第22話
「ん?まぁ……な」
歯切れの悪い陛下の答えに、
「あ!さては眠れていませんね?」
と少し茶化す様に私は言った。
王国軍と反乱軍の事を考えれば眠れなくなるのは分かる。正直……夜一人になった時、私もどうしようもなく怖くなって、眠れなくなる時がある。そんな時は、夜中でも部屋の掃除をする。王宮のメイドの仕事は完璧で、部屋もゴミ一つ落ちていない。だが、あえてそれでも私は掃除をする。無心に床を磨いていると、不思議とスッキリして眠れる様になるのだが、その方法を陛下に薦める訳にはいかない。
陛下は少し困った様に眉を下げた。その顔は随分と歳上の陛下を少しだけ幼くさせた。
「そうだ!陛下、今日は一緒に庭を散歩しませんか?」
私の言葉に陛下は驚いた様に目を丸くした。
陛下が動くとたくさんの護衛も動く。そんな事を全く考えてなかった私に自分自身で呆れた。
「何だか大ごとになってしまいました……」
陛下の腕に掴まりながら庭を歩く私に陛下は笑った。
「仕方ないんだ。……私の命は狙われている」
陛下のその言葉に私は少し背筋が寒くなった。
「軽率でした……」
俯く私に、
「気にするな。この状況にも自然と慣れる」
たくさんの護衛に囲まれる事に慣れる日が来るのか……それはそれで何か嫌だな……と私は思った。
しかし、こんな場所ではメリッサ様や公爵様の話をする訳にはいかない。私と陛下は取り留めもない話をする。
「陛下、この花の名前知ってます?」
私は最近マークに教えて貰った知識をひけらかす事にした。
「これは、ダリアだろう?」
事も無げに答える陛下に、私は口を尖らせた。
「え~ッ!知ってるんですか?せっかく自慢しようと思ったのに」
「ハハハッ。そう怒るな。……カサンドラは花が好きだった。その影響だ」
陛下は昔を思い出している様な遠い目をした。ふと、私は陛下が居なくなってしまうような感覚に襲われて、陛下を掴む手にギュッと力を入れた。
陛下は私の方を見て……フッと微笑むと私の手をポンポンと軽く撫でた。
「ダリアは色んな種類、色んな色がある」
陛下の低い声が静かに響く。
「マークに聞きました。ここにあるダリアだけでも十数種類あると」
「大きさも様々、花の咲き方も様々だ」
「これも、これもダリアだなんて……全く違う花の様です」
私は大きさの違う二つのダリアを指差してそう言った。
「ダリアは色により様々な花言葉を持つ」
「花言葉?」
「ん?花言葉を知らんか?そうだな、花の色や形、その植物が持つ性質などから、品種や色別につけられた意味を持つ言葉のことだ。 言葉にしづらい気持ちを花に託して贈ったりして、自分の気持ちを伝えるのに使える」
「へぇ~ロマンチック」
「ダリアにはたくさんの花言葉がある。色によってな」
「ふーん。じゃあこの白は?」
私は白いダリアを指差しながら尋ねる。
「白は『豊かな愛情』『感謝』だ、この黄色は『優美』こっちの赤は『栄華』や『華麗』」
「凄い!陛下って物知りですね」
「ハハハ。花言葉を知っているからと、褒められたのは初めてだ」
陛下は楽しそうに肩を揺らした。
私達はゆっくりと庭を歩く。
私はマーク顔負けの知識を披露する陛下の話に耳を傾けた。
「たまにはこうして庭を歩くのも悪くない」
「……きっと今日は眠れます」
そう言った私の頭を陛下はそっと撫でた。私は初めての事にびっくりする。
陛下はそんな私に優しげに目を細め、
「お前は優しいのだな」
とポツリと呟いた。
「陛下とあまり仲良くしない方が良い」
そう言ったのはノアだった。
最近は私にノアしか付いていない。何故だろう?前は何処に行くにも二人護衛が付いていた筈だが。
「どうして?」
「……お前、自分の立場が分かってるのか?嵌められたんだろ?陛下と公爵に」
「嵌められたって言うか……まぁ、そうね。身代わり王妃をしろって言われていた訳ではないから、騙し討ちよね。私は公爵家でメイドをするものだとばかり。食堂の女将さんも今頃私は公爵家で働いていると思ってるわ。……他の皆も」
そう言った私の脳裏にはアダンの顔が浮かんでいた。
元気にしてるかしら?店で揉めたりしていないかしら?
アダンは小柄で少食だったけど、あれは自分の食料も私に分けてしまっていたからだと、物心がついた頃、私は気付いた。
それからはきちんとアダンの分は自分で食べる様に言っていたけど、アダンはすっかり少食になった。
結局私の方が体格が良いのではないかと思うほどアダンは華奢だった。喧嘩になったら負けるくせに、少し短気なアダンが心配になる。
そんな私の様子に、
「お前……誰か想う相手が居たんじゃないのか?」
とノアが尋ねる。相変わらず勘の鋭い男だ。
「別に恋人って訳じゃないわ。……兄よ」
「兄が居たのか」
「ええ。……ねぇ……私が死んでも兄には知らせないでね」
「……お前を死なせはしない。助けると言ったろ?」
「かっこいい事言ったって、貴方に何が出来るの?王国軍に属する貴方に出来る事は反乱軍に負けない事ぐらいでしょう?」
「相変わらず厳しいね。まぁ、今のところ成果は上がっていない」
「成果?」
「本物を探している。公爵領には居なかったし、公爵領への道中の宿も片っ端から調べたが痕跡はない。今は他に考えられる場所を探している」
「……貴方はずっと王宮に居るじゃない」
「ずっとじゃないが……まぁ、俺には仲間が居るんでね」
「まさか私の事を喋ったの?」
「いや。本当の事は言っていない。公爵に同行しているだろう女の姿を探しているだけだ」
何となく腑に落ちないが、色々と話している内に陛下の部屋の前に着いていた。今日も陛下と話をする時間を貰っていたからだ。
すると、ノアは扉を開く前に小さな容器を私に手渡す。
「お前、手荒れが酷いな。此処に来て随分と良くなってるみたいだが、この薬が良く効く。使え」
と言って私の手に握らせた。
「あ、ありがとう」
私は少し驚いて礼を言う。直後に陛下から入室の許可を得て私は部屋へと入る事になり、ノアは黙って扉の前に待機した。




