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第17話

黒髪の騎士は素早く後ろから私の首を腕で固定した。

首が締まっている訳ではないが少し苦しい。そして全く動けない。ここまでほんの一瞬の出来事。


咄嗟の事で声すら出せない私の耳元に、


「お前は誰だ?」

と騎士の低い声が聞こえた。


(バレた?!)

私の心臓がドキドキと音を立てる。

しかし答えようにも逞しい腕に捕らえられた私は苦しさと恐怖で声が出せない。

このままでは不味い気がして私は必死に太い腕をパンパンと叩くがびくともしない。


「もう一度訊く。お前は誰だ」


(だから、声が出せないってば!!)と思った私は目の前……いや口の前を覆っているその太い腕に思いっきり噛みついた。服の上からだからダメージは無かっただろうが、騎士は驚いて腕を緩める。これでやっと声が出せる。そう思ったが、また、グッと締められて、騎士が耳元で囁いた。


「大声を出すなよ」

私は必死でコクコクと頷いた。すると、その騎士がゆっくりと腕を緩める。


「私は王妃よ」


震える声を必死で抑える。自分で自分を『王妃』って言う人が居るのかは甚だ疑問だが。


「違うな。お前はあのいけ好かない女じゃない」


やはりこの男はメリッサの事が嫌いなんだと理解した。

私が黙っていると、黒髪の騎士は言った。


「お前とは……何処かで会った様な気がする。抱き上げた時にもそう感じた」


「あんたなんて知らない」


ついいつもの口調で返してしまって、後悔する。


「『あんた』ね。さすがにあの女も俺の事を『あんた』と呼んだ事はないな。あいつを騙るならもう少し勉強していたらどうだ」


「別にどうだっていいでしょ」


「で、お前は誰なんだ?今なら怒らない」


悪いことをした子どもに言ってるんじゃないんだから。それに『今なら怒らないから正直に言え』と言われて正直に言ったら、大体怒られたし。

信用なんて出来るわけない。ここには私の味方は一人も居ない。


「お前は何の為に王妃を騙る?」


「…………」


「だんまりか。なら手段は選ばない。ここでお前を偽物として突き出せば、お前は直ぐ様切り捨てられるだろう」


「……どうせ、死ぬのに?」


私からやっと出た言葉は、私自身の心臓を貫く程に鋭かった。

どうせ死ぬなら……今でも……。


すると黒髪の騎士は私を離し、私の前に回り肩を掴んだ。


「お前は自分の運命を受け入れているのか?」


「運命?人間はいつか死ぬ。それだけ。運命なんて大袈裟なものじゃない」


「……俺の名前はノアだ。お前は?」


「………ニコルよ」


私は自分の名を数日ぶりに口にした。



「ニコルか」


『ノア』……どこかで聞いた事があるような気がする……が思い出せない。

そのノアと名乗った男は私に尋ねた。


「お前は何故ここに連れてこられた?お前の意思ではないだろう?」


「確かに自分の意思ではないわ」


「誰の差し金だ?」


正直、私は迷っていた。この男を信用なんて出来ない。

だが……じゃあ誰なら信用出来るのか?

マギーか?いや彼女は私が偽物とバレないように張り付いているだけだ。王国軍の敗戦が濃厚になった時には……間違いなく私を見捨てて逃げるだろう。

じゃあ、国王か?あれから陛下とは話せていない。彼が何故私を偽物と知りながら……いや、公爵のあの口ぶりでは、元々約束をしていたのではないかと私は予想していた。

『メリッサの代わりを見つけてメリッサ王妃を助ける』それが陛下と公爵との間の密約だったのではないか……と。

私が馬車の中で聞いた公爵の婚約者の話……あれはメリッサ王妃の事だったのではないか……と。


国王にとって王妃がどんな存在だったのか……それは『メリッサがいないこの世への未練はない』という言葉で想像出来る。メリッサという女性は国王と公爵のそのどちらもの心を独り占めしている人物なのだろうと思う。


悩んで黙り込んだ私は徐々に俯いた。その頭に、ノアという黒髪の騎士はそっと触れた。


「大方……ベイカー公爵って所だろうな。言いたくないなら言わなくても良いが、聞くだけ聞いてくれ。……俺がお前を助ける」

そう言われた私は顔を上げる。


「助けるって……どうやって?」


「詳しい事はまだ言えない。だが、困った事が起こったら、俺を頼れ。そしてこの事は誰にも言うな。お前の味方はここには誰一人として居ない」


『味方はいない』そんな事、自分が一番よく分かってる。


「それなら、貴方も味方じゃない」


「味方じゃないかもしれないが、敵の敵は味方だ」


……難しい事を言う。近衛騎士の敵といえばは反乱軍の事だろうか?王国軍が負ければ私はいずれ反乱軍に殺される。だから、味方だと?


「貴方を信用出来ない」


「それも十分分かっている。だが、俺はお前の側にいる。不本意ながら、俺の護衛対象はあの女だった。お前の側に居る理由なら十分にある」


彼はそう言うと、私の頭を撫でながら、


「マギーを信じるな。あれはメリッサの犬だ。ならば俺の方がましだろう?」

とそう言った。

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