序章の序章
目を開けると、繋がっている温かい手が目に映った。
華奢で白く、スベスベで柔らかい。ましゅまろのような弾力の感触。
そうして視線を上げると、陽だまりのような笑みを浮かべている幼馴染ーー山川燦がこちらを見つめ、視線が絡む。
まん丸のクリッとしたつぶらな瞳にショートのクセのない絹糸の髪がそよ風になびく。映画のワンシーンみたいに神々しく、とめどない感情が溢れるがそれを彼女の「いこっ」という一言で流されていった。
ゆっくりのスピードで昼の日差しを浴びながら、二人でとめどない会話をしていく。
家のこと、学校、最近の近況。他愛もない話題だけれど、耳にするりと入って心地いい。
俺と燦の家は隣接と同い年で、幼稚園からの仲だ。両親グルミの付き合いで、家族の次かそれ以上に居るといっても過言ではない。
二人して登下校もしていたし、告白して付き合ってからもそれは変わらない。変わったのはじゃれついて肩を当てたり腕を組んだりはあったが、手をつなぐようになったのは付き合ってからで時間があれば繋いでいる。同級生の目の届かない時と場所限定で。
街路樹、河原、河川敷、神社、公園。他にも目的もなく歩いて行くが、二人の会話が滞ることはなく、沈黙になってお互いの息遣いになっても気まずくならない。
こうして年を取っていきたいねと二人して微笑んで、将来もお互いの家族も願った未来。
温泉に浸かったぬるま湯の幸せ。ワクワクとかドキドキとか、波乱万丈な人生ではないけど、満ち足りた人生になると思えるひととき。
それなのに、どこからか徐々に視界がおぼろげに霞んでいき、ブラックアウトしたあとに次第に目を開いていくと真っ暗な部屋の中、豆電球が灯った部屋にいた。
ぼーっと夢と現実のギャップを理解していくと、喜怒哀楽のどの感情とも言えない気持ちに押しつぶされそうになる。
過去の目標と夢。手に届いてあったはずの日々がなくなって久しい。
よく「思ったことは口に出したほうがいい」とあるけど、大人になっていくとそれも難しいと実感する。だからなんだって話だけど。
「……こいつら、また入ってきたな」
妙に暑いと隣を見たら発育のいい二人が俺を挟むように寝ている。入るなとは言ったが常習犯なので半ば諦めて、好きにさせている。節度と限度はあるけど、慕ってくれているんだろう。
俺の腕を抱き枕代わりにしているが拘束は緩く、喉の乾きもあったので忍び足で抜け出し、麦茶を飲んで息を吐く。
ちらっと見えた時計は三時半を少し過ぎたところ。起床時間より早いが、二度寝には辛い。
それならばと一階のキッチンの明かりを点けて今日の一日のスケジュールをおさらいし、勉強道具とインスタントのブラックコーヒーと軽食をテーブルに置いた。
春休みに入った数日後の今日、温かな晴天の日の始まりだった。