出番を終えた悪役令嬢のそれから
タイトルを『悪役令嬢に転生した』から『出番を終えた悪役令嬢のそれから』に変更しました。
投稿時より改稿しております。 未熟者ですが、少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。
学園の卒業パーティーでわたくしの婚約者であるはずのアルベルト王太子殿下は、わたくしではない女生徒をエスコートしていた。
そして、パーティーの開催宣言をするついでに、わたくしに向かって仰った。もちろん、愛するエリーゼの肩を抱きながら。
「公爵令嬢オフィーリア、お前との婚約を破棄してわたしは愛しいエリーゼとともにこの国をより豊かに導いてみせよう」
小説ではこの後「理由を教えてください」と縋るオフィーリアに対して、殿下の側近たちが断罪を始めるのだけれど、わたくしはそんなことはしない。
「承知いたしました。では、邪魔者のわたくしはこれで失礼いたしますわ」
にこり、と貴族として百点満点といえるだろう完璧な微笑みを最後に皆様に贈る。
「それでは皆様、ごきげんよう」
王太子妃教育でも褒められたカーテシーを披露して、わたくしはパーティー会場を後にする。
小説の中ではこれで悪役令嬢オフィーリアの出番は終わり。後は「強制的に隣国に留学させられた」の一行があるだけだった。
そう、これは小説の一場面。わたくしの大好きだった『平凡令嬢は俺様王太子に溺愛される』のクライマックス。この後二人は結婚して幸せになり、めでたしめでたし、となるのだ。
わたくしには前世の記憶がある。
地球の日本という国で特に夢も希望もなく、工場で派遣社員をしながら生活していた。田舎から出て来て家族とは疎遠になり、うまく友人も作れず、暇な時間はネットで小説を読んで過ごした。
その中でもお気に入りだった『平凡令嬢は俺様王太子に溺愛される』は単純なよくある異世界ものだったけれど、キャラクターが魅力的で何度も読み返していた。
わたくしがこの小説の中に転生していると気が付いたきっかけは王太子殿下との婚約だった。
初めて訪れる場所なのに初めてではないような、初対面の相手なのに相手のことをよく知っているような、そんな感覚で過ごしてきた幼少期、婚約者としてアルベルト王太子殿下にお会いした時にここが大好きだった小説の中で、自分がその中の悪役令嬢と呼ばれる存在だと気が付いた。
ちなみに前世の記憶では闘病した思い出などはないので、事故にあったか突然死かなにかで苦しまずに死ねたと思う。
朧げな前世の記憶を思い出しながら、これからのことを考えた。
この国には公爵家は三家。我が公爵家を除く二家には近年王女様や王妹様が嫁いで来ていたが、我が家とは縁が遠のいていた。国と公爵家とのバランスからも王太子とわたくしが婚約するのは必然といっていい。
無理に婚約を解消することになってしまうと、王太子殿下がわたくしの大好きなヒロインであるエリーゼと出会うこともなくなってしまうかもしれない。
よくある悪役令嬢転生ものでは、婚約を回避する!とか、ヒロインに意地悪なんかしないし、みんなに優しくするわ!とかが王道の流れだったけれど、自分が転生してみて思ったのは、わたくしにはそれは無理だ、ということ。
転生したと認識する頃にはわたくしは公爵令嬢としてすでに立派に育てられていた。家族からの愛情を存分に受け、公爵令嬢に相応しい教育を施され、公爵令嬢としての衿持を持ち合わせていた。
だから、王太子殿下との婚約は重く受け止め、彼に相応しくあるよう学び行動する。
学園に入学して、王太子殿下と親しく接するエリーゼにその言動を注意するのは当然のことだった。そこに恋情があったとしても、貴族制度の中で生きるのであれば、わきまえるべきことはあるのだ。
演じようと思わなくても、エリーゼに厳しい態度をとるわたくしを周囲が勝手に悪役令嬢へと仕立てあげていった。
とはいえ、学園の入学式でエリーゼを見かけた時はその可愛さに悶絶したし、殿下に手作りお弁当を作ってきたときなんて「なんて健気!」と感動したけれど、王太子殿下に手作りの食べ物を毒見もさせずに食べさせようとするから、お弁当を手で払いのけてダメにしちゃったけどね。
そうして積み重ねた学園での三年を終え、ついにこの日を迎えた。
商才はなかったのでよくある転生もののように商会を起ち上げて一財産、とはいかなかったけれど、信頼する商会に個人資産を預けて、その一部は投資で利益を上げてもらっているため過剰な贅沢をしなければしばらくは暮らせるだろう。
前世の大学のような隣国の王立学院への入学が決まっているけれど、それは蹴ってしばらく近隣国を旅して回るのもいいかもしれない。
ワクワクとした気持ちで荷造りを終え、家族と別れの挨拶をするため、家族用の居間に入った。
そこには寡黙だけれどいつも見守っていてくれた父、いつも朗らかに微笑んで話を聞いてくれた母、お節介で口うるさくて心配性の兄、質問大好きなんで君ことちょっとウザい商家のイケメン息子リンデル君。
ん?なぜリンデル君が我が家に?
入学してすぐにわたくしの行動一つ一つに「なんで」「どうして」と聞いてきて、わたくしも律儀に説明して納得してもらい、それでも三年間なぜかわたくしにくっついていたリンデル君。
彼は平民だけれども優秀であったため、貴族が通う学園に特別枠として通っていた。
彼の実家の商会は堅実な仕事をしながらも新しいことにチャレンジしており、わたくしの個人資産の一部を新商品の開発や販路拡大などの投資に充てて利益を出してもらっていた。
とはいえ、家族との別れの場に居合わせる程親しくはしていないはずだけれど。
「オフィーリアがセデウス国に留学するっていうから、俺も一緒に国に帰ろうと思って」
イケメンの笑顔が眩しいって思っているうちに気がついたら我が公爵家のではない馬車に乗っていた。馬車の内装は品が良く、過ごしやすい仕様となっており、乗り込むときにチラッと見えた紋章はどこかで見たことがあるような気がする。
隣には膝と膝がくっつきそうな距離、というか腰に手を回してわたくしを抱き抱えるようにリンデル君が座っている。
「リンデル君、あなたセデウス国に帰るって言っていたけど、この国の商会の次男坊って言ってませんでした?」
「俺が立ち上げた商会の支店で次男的な?」
「ちょっと意味がわからないんだけれど……」
いたずらっ子のような笑顔のリンデル君は紺色の髪に瞳は水色。セデウス国の王族の特徴と一致している。
確か国王には年の離れた弟がいて、公式の場には滅多に姿を現さないらしいけれど。ずっと国外にいたら、そりゃあ表には出ないわよね?
「そろそろ国に帰って兄上の手伝いでもしようかと思って。ねぇ、オフィーリアも一緒に手伝ってくれるよね?」
繋いだ手に唇を落とされる。顔が熱い。
婚約者だった王太子殿下とは必要最低限の触れ合いしかなかったし、婚約者のいたわたくしに近づいて来る男性はいなかったため、わたくしは男性に免疫がない。
「最初はね、変わった娘だな、て気になってたんたけど。話を聞いてみたら筋は通っているし古き良きものは大事に、新しいことは積極的に取り入れて、おまけに可愛い」
顔が、顔が近いですリンデル君!!
「礼節は身に付いているし、他国の風習や歴史に詳しく語学も堪能。会話をしていても機転が利いて楽しい。おまけに努力家で可愛い」
上目遣いがあざといですリンデル君!!
「ねぇ、いいよね?」
なにが!?
と聞き返す事もできず、わたくしは大きく頭を振って頷いた。たぶん顔は真っ赤だったと思う。
ぎゅうーーと強い力で抱き締められる。「絶対大事にするしきみがやりたいことは邪魔しないし応援するし、でも俺以外の男とは1メートル以内に接触しないでね」という声を聞きながらわたくしの意識は遠のいていった。
そこから数日かけて隣国に辿り着くまでにリンデル君はわたくしに愛の言葉を囁き、でろでろに甘やかして、慣れない恥ずかしさにうんうんと頷くばかりで、気がつけば結婚式の日取りまで決まっていた。
これまでは婚約者がいたので遠慮していたらしいリンデル君からの溺愛の日々は幕を開けたばかりだ。
この世界が『平凡令嬢は俺様王太子に溺愛される』の続編で本編よりも人気を博しシリーズ化した『悪役令嬢に転生した公爵令嬢は隣国のヤンデレ王弟に溺愛される』という物語であることを、わたくしは知らない。
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