第23話
「今日はお前の話を聞かせてくれ」
長椅子に腰掛け、私と向かい合う陛下はそう言った。
「私の話ですか?あまり面白くないですよ?」
「お前の事を知りたい」
そう話す陛下に私は頷いた。
「私は赤ん坊の頃、兄と共に食堂の女将さんに拾われました。兄の話だと家には母は居たけれど父は居なかった様です。母は私達兄妹を置いて居なくなりました……私は全く覚えていませんが」
今日はアダンをよく思い出す日だ。食堂を出て行く時のアダンの顔が浮かぶ。あの時、アダンは私に『会いに行く』と言っていた。ベイカー公爵の御屋敷に私は居ないのに……。
黙り込んだ私に、
「兄を思い出しているのか?」
と陛下は尋ねる。
「……はい。正直女将さんに感謝はしていますが、大切に扱われた事はありませんでした。それでも、食事と寝床、私達兄妹を大人になるまで育ててくれた事に恩を感じています。兄と私、助け合って生きていました。これからもずっと……そんな日々が続くのだと思っていたので」
陛下は私の言葉に、痛みに耐える様に顔をしかめた。
「すまなかったな……お前を巻き込んだ」
陛下は心から申し訳ないと感じている様に、私に謝罪した。
「ベイカー公爵家に行く事を決めたのは私です。自分の行動には責任を取ります」
「……母に会ったことは?」
陛下は話題を変えた。私もその方が有り難かった。
「一度もありません。何故、私と兄を置いて出ていったのかも、分かりません。ただ親に捨てられた……それだけが事実です」
「そう言えば、雨の日は本を読んでいるとか?」
「一応文字の読み書きは出来るので。ただ難しい本は無理です。言葉の意味すら分からない。なので、児童書の様な物を」
「平民の文字習得率は五割程だと聞く。学ぶ場所はあれど、通う暇がない者も多い。お前は何処で習った?」
「私はアダ……兄から教わりました。兄は近くの教会で勉強を習ってた。女将さんはもう一人孤児を育てていましたが、彼女は全く……」
「なるほど。その女将さんとやらは、お前の兄に経理の様な事をさせたかったのだろう」
「……だと思います。兄は厨房で料理を作っていましたが、夜は女将さんとお金の勘定をしてた。兄は賢かったので」
「……いつの日かその食堂をお前達に譲る気だったのかもしれないな……その女主人は」
そう言われて私はハッとした。
確かにお店の詳しい事情を聞いていたのは私とアダンだ。経営法などという立派なものではないが、仕入れやどうやったら儲けが出るのかとか……いつもアダンに話していたし、私には色んな雑用を教えていた。
女将さんにそんな思いがあったとは……私も兄も気付いていなかった。
いつの日かあそこを出て慎ましやかでも二人で暮らす。それが私達兄妹の夢だった。
「そう……なんでしょうか?全くそんな事を聞いたことはありませんでしたが、今となっては、思い当たる節があります……」
「女手一つ。孤児を拾って育てるのも意外と苦労があったろう。もう少し孤児院や里親を支援する事を考えねばならなかったな……」
陛下はそう過去形で言った。まるで自分には未来がないかの様に。
「陛下……私……いや王妃って予算?があるんですよね?ドレスやアクセサリーを買ったりする。……私、そんなものは要らないです。なので……それをその支援に使って貰えませんか?」
私がそう言うと、陛下は少し考えた後、
「いいだろう。なら王妃からの寄付として孤児院や里親に届けさせよう。お前はやはり優しい娘だ」
陛下はそう言って微笑んだ。
「優しいわけではなくて……必要ない物は必要ない。ならば必要とする所に……そう思うのは自然な事です」
「……王妃とは……いや、王族とはそうあるべきだ。国民の事を考え、その様に行動するべきなのだ。だが……私は……」
陛下は頭を抱えて項垂れた。
「陛下……」
「私はメリッサや議会の言いなりだった。いや……それは言い訳だな。お前が先ほど言った様に自分の行動には責任を持たねばならん。私は……考える事を放棄したのだ」
「どうして?」
「どうして……か。私は王には向いていない。子どもの頃から自分でもそう感じていたし、周りもそう言っていた。
王というのは常に冷静な判断と決断力が求められる。私は優柔不断でな。頭でっかちで、理論ばかり。行動の伴わない私は王太子の頃から皆に心配されていた。……それを補ってくれていたのがカサンドラだ」
陛下はまた遠くを見た。目の前の私ではなく、もっと遠く、陛下の想い出の中のカサンドラ様を見ていた。
「カサンドラは可愛らしい見た目に似合わず気の強い少女だった。私はよく馬鹿にされてね。
『もっとはっきりしなさいよ!』と尻を叩かれる事も多かった。だが、彼女はその後いつもこう言うんだ『だから私が貴方の側に居てあげる』とね。
彼女と居れば、私は強くなれた気がしていた。……が勘違いだったよ。彼女が居ないと私は結局、優柔不断でウジウジした男のままだった。国を捨てると言った彼女を信じられずに、周りの言いなりになり、他の女と結婚しようとした。カサンドラの性格を知っていたのにな……彼女はいつも有言実行だった」
陛下の目が赤い。潤んだ瞳から涙が溢れる事は無かったが、私には陛下が泣いている様に見えた。
「国を捨てて王女じゃなくなったカサンドラ様との結婚は、どちらにしても反対されたのではないですか?」
私の問いに、陛下は自嘲気味に笑う。
「私には結局……国を捨てる勇気もなかった。カサンドラを救う事すら……きっと出来なかっただろうな。
お前の言う通り。結果は同じ。私はカサンドラを永遠に失う事に変わりは無かっただろう。それからだ……私は自分で考える事、決断する事を諦めた。私が何かした所で、誰かを傷つけるだけだ。それなら、周りの意見に流されながら、事を荒立てない様にするのが得策だと思うようになった。……それが今のこの国の現状を招く事になったのだが。……皮肉なものだ。平穏に過ごせれば良いと思っていたのにこのザマだ。国は混乱の一途を辿っている。全て私の責任だ」
私は立ち上がり、陛下の隣に移動して腰掛けた。
「私には陛下も傷ついているように見えます」
「私の傷など………。私は生きているだけで、皆を傷付ける。カサンドラからは命を。ベイカー公爵から婚約者を奪い、メリッサからは公爵との未来を奪った。そしてこの国も……この内乱で何人もの若者が亡くなった。だから……私に出来る事はメリッサの命だけは助けたいというベイカー公爵の願いを聞き入れる事だけだった」
これから、私がどうしてここに居るのかの理由が語られる様だ。私は思わず座り直した。
「ベイカー公爵は何と?」
「ある日、あの男は非公式に私の元を訪れた。『万が一、王国軍が負ける事になればメリッサの命が危ない。どうにかしてメリッサを助けたい』と彼は言った。私としてはそのままメリッサとの離縁も考えたが……メリッサは世間からの評判が悪い。王族でなくなる事は彼女にとっても痛手だった。
それにこの状況で王族から抜けるとなると……ますます風当たりは強くなっただろうし、議会も黙ってはいない。そこで私は条件を付けた。『替え玉を探してこい』とな」
なるほど。やはり私が此処に来た理由はメリッサ様の代わりに処刑される為の身代わりだった様だ。分かっていた。分かっていたが、やはりその事実にやるせない気持ちに襲われた。




