第31話
「陛下、お庭を散歩しませんか?」
回復し数日前から執務に戻った陛下を庭へ誘うも、
「すまない。仕事が忙しいんだ」
と断られる。そんな日々を過ごしていた。
「避けられてる気がするわ」
庭の花を眺めながら、私はため息をついた。
どうもあの夜……陛下を見舞ったあの夜から、陛下に避けられている気がする。
「……悲しいのか?」
ノアは複雑そうな顔で私に尋ねた。
「悲しい……のかしら?ほんの少しだけど、陛下と仲良くなれていた気がしたから……」
「あれから、ベイカー公爵領について調べた。確かに出ていけと言われた領民も居るが、おかしな事に新たに領地に来た者も居るらしい。変な話だ。引き続き調べる必要がありそうだ。前公爵の生存の有無についてもな。
あの領にはあまり大きくないが金の取れる鉱山もあるし、国境も近い。敵対する国であれば貰って損はない領地だな」
ノアは話を逸らすように話をした。
「貴方……いつ寝てるの?」
昼間は殆ど私の側だし、夜勤もある。こんな事まで調べていたら、彼がいつ休んでいるのか心配になった。
「言ったろ。仲間がいるんだ。心配するな、ちゃんと休んでいる」
ノアはそう言って微笑んだ。
「貴方まで倒れないでね」
「大丈夫だ。実は公爵領を調べていて、何度かベイカー公爵の姿を確認出来た。だが、メリッサが見つからない。行動を共にしていると思ったのだがな」
「随分と警戒してるのね、きっと」
「ああ。反乱軍の動きも活発になって来た。早く見つけなければな」
「そう言えば最近、王宮の使用人が減った気がするのよね」
「皆、不安を感じてる。巻き込まれたくないと、王宮を去る者も増えてきた」
此処に来てもうそろそろ二ヶ月になる。そう聞いて私は自分の置かれた立場を改めて理解し……怖くなった。
そして……ふと、ノアと出会った日の事を思い出す。あの日も街には反乱軍と思われる輩が闊歩していて私はそれを避けるように歩いていた。
志を高く、打倒王政を掲げて戦う者もいるだろうが、あの日は自分なりの歪んだ正義を声高に叫んでいるだけの厄介な輩だけが集まっている様に見えて、私は顔をしかめた。
それを咎めている者がいた。その男は彼らの中ではリーダー格の男だったのだろう。さっきまで威張っていた男達はペコペコとし始めて、私は結局彼らも誰かに付き従っているだけなのだな……と横目に見ながら思っていたら、馬車が目の前にあった。
あの時……。
あの時、私を助けてくれたノアとこんな場所でこんな形で再会するなんて……人生とは本当に不思議な事があるものだと思う。
そこまで思い出して私の心臓がドクン!と大きな音を立てた。
手を伸ばしてくれたノアの顔は逆光で見えなかったが、あの時……もう一人の男性が馬車から降りてきた人物……ベイカー公爵を見て『ノア!不味い!』と声を掛けた。凄く慌てた様に。
ノアもその声に急いでその場を去った。そう、あの時ノアに声をかけた男性。ノアの名前を読んだ男性は、イキがって騒いでいた反乱軍を諌めたリーダー格の男だった……。
私はその事実に体が震えた。
まさかと思う気持ちが漏れ出しそうで思わず口に手を当てる。
私のその様子に、ノアが気付く。
「おい。どうした?」
少し俯く様に立ち尽くした私の顔をノアが覗き込んだ。
答えを探す私の顔色は余程悪かったのだろう。
「おい!具合でも悪いのか?直ぐに部屋へ戻ろう!」
そう言って私の手を掴もうとするノアの手を思いっきり振り払った。
「……裏切っていたのね」
声が震える。
「おい、何だよ。何だって言うんだ?」
「嘘つき!!!」
叫んだ私に、ノアが慌てた。
「おい!大声だすな!本当にどうしたんだ?顔色も悪いし……」
「貴方……あの時、どうして反乱軍の男と一緒にいたの?」
今度は静かに私は尋ねた。だが、裏切られたという気持ちに支配された私はノアを思いっきり睨む。
ノアはハッとした様に目を見開き、
「ち、違う。違うんだ!これには理由が……」
「何の理由があるの?!王族を……私を守るって言っておきながら……貴方が反乱軍の一味だったなんて……信じられない!」
私はその場に居られなくなり、デイドレスの裾を捲り上げて、思いっきり走り出した。
「おい!待て!話を……!」
ノアが追いかけて来るのを、私は、
「来るな!!!二度と顔を見せないで!!」
と大声で制した。
ノアの足音が止まる。追いかけて来るのを諦めた様だと私は思ったが、それを振り返って確かめる事なく、部屋まで一目散に走り続けた。
部屋へ飛び込む様に駆け込んだ私の姿を見たマギーが、
「ど、どうされました?」
と目を白黒させた。
私との関係が悪化したとはいえ、変わらず私の世話を焼く彼女が部屋を片付けながら私に尋ねる。
私の様子に珍しく動揺している様だったが、私は今の自分の気持ちを誰かに話す程の余裕も無かった。
「何でもないわ」
息を切らし、全く何でもない様に見えない私の様子だっただろうが、マギーはそれ以上は何も訊かず、
「そうですか……では」
と掃除道具を抱えて出て行った。
「ハァ、ハァ……」
私の呼吸の音だけが部屋に響く。
呼吸が徐々に落ち着くにつれ、私の頬に涙が流れた。
「フッ……ウッ……」
この王宮で、心を許せるのはノアだけだった。いつの間にかノアに頼り切っていた私の心は、支えを無くした今、ポッキリと折れそうになっていた。
涙が幾筋にも流れ頬を濡らす。私は声を押し殺す様にして、泣いた。
どれぐらいそうしていただろう。辺りはすっかり薄暗くなっていた。私はランプに火を灯す。
「夕食のお時間です」
マギーの硬く冷たい声が聞こえた。
「ごめんなさい。食欲がないの」
此処に来て、初めて私は食事に手を付けなかった。『勿体ない』貧乏が染み付いた私は、何があっても食事を残さなかった。……そう、自分が処刑される為の身代わりだと知った後も。
それほどまでに、私はノアに信頼を寄せていたのだ。もしかしたら……万が一の可能性で彼が助けてくれるかもしれないと心の片隅で期待していたのかもしれない。
「バカバカしい……」
私は独り呟いた。




