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シーズンオフ突入

 俺はピッチャーマウンドに立ち、バッターボックスに立つアローズの4番バッターと対峙している。


 前回登板から1週間が経った今日、俺にとっての教育リーグ最終試合のアローズ戦に先発した。俺はここまで2イニング、ランナーを出しながら0に抑えていた。

烏丸コーチから今投げている3回が最終イニングだと伝えられている。


 この回は9番バッターから始まった。9番バッターが打った打球は当たりは弱かったもののコースヒットになった。その後の1番バッターにも連打された。相手チームはノーアウト1・2塁から送りバントでチャンスを広げた。続く3番バッターは外野フライに打ち取った。これで2アウト。

ピンチではあるもののあと1つアウトを取ればいいだけだ。頭の中では理解しても、次が4番バッターというのもあり、体が緊張してくる。


 俺の様子を察知したのかキャッチャーの加藤さんがマウンドに来て声をかけてくれた。


「岬、このバッターは変化球で小細工しても意味がないから、俺はストレートしか要求しない。このバッターに過去一番速いボールを投げてみろ。烏丸コーチに言われたアドバイスを意識して、全身を使うんだ。今持っているすべてのエネルギーを使い切れ」


 

 モーションに入った俺は、烏丸コーチに言われたアドバイスを復習しながら、思いっきりボールを投げ込んだ。


 ボールはバッターの顔面スレスレに向かっていった。

間一髪バッターが避けてくれたから死球にならずに済んだ。


 今の1球で力みに気づけたし、少し力を抜けそうな気もした。

少し腹黒いが、今のボールのおかげでバッターも踏み込みにくくなっているかもしれないと思う。


 次のボールは体を目一杯使い、腕を思いっきり振ることに集中した。

このおかげで無駄な力は入らず、内角高めのストライクゾーンに投げ込めた。

さっきのボールの残像があるのか、内角のボールには手を出してこなかった。


 1ボール1ストライクからの3球目はストレートがど真ん中にいってしまった。


 バッターはこのボールを絶対に打ってやるという表情でフルスイングした。


 次の瞬間、ボールとバットがすさまじい音とともにぶつかった。 


 しかし、ボールは真後ろに飛んだ。

真後ろに飛ぶということは、タイミングがぴったり合っている。


 すごく綱渡り的な状況だが、ストライク先行で追い込むことができた。


 俺は次のボールで決める気しかなかった。

 

 次のボールを教育リーグ最後のボールにしてやる。そんな気持ちで全身を使い投げ込んだボールは、外角低めのストライクゾーンに一直線に飛び込んだ。


 バッターはスイングしたが完全に振り遅れ、バットは空を切った。


 俺の渾身の1球に球場中から拍手起こった。

 

 最高に気持ちがいい。



 ベンチに戻る俺に、

「最後のボール、良すぎだぞ! 今の俺では打てねぇわ」と内田が言ってくれた。


 

 登板が終わりベンチで休んでいると、烏丸コーチが声をかけてきた。


「いいピッチングだったよ。まさか最後の1球で143kmを出すなんて」


 最高のボールを投げ込めた喜びで、球速を見忘れてた。


 143kmって俺の最速だよな。


 自分でも信じられず、しばらく烏丸さんに言葉を返せなかった。



 こうして俺の秋季教育リーグは幕を閉じた。






 スパイダース一軍は惜しくもペナントレース4位という結果になり、プレイオフ進出を逃した。


 一軍、二軍の全公式戦日程終了後に待っているのは、地獄の秋季練習である。

西園寺監督に聞いたが、俺を2軍練習に参加させる計画もあったらしいが、西園寺監督が俺をシゴくために断ったそうだ。

このときばかりは、内心で思いっきり毒づいた。


 食トレもシーズン中と同じように行ったので、毎日夜に琴葉ちゃんに会うことが俺にとって唯一の娯楽だった。

あの子がいなければ監督に殴りかかっていたかもしれない。

あんなひねくれた監督と天使みたいな子が親子だなんて、世の中おかしいこともあるのだと改めて思う。


 俺はなんとか秋季練習を耐え抜いた。

このあと待っているのは、楽しみにしていたオフだ。





「太一久しぶり! なんであんたは連絡頻度があんなに少ないのよ!」(ドスッ)


 久しぶりの再会と同時にローキックをかましてきたのは、おなじみ暴力女(杏奈)である。

どうやら俺がシーズン中に連絡をあまりしなかったことにご立腹の様子である。

しかし、毎日練習で疲れてすぐに寝てしまい、連絡をサボってしまっていたのも事実である。


「その件に関しては俺が悪かった。ごめん。でも、蹴ることはないだろ! 大学生になっても幼稚園児未満の頭しかないな」



 俺の言葉から小競り合いが始まったのは言うまでもない。


 杏奈と山田のおじさんが羽田まで迎えに来てくれた。

山田家に行くと杏奈のお母さんがご馳走をいっぱい作ってくれていた。

俺の大好物のサラダを何種類も用意してくれたので、めちゃくちゃ嬉しかった。


 明日、山辺と合流して高校の野球部を訪問するので、この日は山田家に泊めてもらう予定だ。



 食事をお腹いっぱい食べさせてもらったあと、山田家の面々にどんな日常を向こうで過ごしていたか聞かれた。


「それにしても太一君、1年でずいぶんと食べられるようになったのね」


 杏奈のお母さんが気がつくほど、俺は量を食べられるようになったんだ。

琴葉ちゃんの美味しい料理のおかげだと実感する。


「実は寮の食事に加えて、3軍監督の家でほぼ毎日食トレさせてもらっているんです」


「監督さんはとても熱心なのね。太一君が期待されているのもよくわかるわ」


「熱心を通り越して鬼といいますか⋯ 食トレさせてもらってるのは、期待というよりあまりに細身な僕を心配してくれてるんだと思います」


 杏奈のお母さんは「親の心子知らずというか、なかなか気持ちは伝わらないものよね〜」と笑っていた。


「その料理作ってくれるのは監督の奥様かしら」


「いえ監督の娘さんです」


「大きなお子さんがおられるのね」


 琴葉ちゃんは大きなお子さんと言ってもいいのかな?


「高校生です。監督と諸事情あって2人暮らしなんです」


「高校生!!? 今すぐその子の連絡先教えて!

あんたがどれほど危険な人間か教えなきゃ」


 話しにいきなり割り込んできて言う言葉がそれかよ。この暴力女(杏奈)の頭の中はどうなってるんだ。


「お前のほうがよっぽど危険だろ!」


 ここからいつもの言い争いが始まったが、杏奈のお母さんの「喧嘩するほど仲が良いとは、よく言ったものね」という言葉には2人とも息ぴったりで否定した。


 こうしてにぎやかな夜は過ぎていった。

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