第33話
陛下が何故そんなに悲しそうな顔をしているのかは分からない。分からないが、それを問いただす事も出来なかった。
「陛下。私にはこの国の未来を明るくする力はありません。でも、陛下にはあります」
「いや……私には無理だ」
そう一言言い残して、陛下は席を立った。
「陛下!」
「お前だけは……助ける。少し待て」
陛下は私の返事を待たずに背を向けた。
私も追いかける様に席を立つ。
「陛下!私は逃げません!」
何故か私はそんな事を口走っていた。せっかく離縁してくれると言った陛下の気持ちを無下にしているのかもしれないが、私には陛下を一人にする事は出来なかった。
陛下は振り返り、
「逃げるも何も……お前は関係ない人間なのだ」
そう言い残すと、足早に扉を開けて出て行った。
『関係ない人間』突き放すようなその言葉に少し怯んでしまったが、それが陛下の優しさだと分かっている。
私だってさっきまで逃げることを考えていた。だけど……何故か陛下を放っておけない。
寂しそうな孤独な背中を見送るしか出来なかった私には、どんな言葉を陛下に投げかけて良いのかも分からないのだが。
私は心の中で話しかけた。
『カサンドラ様。貴女なら今、陛下に何と声をかけてあげたのでしょうか?』と。
翌朝早く、眠れなかった私は庭でも散歩しようかと廊下を覗く。しかしそこにノアの姿はなかった。
私がキョロキョロとしていると、護衛が言う。
「ノアは暫くお休みです」
「べ、別に探している訳じゃ……」
ノアとは別の護衛は、私の言葉に少し笑った。
「多分、一週間もすれば戻ります」
微笑みながら言う護衛の言葉に私は少し驚いた。
「一週間……?」
私が此処に来てから、ノアが私の側をそんなに長い間離れた事は無かった。
「あいつ、ここのところあまり休みを取っていなかったので」
「そう……そうね」
「で、妃陛下どうされました?」
「ううん。なんでもないの」
私は何処にも行く気持ちになれず、扉を閉めて部屋へと戻った。
ノアが私の元を去った事と、私が彼の正体に気づいた事とは無関係ではないだろう。
そう考えていると、ノックの音が聞こえマギーが入って来た。
気づけばもう朝食の時間だ。
しかし、マギーは朝食の乗ったワゴンをその場に置くと、私に詰め寄った。
「何を!何をしたのです?!」
私の両腕を掴み、激しく私を揺さぶる。
「ちょ……ちょっと待って!何の話?」
「昨晩、陛下がこちらに来られたと……」
そう言ったマギーの目は私に憎悪を向けていた。
「私の食欲がないのを心配して……」
私が答えると、
「それだけで?それだけで、この部屋を陛下が訪ねて来たと?」
「う……うん」
マギーの勢いに私はたじろぐ。
「嘘おっしゃい!!」
急にマギーは怒った様に叫んだ。
「貴女……。まさか陛下を体で籠絡しようとしているのでは?」
「そ、そんなこと!!」
「貴女など信用出来ません!!
いいですか?貴女の様な卑しい者を王族の血筋に混ぜる訳にはいかないのです!立場を弁えなさいとあれほど言ったでしょう?!何度も忠告した筈です!」
「だから!そんな事はしていないってば!失礼ね!離してよ!」
私の両腕にマギーの指が食い込む。マギーの様子がおかしい。私はその様子に恐怖を覚えた。
「やはり……貴女を自由になんかさせるんじゃなかった……本当に貴女達親子は……」
最後の言葉はまるで呟く様な小声だったが、私の耳にはきちんと届いた。
『親子』ってどういう事?マギーは誰の事を言っているの?
「親子……って?」
私の言葉にマギーがハッとしたように目を見開いて、いきなり私の腕を離すと、二、三步私から離れるように後退った。
「とにかく……もうこの部屋から出る事を禁止します。最初から、そうすれば良かった」
そう言ったマギーは直ぐ様背を向けて、急ぎ足で私の元を離れていく。
「そんな!!貴女にそんな権限はないわ!」
私はマギーの背に声を掛けた。
そんな私の言葉には全く耳を貸さず、マギーは部屋を出て行った。
朝食の乗せられたワゴンは扉の近くに置かれたまま。朝食の準備をする事もないまま、マギーは去ってしまった。
私は先程まで掴まれていた両腕を擦る。強く握られた箇所は少し痛んだ。
先程のマギーの様子を思い出し、私は怖くなった。正直……普通じゃなかった。
彼女が何故あんなに怒っているのか私には理解出来ない。
私と陛下が……男女の関係になる事を酷く警戒している事は分かったが……それでも彼女の行動はおかしい。
しかし、それから暫くしてマギーが部屋へ戻ってくると、彼女は私を見張る様に、ずっと部屋の片隅で動かなくなった。
何も喋らず私を見張る為だけにそこに存在するマギーの執念が恐ろしい。
食事は他の使用人が運んで来たワゴンをマギーが受け取る。
マギーが出でいくのは一日の内、本当にわずかな時間だった。
庭へ出る事も図書室へ行く事も禁止された。
そんな日が三日ほど続いただろうか。その日は突然終わりを告げた。




