ただ、愛する人と幸せになりたい悪女です。夫に毒を盛って、愛する人の妻を罠にかけました。
「新しい母と妹が出来ました。え?意地悪って何?わたくしは幸せです。」
悪女レスティーナのお話。単体でも楽しめます。(多分)
「こ、これが毒薬、こ、この薬を使えば、わたくしは……娘は自由になれるのね」
レスティーナは震える手で、酒に毒を入れる。
レスティーナ・ブレス伯爵令嬢、今はコレスト男爵夫人だ。
歳は27歳。コレスト男爵との間に、もうじき8歳になる娘がいる。
コレスト男爵とは政略結婚で、20歳年上の男性だ。
前妻に逃げられて、後添えをと8年前に結婚した。
しかし、酷い男だった。
「困窮するブレス伯爵家と金と引き換えにお前を娶ってやったのだ。お前は俺の言う事を聞いていればいい。」
「か、かしこまりました」
「なんだその目はっ。気に食わないっ」
結婚した当初から、容赦なく、頬を叩かれ、殴る蹴るの暴行を加えられ、生傷が絶えない日々。
毎日毎日、泣いて泣いて、震えながら泣いて。
産まれた娘も、可愛がるどころか、
「泣き声がうるさい。俺に近づけるな。俺は愛しいマーヤの元へ行ってくる」
マーヤとは娼館の娼婦の事である。
最近の男爵のお気に入りだ。
色々な商売女に入れあげて、ぞんざいに扱われるレスティーナ。
人生の全てを諦めて、愛しい我が娘を抱き締めて、毎日毎日泣いていた。
学生の頃に好きな人がいた。
クルド・サラディス公爵令息、現、サラディス公爵である。
黒髪碧眼の彼は、美男という顔立ちではなかったが、廊下に落としたレスティーナの本を拾った事で、互いに本の話題で盛り上がり、いつの間にかクルドの事が好きなっていた。クルドにはシルビア・レデルク公爵令嬢と言う婚約者がいたので、悪い事とは解っていたけれども、互いに隠れて、愛を囁き合った。
卒業したら、家の借金の為に、20歳、歳が離れたコレスト男爵と結婚することが決まっているレスティーナ。
クルドだって、シルビア・レデルク公爵令嬢との政略結婚に異を唱えることが出来ない立場だ。父であるサラディス公爵には逆らえない。
「愛している。でも、私達は結ばれない。私は廃籍されて市井に落とされて生きていくことなんて出来ない」
「解っておりますわ。貴方様の立場ではお父上に逆らう事は出来ないでしょう。わたくしも愛しております。クルド様」
お互いに抱き締め合う。
愛している愛している愛している。
ああ、どうして神様はクルド様とわたくしとを結婚させてくれないの?
身体の関係こそなかったが、この二人の不貞に対して、シルビアからは何も言ってこなかった。
シルビア自身、派手好きで色々な令息達にモテて、男関係が激しかったからである。
不貞ならばお互い様。政略結婚なのだから、そうよね?
そういう考えのシルビアであった。
レスティーナの結婚相手の男爵は、レスティーナの不貞に関して、在学中は苦情も何もいれてこなかった。
そして卒業後、互いに婚約者と結婚し、レスティーナの恋は終わったのだけれども。
新婚初夜のベッドの上で、男爵にさんざん罵られた。
「お前が学園で、公爵令息と不貞をしていた事を俺は知っているぞ。レスティーナ。そんなお前を娶ってやったのだ。金で買ってやったのだ。感謝しろ!」
「も、申し訳ございませんっ」
乱暴に夜着をはぎとられて、頬を叩かれて、暴力的な酷い初夜にレスティーナは泣いた。
自分が悪いのだ。
クルドと不貞に走っていた、婚約者を裏切っていた自分が悪いのだ。
いつもいつもびくびくして謝り続けて、レスティーナは泣きながら男爵家で過ごした。
女の子がすぐに授かった。
つわりに苦しむレスティーナを放っておいて、男爵は娼館へ夜な夜な出かけて行った。
やっと生まれたのは女の子。
コレスト男爵は吐き捨てるように、
「女か、役立たず。俺は跡取りが欲しかったのだ」
産後と言うのに、ベッドから叩き落されて、
「さぁ子作りするぞ。今度こそ、男児を産むがいい」
「やめてっーー。わたくしはまだ身体がっーー」
「煩い」
頬を殴られた。
使用人だって助けてくれない。
レスティーナは、身体を壊して、二度と妊娠出来ない身体になった。
愛しい娘はリリーナと名付けた。
金の髪に碧い瞳のとても可愛い女の子だ。
ただ、レスティーナが、夫である男爵におびえて暮らしているので、リリーナも父親を恐れるようになった。
大声で怒鳴り散らし、子が出来なくなったと解っていても、妻の夜の務めを強要するコレスト男爵。
レスティーナは泣きながら従うしかなかった。
妻だから当然だと……
そんなとある日、リリーナと街へ出かけた。
気晴らしをしたかったからだ。
自由になるお金なんて持つことは許されていない。
いつも頭を下げて、必要なお金を男爵から貰っているのだ。
だから、水筒に水を詰めて、街の公園に行き、リリーナとぼんやりした。
死んでしまいたい。
でも、この子を道連れに死ぬことは出来ない。
思い出されるのはクルドとの日々。
好きな小説の話を一緒にして、互いに愛を囁き合った。
不貞は悪い事だと解っていたけれども、恋する心は止められなかったのだ。
「わたくしは悪い女。だから、罰が下ったのだわ。神様……どうかお許し下さい」
「お母様。泣かないで」
8歳になるリリーナが指で涙をぬぐってくれた。
「有難う。リリーナ」
そこへ声をかけられる。
「レスティーナ?レスティーナじゃないか」
レスティーナの兄のフェリドだった。
ブレス伯爵家はコレスト男爵家の支援を受けたが、事業が上手くいかず、今や没落寸前だった。
兄フェリドは、すでに平民になっていた。
両親がフェリドにまで借金が及ばぬよう、彼をすでに廃籍していたのだ。
レスティーナは懐かしい兄フェリドに抱き着いて、ワンワン泣いた。
涙が止まらない。
フェリドはレスティーナを抱き締めながら、
「お前には本当に苦労をかけてすまないと思っている。お前を犠牲にしてまで、ブレス伯爵家を守らなければいけなかったのに、守ることが出来なかった。父が大きな失敗をして、取り返しがつかなくなってしまって。私は平民落ちしたよ。父だけのせいではない。私だって無能だ。本当にすまなかった。ごめん。謝っても謝り切れない」
「いいのです。こうして無事に会う事が出来たのですから。お父様やお母様は?」
「爵位を手放すのは時間の問題で、売れるものを売る為に後片付けをしているよ」
「無事なのですね。本当に良かった」
悪い両親ではない。レスティーナに両親も兄も愛情を注いでくれた。
ただ、ブレス伯爵家の為にレスティーナを犠牲にするしかなかったのだ。
レスティーナは久しぶりにフェリドと話をした。
「お兄様。わたくし辛くて辛くて」
顔も身体もあざだらけである。
娘のリリーナは、今は公園の花で花冠を作って嬉しそうに笑っていて……
そんなリリーナを見ながら、
「わたくし、死のうと思っているのです。旦那様はわたくしをののしって、暴力をふるって、辛くて辛くて。でも、娘の事を考えたら。お兄様。リリーナを。リリーナをよろしくお願いしますわ。わたくしはもう……」
フェリドはレスティーナの両肩を掴んで、
「殺せばいい。そんなに辛いなら、その元凶を殺せばいい。私が毒を手に入れてくるから、その毒は心臓麻痺を引き起こす毒だ。そして、毒として決して検出されない。だったら、殺して、自由になるがいい。平民の暮らしでいいのなら、私が養ってやろう。庭師をしているんだ。貴族の家々の。幸い、妻子はいない。だから、妹とその子供位、養ってやれる」
「お兄様?」
「私は可愛いレスティーナの事が心配でたまらなかったよ。いつも思っていたよ」
「あああ、お兄様……」
こうして、レスティーナは夫を殺すことを決意した。
夫が飲む酒に、兄が手に入れてきた毒を入れる。
「これが毒、これでわたくしは自由になれる。リリーナと一緒に幸せになるのよ」
震えながら、毒を酒に混ぜる。
コレスト男爵は娼館から帰った後、枕元に置いてある酒瓶に入った酒をラッパ飲みした。
そして、翌日、あっけなく、死体となって発見された。
発見したのは使用人だった。
「だ、旦那様の様子がっーー」
医者が呼ばれた。
そして、心臓麻痺で死んだと診断されたのだ。
葬儀はコレスト男爵の兄がやってきて、執り行い、翌日にはレスティーナはリリーナと共に、屋敷を追い出されていた。
レスティーナの心は晴れ晴れとしていた。
これでやっと自由になれる。
「リリーナ。フェリドおじさんの所へ行きましょう」
「フェリドおじちゃん?」
「そうよ。わたくし達、幸せになるの。やっと自由になれたのですもの」
「うん。怖かった。お父様、凄く怖かった。怒鳴るんだもの。お母様を殴るんだもの」
「でも、もう安心よ。お父様は死んだわ。わたくし達はフェリドおじさんの所で、幸せになるの」
ぎゅっと手を握られた。
「お母様が笑ってくれるなら、私、どこへでも行く」
わたくしは夫を殺した悪女です。でも、とても今、幸せだわ。
だって、自由になれたのですもの。
その心が罪の重さ故に、後悔へ変わるのをその時のレスティーナには知りもしなかった。
レスティーナは庭師をしている兄、フェリドの元へリリーナと一緒に身を寄せた。
フェリドと一緒に暮らす毎日は平穏で。
裕福な暮らしとは言えないけれども、いつも笑いながら、三人で食事をして。
昔、実家の伯爵家で両親や兄と共に楽しく食事をしていた頃を思い出す。
レスティーナはフェリドに、
「いつか、お父様とお母様と一緒に、食事をしたいわ」
「そうだな。今は伯爵家の始末で呼び寄せることが出来ないけれども、いつか、きっと……」
そんな平穏な日々が続いたある日、
フェリドがレスティーナに、
「今度、サラディス公爵家の庭を剪定することになった。お前も手伝ってくれるか?」
サラディス公爵家……
懐かしい。クルド様の公爵家。今、クルド様が現当主のはず。
どうしていらっしゃるかしら。
懐かしさに、クルドに会いたい思いが募って行く。
レスティーナは、リリーナを隣の奥さんに預けて、フェリドの手伝いをすることにした。
庭で切った枝を他の庭師の人達と共に片付ける。慣れない仕事に苦労はしているものの、汗が流れてとても楽しかった。
一目でもクルドの姿が見たい。
学生の頃に愛し合ったクルドの姿を……
泣いている女の子を見かけた。
フェリドがレスティーナに、
「サラディス公爵家の娘のアリーディア様だ。そして、傍にいて小言を言っているのが、シルビア様。公爵夫人だ」
アリーディアが泣いている姿を見ていたら、自分が男爵に難癖をつけられて、泣いている姿に重なった。
アリーディアは一生懸命謝っている。
「お母様。ごめんなさい」
「貴方なんて、本当に産まなければ良かったわ」
グチグチグチグチ文句を言い続けるシルビア。
懐かしいクルドがやって来て、あの頃と、あまり変わっていないクルド。
レスティーナは、心の中で叫ぶ。
わたくしはここよ。ここにいるのよ……
クルドは気が付かずに、シルビアに向かって、
「アリーディアをあまり叱らないでくれ。君のはやりすぎだ」
「無能だから叱っているのよ。口出ししないで頂戴」
「アリーディアは私の娘だ」
「煩いわね。本当につまらない。昔は、色々な男がわたくしを、褒めてくれたわ。ああ、つまらない。オシャレをして出かけようかしら」
シルビアはアリーディアやクルドに背を向けて、行ってしまった。
レスティーナは思う。
わたくしだったら、あの子を泣かせはしないのに。抱き締めてあげるのに。
愛しいクルド様の子。
「ああ、わたくしもクルド様の子が欲しかったな……」
兄フェリドが近くに来て、
「だったら、お前が公爵夫人になればいい」
「え?そんなことが出来る訳ないじゃない?」
「私が、どうにかするよ。だから、レスティーナには今度こそ、幸せになって欲しい」
「お兄様」
その日から、庭師が一人増えた。
兄フェリドが、金を出してその道のプロを雇ったらしい。
凄い美男子の庭師のその男は言葉巧みに、シルビアに近づいて。
しばらくしたら、シルビアの姿が消えていた。
駆け落ちしたらしい。
フェリドはレスティーナに、
「さすが、プロの仕事は完璧だな。さぁ、レスティーナ。サラディス公爵とは顔なじみなんだろう?名乗って近づいて、落としてくるがいい」
そう、わたくしは夫を殺した時から、悪女なのだから。
だから、クルド様を手に入れる為に、邪魔な女を遠ざけたのだから、
だからだからだから、わたくしは、クルド様と結ばれていいと思うの……
レスティーナは庭に出てきたクルドの前に飛び出して、
「レスティーナです。クルド様。また、こうして会えるなんて」
落ちぶれた自分。庭師の恰好をして、薄汚れている自分。
優しかったクルドは、変わってしまった自分に顔をそむけるだろうか?
クルドは駆け寄ってきて、抱き締めてくれた。
「レスティーナ。こうして君に会えるだなんて。君の夫である男爵が死んだと聞いて、気にしていたんだ。だが、私は結婚している身。どうしようもなかった。しかし、シルビアが駆け落ちしてしまって書類上、離縁が成立している。だから、だから、どうか、私と結婚してくれないか?私は君の事を忘れた事はなかったよ」
「嬉しい。わたくしもです」
こうして、愛しいクルドに求婚されて、本当に幸せで。
サラディス公爵家にクルド様の妻として、結婚することとなった。
リリーナも養女として引き取られることとなった。
フェリドはとても喜んでくれて。
「レスティーナ。幸せを祈っているよ」
そう言って送り出してくれた。
二度目なので、式は挙げなかったが、
シルビアが残していったアリーディアを紹介されて、
ふいに、レスティーナの心に懺悔の気持ちが沸いてきた。
酷い母親とはいえ、アリーディアの母親を人を雇って誘惑させて追い出したのだ。
本当の母親を。
だから、目いっぱい仕えて、愛してあげようと思った。
リリーナが我儘を言う。
「えええええっーー。お姉様のドレスが欲しい。お姉様のアクセサリーが欲しい。どうして私の方が安物なのよ。」
「アリーディア様が跡継ぎなのだから当然ですわ。リリーナ。我儘を言わないの。いいわね。貴方は嫁に行く身なのだから。リリーナ。いい加減にしなさい。」
レスティーナはリリーナを叱る。
アリーディアが跡継ぎなのだ。リリーナをしっかりと教育しなくては。
アリーディアは優しい子だった。
「この髪飾り、貴方にあげるわ。リリーナだって良い物を着けて、お洒落したいでしょう?」
「有難う。お姉様。」
綺麗な紫水晶の髪飾りをリリーナにあげているのを見て、レスティーナは有難く思ったのと同時に、尚更、この好意に甘えすぎてはいけないと思い、
「リリーナを甘やかしてはいけません。アリーディア様は公爵家の跡継ぎになるお方。リリーナには分相応と教え込まなくてはいけません。世間では我儘な妹が多いと聞きますが、わたくしは許しません。いかに血を分けた娘とはいえども、しっかりと教え込まないと、先々リリーナの為にはならないのですから。」
アリーディアに真剣に訴えた。
レスティーナは夫のクルドが傍に来れば、愛し気にその手に手を重ねて、
「クルド様と過ごせるなんて、なんてわたくしは幸せなのでしょう。アリーディア様とリリーナと、二人の娘にも恵まれて。わたくしは本当に幸せ者ですわ。」
幸せだった。本当に……
愛しい義娘アリーディアにリリーナと同様に愛情を注いだ。
「クッキーを作りましょう。アリーディア様。リリーナ」
アリーディアは困ったように、
「クッキーなんて作った事、無いわ」
アリーディアはまだ12歳。リリーナは10歳。子供である。
「わたくしが教えてあげるわ。お父様が喜ぶわ。貴方達が作ったクッキー」
「それなら、作ってもいいわ」
仲良くクッキーを作った。
一緒に買い物にも出かけた。
庭で敷物を敷いて、家族でピクニックをした。
楽しかった。最初、笑顔が少なかったアリーディアもよく笑うようになった。
リリーナもそんなアリーディアに懐いて、本当の姉妹のように仲良くなった。
色々な思い出をアリーディアとリリーナ、そして愛しいクルドと作った。
そうして過ごしていくうちに、後悔が押し寄せてきた。
自分は夫を殺した女、シルビア様を追い出した女、悪女なのに、幸せでいいの?
その後、色々と事件があった。
シルビアが戻って来たけれども、クルドが追い出してくれた。
アリーディアは横槍がはいったけれども、リリーナが身を張って、横槍令嬢を撃退し、無事に婚約者、第二王子ロッドと結婚することになった。
レスティーナは肩の荷が一つ降りた気がした。
リリーナも立派な公爵令嬢に育った。
ああ、もう思い残すことは無いんだわ。
お父様もお母様も爵位を返上して、兄の元で暮らしている。
勿論、支援としてクルド様がお金を出してくれた。
大好きな家族が幸せならば、言うことはない。
人殺しは悪い事、だから、わたくしはアリーディアに全てを懺悔して、罪を償いたい。
だからだからだから、
わたくしは……
結婚式前の準備で忙しい、アリーディアに懺悔することにした。
「わたくしね。どうしてもクルド様を忘れる事が出来なかったの。人を雇って、シルビア様を誘惑するように仕向けたのはわたくし…ちょっとしたお金を渡して誘惑してって頼んだだけなのにあの庭師は思った以上にやってくれたわ。駆け落ちまでしてくれた。
だから、シルビア様が戻ってきた時はとても焦ったわ。
わたくしの元夫が心臓の病で死んだのは、わたくしが毒を盛ったから…わたくしは罪を償いたい。でも。このことを公にしたらサラディス公爵家に傷がついてしまう。貴方の結婚式を見届けたら修道院へ参ります。わたくしの罪を神様の前で償って生きていきたいの。」
そして、レスティーナはアリーディアを抱き締めて、
「ごめんなさい。貴方からお母様を取り上げたのはわたくしだわ。」
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
悪女でごめんなさい。
涙が止まらない。
「リリーナにはこの事を言わないで。リリーナの本当の父親を殺しただなんて知ったら。お願い。」
アリーディアもぎゅっと抱き締めてくれた。
「いなくならないで。わたくしのお母様は貴方しかいないの。貴方がいなくなったらわたくしは…お願い。ずっとわたくしのお母様でいて。お願い。償うというのなら、わたくしとロッド様の子を見て愛して。沢山の愛情をその子にも与えてあげて。それが貴方の償う道だわ。」
扉を開けたら、クルドが立っていて、
「薄々感じていた。君が男爵を殺したんじゃないかって。」
「貴方…。」
「シルビアとは仕方なく結婚した。私はずっと君の事を忘れられなかった。だから、シルビアの事で責めるつもりはない。君が人殺しでも、それでも、私は君に居て欲しい。君の事を愛しているから。レスティーナ。」
レスティーナはクルドに抱き着いた。
アリーディアがロッド第二王子と結婚をし、婿として公爵家に入った。
リリーナも騎士団長子息ガイドと結婚して、レスティーナはホッと一息ついた。
夫を殺した。……シルビアを陥れた。
一度は、家族の引き留めで、修道院行きを諦めた。でも、ほっとすると罪の意識が強く沸いて来る。まるで呪いのように……
わたくしは悪い女、あまりの罪の重さに耐えられそうもない。
公爵家の2階のテラスに立った。
愛する家族と共に暮らしたサラディス公爵家。
ここで、死ぬわけにはいかないわね。
どこでこの命を絶とうかしら。
背後から声が聞こえた。
「やはり、死ぬことを考えているんだね。レスティーナ」
「クルド様。わたくしは弱い女です。罪の重さに、耐えられそうにありません。夫を殺した時はすがすがしかった。でも、どんなに酷い夫でも殺してはいけない。シルビア様を追い出して、貴方と結婚出来た時はとても幸せで幸せで。どんなに貴方を愛していても、シルビア様を追い出してはいけない」
クルドが抱き締めて来た。
「毒を用意したのは私だよ。君の兄フェルドを通して、毒を渡した。君を助けたかった。公爵家の力を使ったら、どうにかなったかもしれない。でも、その頃の私には力がなかった。父上の言いなりで、どうしようもない意気地なしで。だから、毒を用意するしかなかったんだ。君が自由になれるように。
フェリドにシルビアを人を雇って誘惑するように言ったのは私だ。その事を自分の罪にしてしまったレスティーナ。本当にすまない。
ああ、シルビアは殺したよ。シルビアの実家に強制的に送り返した彼女を、レデルク公爵家は極寒の修道院へ送って、二度とこちらに接触させないと言ってくれた。それでも、私はシルビアが君の幸せを脅かすと思うと。なんていったってアリーディアの母だ。だから、死ぬように手配した。君以外に私の妻は必要ないから。
私が全て悪い。君に軽蔑されるのが怖くて、君だけが悪いように言って、君を悪女にしてしまった。
君は悪くない。私が悪人で、君をフェリドを通して操っていたにすぎない。
ああ、何が悪かったんだろうな。私はただ、君と幸せになりたかった。それだけなのに」
「それならば、一緒に死にましょう。クルド様」
愛しい人、クルド様。
わたくしはこんなにも彼に愛されていたのだわ。
例え、クルド様が陰で操っていたとしても、毒をお酒に入れたのはわたくし、シルビア様を追い出した後、妻の座についたのはわたくし……
なんて酷いわたくしは悪女。二人の命が亡くなっているのに、わたくしは喜んでいるのだわ。
背後から凛とした声がする。
「死ぬことは許しません」
アリーディアがきっぱりと宣言する。
リリーナが駆け寄って抱き締めてくれた。
「お父様を殺したのはお母様。でも、酷いお父様だったから、あんなの父親じゃない。
わたくしのお父様はクルド様。お姉様はアリーディアお姉様。お母様はレスティーナ。他に家族はこれから家族になるガイド様以外におりません。だからだから、死なないで」
アリーディアは微笑んで、
「お父様とお母様が悪人と悪女なら、わたくしも悪女になりましょう。何人でも殺しましょう。邪魔者は排除してあげる。わたくしはわたくしを愛する者を守る為に、鬼にも蛇にもなりますわ」
わたくしは、わたくしは、こんな悪女でも、まだまだ幸せでいることが許されるのでしょうか?
わたくしの手は毒で汚れていて……不貞をして、正妻を追い出して。
それでも、わたくしはわたくしの家族が愛しい。
だから、傍にいていいですか?
ずっと貴方達と笑ってわたくしは過ごしていきたいです。
クルドとレスティーナは、公爵位を娘婿のロッドに譲った後、公爵家に残り、生まれてきた孫たちに囲まれて幸せに過ごした。
いつも、公爵家には笑いが絶えなかったという。