10 小聖女――メロコティーニャ・ルシア
【今回の登場人物】
・メロコティーニャ・ルシア
長い桃色の髪の10歳の少女。
教会の象徴、聖女の娘。
・ローザロッタ・ロメロペス
長い金髪をポニーテールにした美女。
聖女の近衛隊である聖血騎士団の団長であり、赤子の頃からのメロコティーニャの教育係。
・ミリャルカ・ルシア
メロコティーニャの母親。聖女。
「小聖女メロコティーニャ・ルシア様の巡礼である――道を開けよ冒険者」
聖都エル・オロヴェの地中に存在するダンジョン。
古代遺跡を彷彿させる石畳の地面に、聖騎士達の軍靴の音が響き渡る。
メロコティーニャを中心に、ぐるりと包囲するように護衛の騎士団が展開し、すぐ隣には団長である金髪の女騎士――ローザロッタが周囲に目を配りながら少女を守護している。
現在地――ダンジョン7層。
あと少しでロス・アラクラネスの殺し屋との待ち合わせ地点に到達しようとしていた。
ここまでの道中は全くと言っていいほど、メロコティーニャの身が危険に晒されることはなかった。
ダンジョンは下層階に行くほど魔物が強力になっていく性質があり、上層階に生息する魔物如き、聖騎士団の敵ではなかった。
「うう……聖騎士様、た、助けてください……」
「邪魔だと言っているのが聞こえぬのか!」
――ガンッ!
「なにか、あったのですか?」
メロコティーニャの視界は隙間なく整列した聖騎士達の鎧で遮られており、初めて潜るダンジョンだというのに、その様相は殆ど伺えない。
どうやら先頭を歩く聖騎士と、ダンジョンを探索している冒険者が言い争っているようである。
「うぐぅ!?」
男のうめき声が響く。
苦しんでいる民がいるというのに、聖騎士は何もしようとしない所か、むしろ暴力を振るっている様で、メロコティーニャはいてもたってもいられずに、護衛の包囲を掻き分けて外に出た。
「メロコティーニャ様!? お待ちくださいませ!」
スルリスルリと、小柄な体躯を活かして、縫うように聖騎士の足元をすり抜けていくメロコティーニャを追いかけるべく、ローザロッタも後に続く。
「どうされたのですか!?」
回廊の真ん中を陣取り、小聖女の巡礼を塞いでいた冒険者は、聖騎士に蹴り飛ばされたようで、回廊の壁に背を預けて蹲っていた。
その背中をそっとさすりながら、メロコティーニャは法衣が汚れる事も厭わず、冒険者と視線を合わせるべく腰を折る。
「道中で魔物の毒を受けてしまいまして……治癒の施して頂きたく、聖騎士様に声をかけたのですが……」
男の顔を覗き込目が、確かに酷く顔色が悪く、腹部から出血もしている。
「ローザ! 治癒のポーションと、解毒のポーションをこの方に恵んで差し上げてください!」
メロコティーニャは世話役の聖騎士・ローザロッタを愛称で呼び寄せる。
「なりませんメロコティーニャ様。ダンジョンにはどのような危険が潜んでいるか分からぬもの。貴方様の身をお守りするために、下賎な冒険者の為に物資を浪費する訳には参りません」
「目の前で苦しんでいる民を救わずに、女神様にどう顔向けできましょう」
「身を弁えくださいませ」
「身を弁えるのは貴方の方です! 小聖女の命です!」
メロコティーニャは、目の前で苦しむ冒険者を代弁するよう、涙目でローザロッタに訴える。
しかし――
「我が身は聖血騎士団が団長。聖女様の騎士であり、貴方様の騎士ではございませぬ。何よりも優先されるのは、聖女様の命でございます。お許しを」
「なら構いません――私の桃血でもって彼の者の傷と毒を癒します」
彼女の魂に刻まれたスキルは《癒》。
《毒》のスキルが生まれながらにして毒に対し耐性があるように、《癒》のスキルは生まれながらにして高い自己治癒力を備えている。
桃のみを食べて育ち、あまりにも偏った栄養状態にも関わらず、10歳まで生きることが出来たのは、《癒》スキルの恩恵であった。
そして回復に特化した魔法を習得できるスキルである。
少女はこれまでスキルを磨く修練をしてこなかったが、己の血にこそ〝癒し〟の権能が宿ると解釈し、桃の風味と甘味が宿った血には、他者の傷を癒し毒を取り払う力がある。
「もしやメロコティーニャ様!?」
メロコティーニャは護身用に持たされた小さなナイフを取り出すと、白雪の如き手首に刃を添える。
ナイフが小聖女の血管を傷つける直前――
「なりませぬ!!」
「きゃっ!?」
――ローザロッタが籠手越しに刃を掴むと、腕力に任せてナイフを取り上げた。
「御身を労わり下さいませ。その御血は女神ルナルシア様の血統を示す貴きもの。安易に流してよいものではございませぬ」
「…………っ!」
メロコティーニャは歯噛みする。
施しを是とし、富の独占を悪徳であると、幼い自分を膝に乗せ、聖典を手にしながら語った世話役が其の教えに背き、あまつさえその理由に女神の御名を出す行為こそが、傲慢で恥ずべき行為ではないだろうか。
聖女とは宗教という楔で民の心をを繋ぎとめ、国を存続させるための贄である。
ならば、むしろ自分の血こそ、安易に民に振舞うべきものではないのか。
これでは神を知らぬ蛮族の支配する王政国家と同じではないか。
金髪の女騎士へ、そのような言葉で責め立てる。
だが子供の正論とは、大人の暴力によってねじ伏せられてしまうのが常であり――
「は、離してくださいっ!」
「お許し下さいませ」
――ローザロッタはメロコティーニャの細腕を掴むと、冒険者から引き剝がすように引っ張り、隊列の中央へと連れ戻す。
「(せめて最後に、月の女神の使徒として、小聖女として、民の為にこの力を使いたかった……それさえも叶わないのですね)」
聖騎士の行軍が再開する。
「(私は生まれてから一度も、聖職者として為すべきことを、何一つ為すことが出来ませんでした。温室で育てられた花のように、ただそこにいるだけの人形。どうせ死ぬのであれば、最後に1つ、月国で女神様に顔向け出来る行いをしてから……!)」
「っ!? メロコティーニャ様!?」
中毒して死にかけている冒険者から距離が離れ、手首への拘束が緩んだのがいけなかった。
諦めの悪い小聖女は指の間をスルリと抜け、再び護衛という名の包囲をすり抜け、冒険者の元へと駆けていく。
「不覚!」
聖女ミリャルカは独占欲が強く、部下の些細なミスも許容しない厳格な性格――言葉を選ばなければ思い通りにならないのが許せない独善的な癇癪持ちであり、丹精込めて育てた若返りの霊薬が、下賎な冒険者に一滴でも使われたとバレれば、己の首が物理的に飛びかねない。
ローザロッタがメロコティーニャに追いつく――直前。
――グラグラグラグラ!!
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
突如としてダンジョン全体が、悲鳴をあげるように震えだした!




