるか――あんたは今から死ぬんだぞ」
「それが私の役割ですから。私はお母さまの血肉となるべく生まれた存在。ここで徒爾に野垂れ死ねば、それこそ私のこれまでの人生は無駄となってしまいます」
「…………」
それがまだ、幼女と呼んで差支えのない歳のガキの覚悟かと――絶句する。
しかし――俺の行動は変わらない。
少女が死ぬために生まれてきたのなら、俺は殺すために生まれてきた存在なのだから。
鋸鉈を捨て、少し力を入れれば折れてしまうのではないかと心配になる首に――否――実際に折る為に手を伸ばす。
「最後に――祈らせてください」
「冥途の土産は渡さん主義だが……特別だ。さっさと済ませろ」
するとメロコティーニャは姿勢を正し、両指を組むと目を閉じる。
「主の使徒たる我を斬り捨てんとする彼をどうかお許し下さい――かの狼は信仰を知らぬ罪を犯しましたが、それは偏に我らの宣教の努めが至らぬが故であり、彼の非ではない事を申し上げます」
「っ!?」
少女の口から紡がれる祈りを聞いて、俺は思わず硬直する。
少女の祈りの対象は――自分ではなく――俺への祈りであった。
「敬虔なる徒たる我の清魄を贄に、大慈でもって彼に広大なる慈悲を与え下さい。信仰を知らぬ憐れな狼に今一度輪廻へ還る機宜をお与え下さい。どうか次巡の輪廻においてこそ、彼に救いの手を差し伸べて下さる事お祈り申し上げます」
メロコティーニャは目を開けると、満足したような、穏やかな顔で首を差し出す。
反面――俺の胸からこみ上げてくるのは怒りの感情。
ビキビキと――少女に伸ばす右腕の血管が浮かび上がる。
「……ふざけるなよ」
その祈りは俺への憐れみではなく、己の自己満足のためだと解釈した。
こいつは俺と同じなどではない。
贅を尽くした極上の生活を送り、切り傷一つ負ったことのない温室でぬくぬくと育ち、上質な衣に身を纏い、多数の従者に身の回りの世話をさせ、庶民が一生かけても到達出来ない贅を10年間貪り、最後は下賎な殺し屋にさえ慈悲を与えたという満足感に陶酔し、月国に行ける事を確信してこの世を去ろうとしている。
「持っている者に、持たざる者の気持ちは分からんだろうな」
育ちの良さからくる性格の良さと、世間知らず故に出てくる理想論が、俺の抱える劣等感にグサグサと突き刺さる。
「神に俺の免罪を請う必要などない――その程度の祈りで罪が許されないことは、俺が1番よく知っているからな」
湧き上がる怒りをそのままに、小聖女の細首をへし折ろうとする――直前。
――カサカサカサ。
何かが地を這うような音。
「っ!?」
――背後から迫る殺気。
「きゃっ!」
少女の首に伸ばしていた手で、胸を押して突き飛ばし、俺は背後から迫る脅威に対応すべく、身を翻した。