第21話
「顔を上げて?せっかく話すなら目を見て話したいし」
私が庭師に声を掛けると、彼はこわごわ顔を上げた。彼と目が合う。私は感じが悪くならないようにと、少し微笑んでみせたのだが、何故か目の前の彼の顔は引き攣った。
「名前は?」
私の質問に彼は少し眉を顰めながら、
「ダ、ダリアでございます……」
と先ほど聞いた花の名前を答えた。
「あ~ごめん。貴方の名前を訊いたの」
「おれ……じゃない、私の名前でございますか?」
「そうよ。名前が分からないと話をする時不便でしょ?」
私の言葉に彼は目を白黒させながら、
「私はマークです……」
と消え入りそうな声でそう答えた。
マークという庭師に庭を案内して貰う。
「花って……色々な種類があるのね」
「季節によって見頃の花が変わりますので、庭の景色も変わります。春には春の、夏には夏の、秋には秋の。残念ながら冬に適した花は少ないですが、それでも冬には冬の。その都度、その都度の庭の表情を楽しむ事が出来ます」
マークは花や、庭の話をする時は饒舌になった。私との会話にも少し慣れてきてくれたようだ。
「そうなんだ……それは楽しみ」
「いくつかの花を切って部屋に飾りますか?」
マークの提案に、
「ううん。このままで良いわ。切ってしまうのは何だか勿体ないし。花を眺めたくなったら、また此処に来るから」
と私は首を横へ振った。
私はふと視線を感じ、後ろを振り向き、王宮の窓を見上げた。
そこは丁度私の部屋だった様で、マギーが窓から私を見ていた。……いや、見張っていた。
その様子に、
「妃陛下、そろそろ戻りましょうか」
とノアが私に声を掛けた。
部屋に戻れば不機嫌なマギーと顔を合わせなければならないが、私は決めたのだ。死ぬ時まで自分として生きたいと。
「そうね。良い運動になったし」
私はまた護衛の二人を引き連れて、部屋へと戻る事にした。
部屋へ帰った私にマギーは何か言いたそうにしていたが、結局何も言わずに、
「……お茶を淹れますね」
と言ってお茶を用意した。
私はそれを飲みながら、
「ここは別世界みたい。王国軍も反乱軍も関係ない別世界。使用人の皆は忙しそうにしているけれど、私の周りの時間だけがゆっくりになったようなそんな感覚だわ」
誰ともなくそう口にした。
「………そう言ってられるのも今のうちだけです。問題から目を逸らしても、結果は変わりません」
マギーもまるで独り言の様に、私には顔すら見せずにそう言った。
それからというもの、マギーは殆ど私と口をきかなくなった。
私が何かを尋ねても『はい』か『いいえ』ぐらいしか答えない。だからといって、私の気に入らない態度には一睨みはするのだが……。
「こんにちは。今日も美味しいご飯をありがとう」
陛下の部屋へ行く前に厨房を覗いて私がそう声を掛けると、厨房に居た料理人達は目を丸くし、
「あ……は……はい」
と戸惑いながらも返事をしていた。
王妃としての仕事は何にもしていない。
何もするな……とも言われている。まぁ、食堂の雑用は出来ても王妃の仕事は出来ない私としては願ったり叶ったりだ。
だが、部屋でマギーと二人……って言うのも息が詰まる。
最近の私はマギーから逃げる様に散歩を日課にし、雨の日は本を読むようにしていた。食堂のメニューを書いたりする為に文字を習っていて良かったと、今、心から思っている。
今日は久しぶりに陛下の時間が取れた為、話をする事になっていたが、前に話してからもうかれこれ三週間は経った。
「機嫌が良いな」
私にだけ聞こえる程の小声でノアがそう言った。
「今日の昼食、私の好物だったの」
「単純な奴」
「馬鹿ね。幸せになる秘訣は小さな事でもいちいち喜ぶ事よ。平民なんて、大きな幸せを待ってたって、中々来やしないんだから」
「なるほどね」
私は何だかんだ、ノアと話をする様になっていた。マギーと陛下とノアしか私の正体を知らない。そう思えば消去法でノアが選ばれるのも納得だろう。
そうして私は陛下の部屋の前に立つ。ノックの後、入室の許可と共に扉が開かれる。ノアとはここでお別れだ。何故かノアは、
「気をつけろよ」
と一言言って、私を見送った。
……何を気をつけたら良いのか分からず私は首を傾げながら、部屋へと入った。
「陛下?」
窓際に立つ陛下へと声を掛ける。机には書類が山積みだ。国王には多くの仕事があることを私は此処に来て初めて知った。豪華な椅子にふんぞり返って、高い酒を飲み、夜会を開いているだけだと思っていた自分が恥ずかしい。
私の声に振り返った陛下の顔色はいつも通り悪かった。
「あぁ、来たか。……そう言えば最近、良く中庭を散歩している様だな」
「はい。部屋に閉じ籠もってばかりでは体が鈍るので。陽の光を浴びないと夜もちゃんと眠れないんですよ?」
「なるほどな。確かにそうかもしれん。私が庭を散歩したのは……もう随分と前の事だ」
「……陛下……眠れていますか?」
隈が色濃く残る陛下の顔を見て、私は無意識にそう尋ねていた。




