第19話
「その時の婚約者は……その事で気を病んでね。私との婚約を解消したいと言ってきた。私もそれを無条件にのんだよ。私もそんな気にはなれなかったからね。それから……私は誰とも結婚する気になれなかった。周りは何度も何度も苦言を呈したよ。王族の血を絶やす気かと。確かに私には兄弟姉妹が居ない。だが、遠縁を探せば男児は居るし、どうにかなると高を括っていたんだ。そんな時に……メリッサに出会った」
「それは……いつ頃?」
正直、陛下は私よりずっと歳上に思える。父親……とは言わないが、十数歳は歳上だろう。
「彼女に初めて会ったのは彼女がまだ幼子の頃だが、その時の事は特に覚えていない。再会したのは七年前。彼女は十四歳……私は三十歳だった。気持ち悪いだろう?十六も歳下の少女に恋心を抱くなど」
何とも言えない。平民ではあまり考えられないが、貴族って政略結婚なんでしょう?それぐらいの年の差ってあり得たりするのでは?そう思ったりもする。
私の沈黙を肯定と取ったのか、
「いいんだ。自分でもそう思った。何度も諦めようと思った。彼女には既に婚約者が居たからな」
「それがベイカー公爵ですね」
「そうだ。前ベイカー公爵は大臣をしていてね。私に息子と……その婚約者を紹介したいと二人を連れて来た」
……それが、運命の出会いだったというならば……皮肉な事だ。
「成長した彼女を一目見て……驚いたよ。カサンドラがそこに居るのかと思った。私と婚約した当時のカサンドラがね。もちろん彼女とカサンドラが別人である事など良く理解している。だが……心惹かれる自分を止められなかった」
「でも……メリッサ様と公爵は……」
「二人はとても仲睦まじい様子だったよ。その頃私は王になり、周りから益々うるさく妃を娶れと言われている時でね。……メリッサの事を口にしたら、周りがあれよあれよという間に彼女と私の婚姻を整えた」
「それって横暴……」
「その通りだな。だが、何としても私に妃を娶らせたい上級貴族の中に、メリッサの父もベイカー前公爵も居た。私が軽々しく口にした事はいとも簡単に叶ってしまったんだ」
陛下はそう言うと自嘲気味に笑った。
「ベイカー公爵は……?」
「あいつは荒れた。父親が大臣だという事にも構わず、私を罵り、いつか殺すと大声で言っていたな。私を悪魔だとそう言った。あいつは父親に領地へと送られ……監禁された」
「監禁?自分の息子を?」
「ベイカー公爵……いや前公爵はそれぐらい平気な男だ。あいつは父親をも恨んでいた。私と同じくらいに」
貴族には人の心がないのだろうか?私は続きを聞くのがすっかり怖くなっていた。
「ベイカー公爵の……お父様は?」
貴族の仕来りはわからないけれど、世襲制なのはわかる。しかし、彼は公爵になるにはかなり若かった様な気がするのだが。
さっきの話からメリッサ様の年齢は二十一歳……私より一つ歳上だと分かった。陛下が今三十七歳である事も。じゃあ、公爵は?
メリッサ様の婚約者だった事を考えても、まだ三十歳にはならないのではないかと思うのだが。
「ベイカー前公爵は狩りに行った時にな、急に暴れだした馬から落馬し……踏み付けられ大怪我を負った。命は取り留めたがもう起き上がる事も出来ない様になってしまってね。今は確か……領地で寝たきりの生活を送っていると聞いている」
「馬……が?」
「あぁ。彼は乗馬技術も高かったし、いつも狩りに連れて行く馬だから獣達の音にも気配にも慣れていたのだがな……何故か急に暴れだしたらしい。事故は偶々前公爵が一人、皆と離れた時に起こったものだから、目撃者も遠くから確認しただけだと。
同行した者は皆口を揃えて何の予兆もなかったと言っていたが……私は、あいつが……。いや、これは口にするのはよそう。あくまで私の想像でしかないからな。とにかく、その体では当主は無理だ。急遽息子のジョシュ……今の公爵が爵位を継いだ。それが今から四年前。あいつは二十になったばかりだった」
「公爵はそれからもずっとメリッサ様を想ってたんですね」
「そのようだな。あいつは私と居るメリッサを見たくなかったのか、私への反発心からなのか……公爵を継いですぐ、大臣になるつもりはないと言って来た。だが、完全にメリッサから離れる事は耐えられなかったのか王都からは立ち去らなかったようだ。……正直、久しぶりに顔を合わせたのは今回の件をあいつから提案された時。それまではお互い避けていた。王宮にも寄り付かなくなったしな」
「今回の件とは……メリッサ様の身代わりを探して連れて来る事ですか?」
「そうだ、あいつは……」
すると『コンコンコン』と部屋をノックする音が響いて、廊下から、
「陛下。議会のお時間です」
と声が掛かった。
「おっと……時間切れの様だ」
陛下は窓から少し体を離しそう言った。
「陛下……またお話出来ますか?」
「分かった。また時間が取れたら話をしよう」
私の問いに、陛下はほんの少しだけ微笑んだ。




