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秋季教育リーグ

 俺は宮崎に到着した翌朝に二軍に合流した。


うちのチームのこのリーグ戦でのテーマは「実戦と実践」らしい。


二軍の坂田マネージャーが教えてくれたがダジャレっぽさに笑いそうになってしまった。坂田さん曰く、実戦経験を積み、自分がやりたいことを実践するという意味とのこと。




 身支度を整えてグラウンドに出るとすぐに二軍監督を中心とした輪ができた。


見渡すと三軍に調整で来てた選手やメディアで見た選手などもいたが、三軍で一番下の俺が話したことある選手はほとんどいなかった。けれども、輪の中に見知った顔を見つけた。育成同期の内田だ。内田はすぐに支配下登録されて一軍の公式戦への出場も果たした。俺とあいつの距離はとてつもなく遠い。




これから宮崎での初ミーティングが始まる。




「みんなおはよう。今日の午後から教育リーグの初戦がある。恵まれた練習環境があるのだから試合で見つけた自分の弱点や、強化したいポイントをすぐに練習に反映してくれ。このリーグは若手の育成のために行われている。勝ちを求めないとは言わないが、自分の弱点克服、強化に全力を尽くすように!」




山内監督の力強い訓示だった。選手も真剣でギラギラした目をしている。


今の俺も、やってやるという気持ちしかない。




「それと、今回のメンバーは二軍の若手を中心に構成しているが、三軍から一人だけ派遣してもらった。さっきチームに合流したばかりだからあいさつがまだな奴も多いだろう。ピッチャーの岬太一君だ」




監督は俺の方を向いて手招きしたので、俺は帽子を外して円陣の中心へと向かう。




「監督から紹介いただきました、背番号211の岬太一です。ポジションは左投のピッチャーです。わからないことだらけでたくさんご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんがよろしくお願いします!」




俺は深々と頭を下げた。




周りからはパチパチと拍手があった。おそらくこれは歓迎の拍手なのだろう。


ただ、浴びせられる視線は物珍しいものを見るようなもので、俺は初めて動物園のパンダの気持ちを知ることができた。




 このあと今日の試合に出場予定の選手がコーチから発表され、出場予定のないメンバーは練習のためサブグラウンドに移動することになった。


もちろん俺は今日の試合に出ない。内田は出場予定みたいだ。内田への期待の大きさがよくわかる。


移動する前に少し話ができた。あいつと面と向かって話すのは久々だったからシーズンの労いの言葉を伝えておいた。あいつは俺が教育リーグのメンバーに選ばれてすごい驚いていると言っていたけど、表情はニヤけているように感じた。なんだか不気味だ。





 サブグラウンドに入ろうとすると、後ろから肩を叩かれた。




「岬君は特別メニューだからこっちだよ」




振り向くとそこには二軍チーフピッチングコーチの烏丸さんが立っていた。




烏丸さんとは球場入りした後の首脳陣へのあいさつで初めて対面した。


表情は柔和で、髪は真っ白だ。歳は70歳をゆうに超えていると思う。


失礼かもしれないが、プロ野球のコーチという雰囲気は全くなく、まさに優しいおじいちゃんに見える。




烏丸さんについていくと、そこには立派なブルペンがあった。




「岬君そこに立って、僕が言うポーズをとってちょうだい」




ブルペンの中に入ると、投球練習ではなくポージングを指示された。


烏丸さんはまじまじと俺を観察すると、別のポーズをするように指示してきた。


こんなモデルみたいなことをした経験はないし、とても恥ずかしい。


それに、大の男二人がこんなことをやっていること自体だいぶ奇妙だ。


俺は姿勢をキープしながら烏丸さん以外に周りに人がいないかを見回して警戒した。


その後も何回もポーズ変更を指示された。トータルでは10ポーズ以上の姿勢をつくった。




「うむ。今の段階では十分合格点じゃ」




烏丸さんはうなずきながら満足そうに言った。


俺には意味がさっぱりわからない。




「烏丸コーチ、これはどういう意図があるんですか」




俺の言葉で烏丸さんはハッとしたみたいで、自分の世界からこちらの世界へ戻ってきたようだ。




「ごめんごめん。つい自分の世界に入り込んでしまった。僕の悪い癖だね。今のは君の体の骨格や成長具合、筋肉や脂肪の付き方を見てたんだ。だいたいわかったよ。君の全身の骨格筋量は○○%で、右腕が○○%で...」




烏丸さんは俺の体組成を順番に言っていく。全身のデータなどは最近体組成計で測ったデータとほぼ一致した。それだけではなく、体組成計では測定されないような細かいデータも読み上げていく。きっと当たっているんだろう。


こんな超人的な能力があるなんて、俺は驚くしかなかった。




「それにしても西園寺君は僕の好みを完璧に把握しているよね。たった一年でここまで僕の好みの体組成に君を仕上げるなんて、彼は自慢の教え子だよ」




どうやら西園寺監督は烏丸さんの指導を受けていたみたいだ。


教え子がメジャーで大活躍する選手ってことは、この人はただモノではないとわかる。


どんな練習をするか、俺は興味津々だった。





「岬君このタオルを使っていつものようにシャドーピッチングをしてみて」




烏丸さんは俺にタオルを渡してきた。俺は言われた通り、いつも通りのシャドーピッチングをやる。




数回やったところで烏丸さんはハッハッハと笑った。




「まだまだ素人に毛が生えた程度のピッチングフォームじゃな。よくそんなフォームで130km超えの球を投げられるな。それに、三軍の最終戦で先発して5回を抑えたそうじゃな。君は原石としては僕が見たことないぐらいすごいよ」




そこから烏丸さんの手直しが始まった。まずは腕をムチのようにしっかりしならせること、軸足で地面をしっかり蹴ってそのエネルギーを球に伝えることを繰り返し教えられた。




一時間以上シャドーピッチングを繰り返したところで「そろそろ次のステップに移ろう」と烏丸さんは言った。


烏丸さんは休憩しなさいと言い残し、ブルペンを出て行ってしまった。




 数分後ブルペンキャッチャーの人を引き連れて、大荷物の乗った台車を押しながら烏丸さんは戻ってきた。




「今から準備するからちょっと待っててね。僕と彼で準備するから岬君は手伝わなくていいよ」




お言葉に甘えて休憩していると、どうやら準備が整ったみたいだ。


キャッチャーの後ろやピッチャーの後ろに三脚が立てられカメラがセットされていた。他にも見たことない機械がいっぱいで、パソコンも複数台用意されていた。




これから何をするか戸惑っている俺に烏丸さんが説明してくれる。




「今セッティングしたのは、動作解析用のカメラや投球の弾道を測定する機器、データを取るためのパソコンとかだよ。現時点での君の投球やピッチングフォームのデータを記録したいんじゃ」




烏丸さんに言われるがまま自分の体にも機械を取り付けられた俺は、実際にボールを投げてみるよう指示された。




俺が投球動作に入る直前、烏丸さんが声を上げる。




「言うの忘れてたんだがここにある機械全部で1千万は軽く超えるからくれぐれも壊さないでね。一軍のヤツを勝手に持ってきてるしな」




なぜこのタイミングでそれを言うんだ! それに最後すごい怖いこと言った気がする。聞かなかったことにしよう。





 何とか機械を壊さずに指示された投球を終えることができた。


烏丸さんの指示は直球含めた持ち球をそれぞれ5球ずつ投げるというものだった。




投球が終わると烏丸さんはパソコンを触りだした。


何をやっているのか気になった俺が後ろからのぞき込むと、烏丸さんはプログラムを自分で書き換えていた。プログラミングのタイピング速度がびっくりするほど早い。


体組成を見抜く超人的な力といい、この人は何者なんだよ。




「烏丸さん何やっているんですか?」




「データ解析のプログラムがうまく機能していなかったから原因を探って、原因が見つかったから関数を書き換えているんじゃ」




想像はついていたけど実際にその通りだったとは本当に恐ろしい人だ。


しかも年齢を考えたら化け物としか言いようがない。





 一通りの作業が終わったみたいだ。




「今日のピッチングに関する作業はこのへんにしておこう。ご飯を食べたら、午後は練習が終わるまで走っとくだけでいいから」




特別メニューと言われたから、もっと投球すると思っていた。




「わかりました。ありがとうございました」




烏丸さんに挨拶して食堂に向かおうとした俺は、さっきの言葉を思い出す。


自然に受け入れてしまったけど、これって午後の練習は全てランニングということか? 午後練は4時間もあるぞ! 軽い感じでとんでもないこと言いやがった。





 次の日は俺と烏丸さんで他チーム同士の試合を見ることになった。




シーズン一位の帝都ブレイズがプレーオフまで期間が開くから主力を教育リーグに出すらしい。俺は野球の観戦経験も乏しいから、一流のプレーを見ておくべきという二軍首脳陣の判断のようだ。





 俺たちはバックネットの一番前に陣取った。


平日にもかかわらずたくさんの観客が来場していたので、すこし驚いた。


プロ野球の影響力はやはり違うんだな。




試合は帝都ブレイズがリードする展開だった。




九回の表、帝都ブレイズの攻撃


最初のバッターに代打が告げられた。




「九番山本に代わりましてバッター叶斗(かなと)




ウグイス嬢の甲高いアナウンスが球場に響き渡る。




次の瞬間、「キャー」「うおお」「叶斗君がんばれー」などの今日一の声援が飛ぶ。




俺がびっくりしていると、「その表情だと彼を知らないんだね」と烏丸さんが話しかけてきた。


烏丸さんの説明によると叶斗選手は24歳にして今年のホームラン王を取った選手らしい。


帝都ブレイズをリーグ優勝に導いた若き大砲か。そりゃこれだけの声援が飛ぶわけだ。




残念なことに相手チームのピッチャーの制球が定まらず、叶斗選手は一度もバットを振らずに四球を選んだ。




試合はそのまま帝都ブレイズの勝利で終わった。




 試合後、俺たちは特別にグラウンドまで入れることになった。


烏丸さん曰くこれからうちのチームも試合をすることになる球場だから、見学しといた方が良いらしい。


ベンチ裏まで来たところで烏丸さんは知っている関係者に挨拶に行った。




烏丸さんに指示された場所で待っていると、誰かわからないけど突然後ろから右腕をつかまれ、そのまま暗い部屋に引き込まれた。

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