第42話 〈最終話〉
口籠る私にノアは笑って、
「『好き』って言ってくれよ」
と言った。
「……好き……だと思うわ」
「素直じゃないね。でも今はそれで良いよ」
そう言ってノアは私を抱き締めた。
結局……ノアは貴族を捨てる事にはならなかった。
陛下の命を救った英雄を平民にする事はこの国が許さなかったのだ。
「騎士爵ぐらいなら、悪くない」
ノアはそう言いながら、旅立ちの用意をしていた。もちろん私も。
私は大切にしていたブローチを複雑な表情で眺めた。価値のある宝石だった様だが、母を殺した侯爵から与えられた物だと思うと、何とも言えない気分になる。
アダンが後ろから、
「それは俺にくれないか?この店を建て直す資金にするよ」
と笑った。
「人も雇わないといけないし……そうね」
女将さんは退院して少しずつ仕事に復帰しているが、まだまだ本調子ではない。
反乱軍が夜の街に居なくなった事で、レイラが夜も働いてくれる様になったが、それでも人手は足りていなかった。
物資の流通も元通りになりつつある。遠のいていた客足もまた、依然の活気を取り戻し始めていた。
私はそのブローチをアダンに渡す。
「アダンが好きに使って」
このブローチを売らずにアダンが守ってくれたお陰で、これが陛下の目に留まり、侯爵を捕まえる事が出来た。
本人が手を下していない事、被害者である母が平民である事で、侯爵の刑がどれほどのものになるのかは分からなかったが、彼の狙いが本当は私だったと知ったノアは、身分に関係なく極刑をと声を上げた。
『母さんはお前を守ったんだな』
侯爵が殺そうとしたのが、私だった事が分かった時のアダンの言葉だった。
「どうする?今日はあの日だが……」
ノアのプロポーズを受け、彼が騎士爵を賜ってから一週間が経っていた。
今日はいよいよ、ノアが仕えるグランド公爵の領地に向かう。しかもその領地の一部をノアは任される事になった。
ノアは一応肩書として騎士を務める傍ら領地経営に奮闘する事になる。
ノアの言うあの日とは……
「人の首が撥ねられる所なんて見たくないわ」
そう。今日はメリッサ様と元宰相のロウの処刑日だった。
「だな。じゃあ行くか」
ノアは二人分の荷物を両手に掴むと、アダンに向かってこう言った。
「結婚式には来てくれよ?」
「当たり前だ。女将さんとレイラを連れて行くよ。ずっと働き詰めだったんだし、一週間ぐらい休んだってバチは当たらないだろう。……ニコを頼んだ」
「あぁ。全力で幸せにする」
ノアはもう一度荷物を床に置くと、アダンに右手を差し出した。
アダンはその手をギュッと握る。
アダンは固い握手の後、私に向かって両手を広げた。
私はその胸に飛び込む。
「アダン、今までありがとう。私を守ってくれたのは、母さんとアダンだわ」
「幸せになるんだ。それが俺と母さんの望みなんだから」
熱い抱擁の後、私は女将さんに挨拶をして馬車に乗る。
女将さんの目が少しだけ潤んで見えたが『さっさと行きな!』といつも通りに、私に『シッシッ!』とするように手を振った。
「またね!」
私は明るく皆に手を振ると、ノアと共に馬車に乗り込んだ。
王宮に向かう人たちの間を縫って、私達の馬車は郊外へと向かっていた。
「皆、物好きね」
私は王宮へ向かう人々の顔を見てそう呟く。
「誰かを悪者にしなければ、収まらない感情もある。大切な人を亡くした者だっているんだろうし」
無駄な血がたくさん流れたのだと心が痛む。そんな私の手を握り、ノアが言った。
「お前もその中の一人だ。お前が辛そうな顔をする必要はない。これはこの国が変わるために必要な事だったんだ」
納得いかなそうな顔の私にノアは優しく諭した。
三日をかけて、グランド公爵の領地にたどり着いた。ここは元ベイカー公爵の領地。たくさんの領民がこの地を無理矢理追い出された。少しずつ戻って来てくれている者もいるが、元通りになるのは時間が掛かりそうだ。
「さて……公爵に挨拶に行くか」
グランド公爵はベイカー公爵家が没落した為、新しくここにやって来た。ノアはその方に仕える事になる。
「へ……公爵にお会い出来るの?」
私の声は思わず弾んだ。
「嬉しそうだな。あぁ。随分と調子が良いみたいだ。ここの空気が合ってたんだな」
「じゃあ、行きましょう!」
駆け出した私に、ノアが、
「おい!慌てるな。転ぶぞ!」
と笑いながら追いかけて来た。
「公爵。ノアが来ましたよ」
執事の声と共に扉が開く。
「陛下!!」
私の声に、執務室で椅子に深く座っていた陛下が笑う。
「ニコル、私はもう『陛下』ではないぞ。……よく来たな」
私は王宮での日々で身につけたカーテシーをしてみせた。
「へ……公爵もお元気そうで安心しました」
「カーテシーが上手くなったな……。あぁ。随分と気分が良いんだ。病が消えた訳ではないが、今すぐ死ぬという事はなさそうだ。
あの時の私は死を願うばかりで……。しかし、今は違う。この国の行く末を出来る限り見守りたいとそう思うよ。それはニコル。お前と過ごした百日間のお陰だ」
「百日……私が王宮に居た時間」
「そうだ。その百日が私を変えてくれたんだ。ありがとう」
「陛下……」
と、その時。
「あのー。俺も居るって覚えてますかー?俺の存在を無視しないで下さいねー」
とノアが割って入った。
「ノア、お前のお陰で命拾いした。血まみれのお前を見た時『生きねば』と思ったよ。お前も私を変えてくれた一人だ。ありがとう」
公爵の言葉にノアは照れた様に頭を掻いた。
私達は改めて頭を下げて部屋を出る。
そんな私達に公爵は声を掛けた。
「結婚式は盛大にやろう。娘の花嫁姿が楽しみだ」
と。
結局……ノアはこの後グランド公爵となる。いつの間にか私がグランド公爵の養女になっていたからなのだが……それはまだ先のお話。
―Fin―




